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私は早くベッドに行きたい

私の好きな作家のひとり、
山田詠美のデビュー作、
ベッドタイムアイズでは、
クラブで目があった黒人の男性と
そのままボイラー室に連れていかれて
セックスをする。


恋の始まりには色々なパターンがあり、
どれもが愛しくて、美しい。
なかなか縮まらない距離やもどかしさに悶々とする恋、ゆっくり関係性を育んでいく恋・・・

どれも素敵でこの世に唯一無二の素敵な恋であることは間違いないのだけど、
男女の究極の出会い、恋はやはり視線が絡まり、視線で恋に落ち、次の瞬間にはもうベッドの中にいることだ。


そうなることが自然すぎて、必然すぎて、
何の違和感も感じないほどに・・・


一般的には、クラブで初めて会った男に人気のない隅っこに連れていかれて行為に及んだなんて、恋バナとしては最下級みたいな
下劣な話として嫌悪され、
理想の恋の始まるシチュエーションとは程遠いだろう。


でも私はこの本を読んだときに何とも言えない感動に身を包まれた。
これがしたい、私はこういう恋がしたい、と。
 

山田詠美のおしゃれな文体に酔ってしまった感はあるけど、
私はことあるごとに恋愛、好きな人ができるとベッドタイムアイズの始まりを妄想していた。



好きになった人がいたらどうしても早く身体が欲しい。こういうことはなぜかあまり表立って言えない雰囲気があるのだけど、好きな人の身体が欲しいと思うのは究極の愛情表現だと思う。


だって肌を合わせることほど気持ちいいことはないし、ふたりでベッドの中にいる時間ほど尊いものはない。
ベッドの中での彼が一番好きだし、私も彼にそう思われる女でいたい。

本にも書いたけど、
男女関係はセックスが基本であり、いいセックスができていない上に、いくら外側を誤魔化そうとしてもそれはハリボテにしかならない。


本当に幸せな男女はベッドの中にいることが一番楽しいから変なことにこだわらないし、外側なんかどうだっていい。

だからやたらとSNSにカップルとか夫婦で出ている人たちってあまり好きではない。
中にはそれがビジネスになっている人もいるんだろうけど何だかなあ、、、


そしてやたら世間にアピール、晒すカップルも苦手だ。
(結婚式を超頑張ったりアピールする人も。)
私たちが二人でいると、それはそれはもうだれにも見せられる状態ではありません・・・・
みたいな、私はそんな恋人同士になりたい笑


クリスマスにどこに行こうが何をしようが、
どんなプレゼントを貰おうがどうでもいい。
1秒でも長くベッドの中にいたい。
彼の可愛いところをたくさん見たい、自分も気持ちよくなりたい。


視線が絡まり、ため息だけの会話。
それこそが究極の愛情表現。
もちろん、結婚して夫婦になったら話し合いは必要だし、細かなことでも感情を言葉にして伝えることは必要だ。


でもやっぱり究極男女に言葉なんて必要なのか?と思う。
やたら話し合いしたがる女、おしゃべりしたい女、私が男だったら嫌だなぁ。


一般的な恋愛では必ずセックスは最後にされていて、それがうまくいく許可書みたいな、正しい恋愛の認定書みたいになっている。それにあまりにこだわりすぎて変に感情を振り回されたりコントロールできない人を見ると滑稽だと思うけど
その”正しい恋愛”がしたいのなら仕方ない。


私はそんなつまらない体裁にこだわるより、
1秒でも長くベッドにいて、新たな楽しみを発見したい。



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