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社会実装されたらいいなと思っていたら、自分も一緒に実現していた話

サイバーエージェントの竹浪です。AI Labの経済学社会実装チームでマーケットデザインの社会実装に取り組んでいます。

今回、マッチング理論を応用して保育所入所選考システムを開発し、福島県郡山市で実際に利用されるまでの過程を書いてみました。学術の社会実装に興味のある方に読んでもらえると嬉しいです。

1. プロローグ

2020年の夏、私はとある市役所に勤務していた。大学では経済学を専攻していた私は、その知識を仕事や制度の改善に活かせないかと模索していた。そんな中、同僚から「こういうの好きじゃない?」と1本のメールが転送されてきた。

送り主はサイバーエージェント。あの派手そうな会社だ。なんと、経済学徒であれば誰でも知っている小島武仁先生と鎌田雄一郎先生と共同研究を行い、保育所の入所選考を改善したい、という内容だった。私は保育所担当の係長を説得し、先生方とサイバーエージェントとの打ち合わせに挑んだ。

先生方からは、待機児童問題が深刻であること、その問題を解決するためのアルゴリズムを考案し論文にしたこと、効果が確かめられれば業務システムとして社会実装し、待機児童問題の解消に貢献したいことが語られた。

経済学の知識が実際の社会課題に活かされ、さらにシステムとして社会実装される。そんな姿を想像し、実現されたらいいなと素直に思った。

まさか自分自身がこの社会実装を実現する役割を担うとは、当時は想像すらしていなかったが…。

2. アルゴリズムが決まらない

2021年5月、首都圏に引っ越した私は「保育所プロジェクトをやらせてほしい」と頼み込み、サイバーエージェントに入社した。当時、すでに複数の自治体との連携協定が締結されており、匿名化された保育所の申込みデータが提供されていた。私たちはこれらのデータに対して有望なアルゴリズムを適用し、シミュレーションを通じて実際の割り当て結果を検証し、自治体担当者と議論する段階に入っていた。

しかし、いくつかのアルゴリズムを試し報告してみると、自治体側の反応は芳しくなかった。自治体は以下の条件を求めていた。

  • 年齢別募集人数の枠を厳守

  • 点数が高い申込者から優先的に割り当てる

  • きょうだいが希望する組み合わせへの対応(きょうだいの人数は任意)

  • 転園希望への対応

  • これらを満たしたうえで安定解が存在すること

実は、既存研究において、上記の制約をすべてクリアするものはなかった。詳細は以下のリンクを御覧いただきたい。

行き詰まっていたところ、チームに孫さんが加わった。孫さんはこれらの制約をほぼ満たす解法を考案してくれた。理論的には安定解が保証できないが、これまで提供されたすべてのデータで解を導ける実用的な手法である。そして、この成果を孫さんが論文に取りまとめ、2年連続でAAAIという著名な国際学会に採択された。 

このアルゴリズムは自治体からも好評を博し、私たちはこれを実装すべく、システム開発に乗り出すことになった。

3. システムを使ってもらえない

システム自体はシンプルな構成だった。

  1. 保育所申込者データと空き状況データを読み込む

  2. アルゴリズムで割り当てを実行

  3. 結果をExcelファイルで出力する

アルゴリズムがPythonで書かれていることを考慮して、PythonフレームワークであるStreamlitを採用。

2022年夏にはモック(試作品)を完成させ、自治体に提案すると、これまで手間だった作業が大幅に効率化される可能性に高評価をいただくことができた。システムは「ChilmAI(ちるむえーあい)」と名付け、利用してもらうための準備は整った。

しかし、自治体には独特の契約慣行や入札要件があり、実際の業務で使ってもらうためのハードルは想像以上に高かった。こうした下地づくりに時間を取られ、1年以上にわたりシステムが実際に使われることはなかった。

4. 郡山市での社会実装

2022年、福島県郡山市からお声がけをいただき、2023年の保育所入所選考の点数見直しに貢献した。

その後、2024年には入所選考システムの更新予定があると伺い、実際に社会実装するチャンスが訪れた。

私は入札の準備とともに、開発チームの準備も始めた。そして、2024年7月の入札で落札が決定。システム開発を本格的にスタートさせた。

開発中には、スタンドアロン環境やWindows対応など、特有の課題に直面することもあった。稼働前には眠れない日もあったが、チーム一丸となって取り組み、ついに2024年11月、郡山市の環境でシステムが実際に稼働を開始。保育所の入所選考業務で利用していただけるようになった。

担当者からは、これまで必要だった煩雑なデータ加工が不要になり、作業負担が軽減された、と評価していただいた。私たちとしても、論文で提案した保育所マッチングの解法が業務システムとして社会実装され、実務に活用されていることに、大きな達成感があった。

5. ふりかえって

4年前、自分がまさか社会実装を実現する役割を担うとは、夢にも思っていなかった。今回のプロジェクトは、学術的な成果を社会や業務で活用する「社会実装プロジェクト」そのものだ。社会課題を解決したいという強いモチベーションが、プロジェクトを前に進める原動力となった。

アカデミアや自治体で半端に経験を積んできたことも、思わぬ形で役立った。それぞれの立場や考えを理解できたことで、調整役をうまく果たせたのかもしれない。
もちろん、このプロジェクトが成功したのは、自分一人の力ではない。AI LabやAI経済学カンパニーをはじめとした人やチームが全面的に支えてくれた。

また、社会実装を理解し、協力してくれた自治体の存在も欠かせない。こちらが「やりたいこと」を伝えるだけでは成立しないのが社会実装だ。相手や実際に使う人のニーズがあって初めて実現できる。このプロジェクトは、まさにそうした理解と協力があってこそ実現できたと思う。

6. おわりに

現在、保育所入所選考に関するお問い合わせを複数いただいており、これからも研究的な視点を大切にしながら開発を続けていければと考えています。また、保育所入所選考以外にも、マーケットデザインのさらなる社会実装に向けて、社内外のプロダクト開発にも取り組んでいるところです。

自分でもよくわからない「経済学を社会実装したい」という気持ちに突き動かされて、ここまで進んできました。もし、この取り組みを通じて社会実装の世界に興味を持った方がいれば、ぜひ仲間に加わってもらえると嬉しいです。

また、ChilmAIなどマーケットデザインの社会実装に関するお問い合わせも受け付けていますので、お気軽にご連絡ください。

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