小説!幼なじみ!第一章 苦悩 7


浩美は荷物を整理しながら、龍太郎宛てに一通の手紙を書いていた。決して届くことのない手紙。ペンを握る手が時折震える。「どうして、こんなにも彼のことを考えてしまうのだろうか」――その思いが頭を巡るたび、心が締め付けられるようだった。窓の外には黒い雲が広がり、雷鳴が遠くから聞こえる。やがて、大粒の涙――いや、雨が降り始めた。
「龍ちゃん、この手紙が君の手元に届くかは分からない。でも、浩美の心の中では、いつも君が笑って冗談を言ってるよ。最後に会った日から、もう数年が経ったね。浩美は明日、渡米します。青春の淡い思い出は、きっといつまでも私の中で生き続ける。初めてのキスの感触も、あの笑顔も、ずっと覚えてる。さよなら、龍ちゃん――いや、かっちゃん。」
その頃、龍太郎は名古屋を去る準備をしていた。東京でも名古屋でも、彼は散々な目に遭い、自分の弱さを何度も突きつけられてきた。新幹線に乗り込んだ龍太郎は、北九州市へと向かう車窓からぼんやりと景色を眺めていた。親友の博との突然の別れを思い出し、彼の胸にはぽっかりと穴が空いたような感覚が広がる。知らず知らずのうちに、涙が頬を伝った。窓の外に、ふと浩美の姿が浮かんだ気がした。「会って行こうか」――そんな思いが一瞬頭をよぎる。しかし、そのすぐ後に、苦笑いを浮かべた。「いや、俺なんかが会いに行ったところで、ただ惨めになるだけだな。」
新幹線は静かに北九州市の駅へと滑り込む。龍太郎は車内で固く拳を握りしめ、心の中で何かを押し殺すように深く息を吐いた。浩美の笑顔が頭を離れないまま、彼の新たな日々が始まろうとしていた。列車は小倉駅を通過し、龍太郎は博多駅に降り立った。久しぶりの博多の街に、懐かしさとわずかな孤独感が胸をよぎる。土産物でも買おうと地下街を歩きながらも、心の中はどこか空虚だった。その一方で、妹の里美は兄に連絡を取ろうと、受話器の前でずっと待ち続けていた。手紙が届いたことで、どうしても兄と話したい気持ちが募っていたのだ。その頃、浩美も博多にいた。彼女は渡米を控え、空港へ向かう地下鉄に乗るため、駅の階段を降りていた。階段を昇る龍太郎との距離はわずか3メートル。しかし、2人はお互いの存在に気づくことはなかった。髪型も雰囲気も変わり、大人になった2人は、青春の面影を忘れたわけではないが、その瞬間に重なることはできなかった。龍太郎は改札を通る寸前で立ち止まり、実家に電話してみようと公衆電話に向かった。「お兄ちゃん!」受話器を握る里美の声が震えていた。「浩美姉さんが、今日渡米するの!まだ飛び立つまで時間がある。空港へ急いで!」
「六時の羽田行きだな、分かった!」龍太郎は返事をすると、急いで地下鉄に飛び乗った。空港では浩美が搭乗口に向かっていた。彼女は龍太郎が自分に会おうと向かっていることなど、知る由もない。時は刻々と過ぎ、六時発の羽田行き便――ボーイング357型機が、ついに滑走路を駆け抜け、大空へ飛び立っていった。
間に合わなかった。龍太郎は搭乗口で息を切らしながら、飛び去る飛行機を見つめるしかなかった。目から大粒の涙がこぼれ落ち、肩の力が抜けるようにその場に立ち尽くした。やがて、龍太郎は気持ちを切り替えるように博多駅に戻り、熊本行きの普通列車に乗り込んだ。自宅に戻ると、妹の里美が真っ青な顔で迎えた。「お兄ちゃん、大変!」
「どうした?」
「浩美姉さんが乗った飛行機よ!」里美は動転した様子で声を張り上げた。その言葉が、龍太郎の胸を強く締めつけた。
「長野上空で、飛行機が……」「飛行機がどうしたんだ」「墜落したって!」
里美の声が震え、龍太郎は目の前が真っ暗になった。「えっ……嘘だろ?」
全身の力が抜け、その場に倒れ込んでしまう。気が遠のきながらも、浩美の顔が脳裏をよぎる。「まさか……浩美が……」
龍太郎は震える手で浩美の実家に電話をかけた。北九州市の家族もすでに混乱しており、慌ただしい様子だった。
「たしかに、浩美は『6時の羽田行きに乗る』と言って家を出たんです!」浩美の母の声には焦りが滲んでいる。いてもたってもいられず、龍太郎はすぐに空港に電話した。応答は曖昧で、「墜落の事実はまだ確認されていない。レーダーから消えたという情報だけがある」と言われた。それでも胸を締め付ける不安は増すばかりだった。実家に戻ると、急いで北九州市へ向かう決意をした。電車の中でも、頭の中は最悪の事態でいっぱいだった。浩美の姿、笑顔、声……すべてが記憶の中で鮮明に浮かび上がり、「まだ渡米を止められたはずだ」と自責の念が押し寄せる。浩美の実家に到着すると、家族がテレビの前で固まっていた。ニュース速報が繰り返される。「ボーイング357型機、レーダーから消失――墜落の可能性」との見出しに、龍太郎の心臓は激しく鼓動した。しかし、詳細情報はまだ発表されていない。搭乗者名簿の公開もされず、家族はただ祈るしかなかった。数時間後、新しい情報が入る。キャスターの声が冷静に続く。「ボーイング357型機は、軌道を外れたものの、60分遅れで無事羽田空港に到着しました。」
「無事……?」龍太郎は耳を疑い、次の瞬間、全身の力が抜けてソファに崩れ落ちた。胸を覆っていた重圧が解け、熱い涙が溢れ出た。「浩美……生きているんだ……」
浩美への想いがさらに強くなったものの、自分の気持ちをどう伝えればいいのか、龍太郎にはまだ答えが見つからなかった。


いいなと思ったら応援しよう!

龍太郎
ありがとうございます励みになります