監査役/監査等委員の在り方 Part.02 - 情報に関する能力 -
2023年04月企業会計審議会(金融庁)において改訂版・内部統制報告制度(J-SOX2023改訂版)が改訂されました。この改訂に伴い、大きな変更点があるのですが、そのひとつ・監査役/監査等委員の情報に関する能力についてご紹介します。
監査役/監査等委員に求められる - 情報に関する能力 - とは
今回の2023改訂版「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(企業会計審議会・金融庁)(*以下「J-SOX2023改訂版」といいます)で、大きな変更点のひとつに、監査役/監査等委員の役割と責務があります。
こちらは先般の記事「監査役/監査等委員の在り方 Part.01 - 観点・知識と実務経験 -」でご紹介した部分です。上の引用には「能動的に情報を入手すること」が重要と示しています。言葉どおりに解釈すれば、これは「情報収集能力」と理解できそうですが、皆さんはどのように理解されますか?
情報収集能力と情報処理能力
実施基準には「能動的に情報を入手すること」と示しているので、この点では「情報収集能力」を意味していると理解しています。これに加えて、引用部分ではその前の文章「監査役等は、その役割・責務を実効的に果たすために」と、情報を収集する " 目的 " を示しており、この文脈から「情報処理能力」も求められていると理解しました。ちなみに、株式会社グロービズのサイトで紹介されている記事を拝見しましたら、「いま求められているのは『情報編集力』」とありました。とても先進的・先駆的な考えで感激しました。
さて、監査役/監査等委員(以下「監査役等」と言います)に求められる情報収集能力と情報処理能力を、具体的にみていきたいと思います。
情報収集能力には2通りあると思います。それは、情報入手方法が豊富であること、情報の引き出し方法が優れていることです。
まず「情報入手方法が豊富であること」とは、わかりやすいもので言えば人脈です。人との繋がりが多ければ、もちろんその分情報量が多くなります。情報量が多ければ、必要な判断材料が多くなりますので、適宜、的確な判断が可能となります。ただし、ビジネスの世界では、正確な情報を得ることは難しく、大抵の場合は知りたいことの「周辺情報」をかき集めてこれらを「状況証拠」とし、この状況証拠を組み立てることによって「知りたいこと」を想定し、これの対応策を検討して判断する、ということになるでしょう。ただ、その周辺情報(=状況証拠)が多ければ多いほど、情報の整理が難しく判断が鈍ることがあるのではないでしょうか。それに、情報の内容を理解する力が無ければ、誤った判断をしかねません。監査役等に求められる職責にも、同じようなことが言えます。監査役等に入る情報の多くは、会社にとって " 芳しくない " 内容の情報が多いですが、その中には正しい情報と正しくない情報(いわゆるガセネタ)もあるでしょう。経営者(社長等)の判断には「適宜、的確」が求められますが、監査役等には「正確」な判断が求められます。経営者が判断する際には、「正確ではないが " 確からしい " 情報」であってもある程度のリスクテイクを承知で判断することができるでしょう。しかし監査役等の判断は「正確」が問われるものであり、その判断の根拠となる情報は「正確」であることが前提となります。つまり、情報が多いだけでその情報の正確性や信頼性が乏しいとき、監査役等は正確な判断ができかねることになります。
そこで監査役等には、情報処理能力も必要になるのです。
情報に関する能力で力の差が出る
情報処理能力は、蓄積された知識等を踏まえて目前の事柄に対応(処理)する能力です。「蓄積された知識等を踏まえて」なので、ここでは情報収集能力が前提となります。監査役等に必要なのは、まずはこの情報処理能力が必要となります。
監査役に情報処理能力が必要な理由は、先にご紹介した2023J-SOX改訂版の引用部分にあるように「監査役等は、その役割・責務を実効的に果たす」ことが目的ですので、その役割・責務を実行的に果たすために「情報処理能力」が必要であり、そのうえで「情報処理能力」が備わっていることによって、その役割と職責を果たす必要があるからです。ただ、ここで難しい点は、ここで指している情報処理能力は、正しい(と思われる)情報を入手しその情報を正しく理解し正しい論理に基づいて正しい判断をする力のことであり、入手した情報に対して迅速な対応・判断をする力ではないことです。監査役等に「迅速な対応」は必要ありません。正しい情報を入手しその情報を正しく理解し正しい論理に基づいて正しい判断をするためには、相当の時間を要するからです。監査役等が情報処理能力をもって会社のリスクや発生事実に対応することによって、会社はその危機から免れることができるでしょう。
監査役等は、情報収集能力、情報処理能力以外にも情報に関する能力が必要です。例えば、情報理解能力(情報を正しく理解する能力)、情報分析能力(情報を正しく分析する能力)、情報説明能力(情報を正しく説明する能力)などです。
情報説明能力は、専門的知識と豊富な経験を持たないと備わらない能力ではありません。もちろん、専門的知識と豊富な経験を持つことで守備範囲が広くなり、知識/経験を踏まえた対応策を導き出すことができますが、その逆に、そのような知識/経験を持った方が監査役等に相応しい、とは言えないようです。例えば、専門的知識を有した監査役等であれば、その専門分野に特化した事象、出来事であれば難なく対応できるが、そこから外れると難しくなってしまったり、その事象やこれに関する情報の説明をする際にその専門分野の専門用語使用する等いわゆる " 専門家 " になってしまう点が挙げられます。情報説明能力はとても重要で、その説明している方自身の情報理解能力も含めて、聴く側にとっては影響度の高い能力です。監査役等は監査/調査を実施した後に報告をまとめることとなりますが、そのときはこの情報説明能力がとても大切であり、必要です。
繰り返しますが、「監査役等は、その役割・責務を実効的に果たす」ことが目的です。
余談ですが、兵書「孫子」は敵対する相手との戦い方を説いている書物と理解されることが多いですが、孫子を記した孫武自身はこのように言っています。
孫武は、戦わないで相手を屈服させること(相手に勝つこと)を説いています。そのための多くの戦術を説明していますが、最後に「用間編」を記しています。
「用間」はよくスパイやそのスパイ行為のことと説明されることがありますが、中国では「人を使って機密情報を掴むことの重要性、その思想や方法論」つまり戦略上の理論であると聞いたことがあります。
孫武は「戦わない」ためにも情報の大切さを示し、これを最後に記しているのです。
監査役等にとって情報は非常に重要です。これを収集する能力、処理する能力だけでなく、説明する能力などの情報に関する能力を持つこと、またはこの情報に関する能力それぞれをバランス良く持つことが、今回の2023J-SOX改訂以降に監査役/監査等委員に求められているものではないでしょうか。
ぜひ情報に関する能力を備えて、会社の企業価値向上に向けた経営活動を進めていただけましたらと考えております。