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自粛。自粛に次ぐ自粛。あきれるほど自を粛す毎日にもえらいもので完全に慣れてきた。人間の「順応力」を実感する毎日である。
自粛中は本を読む回数が増えた。最近は昔読んだ小説をもう一度本棚から引っ張り出して、読み直すことにハマっている。
最近は朝井リョウ氏の「何者」を読み直した。直木賞を受賞した作品で、就職活動真っ只中の大学生たちが、面接やSNSを通じて人間関係にもがき苦しみ成長していく名作である。
私はこの作品が好きで小説も何度も読んだし、佐藤健主演で映画化されたときも劇場に観に行った。
この作品の何が素晴らしいかというと、就活中に誰もが体験するもらっている内定の有無や数、受けている企業の大小、それらに対する劣等感や焦りがあまりにもリアルに描かれている点である。そして、そこから生まれる人間の汚い部分が浮き彫りになるところが、この作品の一番の見どころである。
初めて「何者」を読んだときは、私はまだ大学2回生で「就活ってまじだるそうやけどまあ来るときが来たら何とかなるっしょ!」などとほざいており、この小説のテーマ自体をあまり深く考えてはいなかった。
しかし就活を体験した今読み返すと、登場人物たちの苦悩が痛いほどわかる。それと同時に、私が受けたある企業の面接での出来事を思い出した。
時は遡り、3年前の2017年3月1日。我々の就職活動が解禁された。
私も例外ではなく、京都のみやこめっせという大きな会場で行われた合同説明会に友達と参加して、色々な企業の説明を聞いた。しかし当時やりたい仕事など何一つなく、なんとなくで耳にしたことのある大企業のブースに行っては人の多さに圧倒され、メモを取るフリをしてやり過ごすという不毛すぎる行動を繰り返していた。一緒に行った友達に至っては、「ちょっと俺はもう無理やわ…」と初日にしておそらく日本最速の白旗を上げていた。
しかし、時間は待ってはくれない。続々と企業がエントリーを開始するので、私もアプリをダウンロードして手当たり次第にエントリーをした。その中から何とか志望する業界を「金融」と「印刷」に絞って、私の就職活動がスタートした。
そこからはもう就活のことしか考えられなくなった。サボることを生業としている私もさすがにことの深刻さに気づき、割としっかり向き合った気がする。
ES(エントリーシート)にガクチカ(学生時代力を入れたこと)を記入し、SPI(企業の適性検査)を受け、実際に企業のGD(グループディスカッション)やGW(グループワーク)に参加し、メールでお祈り(不採用通知)が送られてきたりした。
……いやうっといワード多すぎんねん!誰なん、これ色々考えて最初に発信したやつ!いちいち解説していかんと就活経験してへん人絶対わからんから!特にガクチカが個人的に一番嫌いやねん。
などと言いつつもそれなりに色々な企業の面接を受けて、ある印刷会社の3次面接までこぎつけることができた。
そして、きたる3次面接当日。これを通過すれば最終面接に進める。最終面接は企業にもよるが、意思確認の要素が強いため、よっぽどのことがない限り落ちないと聞いていた。つまり、これが実質の最終面接。まだ内定が無かった私は俄然気合が入っていた。
何の面白みもない真っ黒のリクルートスーツを身にまとい、就活用に仕上げた短髪にヘアーワックスをこれでもかというほど塗りたくり本番をむかえた。
面接が始まった。面接官3人に対して、我々大学生側が5人の集団面接だった。続々と大学生が指名されていき、4人目の私の番が回ってきた。
「印刷業界を志望した理由」を聞かれ、自分の経験にほんの少し基づいたもはやテンプレと化したなかなかの嘘エピソードを満点の笑顔で披露し、3人のおっさん面接官の興味を惹く。さらに前日調べた付け焼き刃の企業の情報を、あたかもずっと前から知ってましたよみたいな顔で言い放ち、上層部の機嫌は上々だ。
「よし、いいぞ…!」
そう思った。
その後「学生時代に力を入れたこと」を聞かれ、私は当時所属していた落語研究会でのエピソードを披露した。
ほぼ落語なんてせず部室で喋っていただけだが、落研に所属していた話は他の就活生と差別化を図る意味でも非常に効果的だった。さらに面接官が年上であればあるほど、興味を惹くことができる。他の企業の面接でも手応えが良かった落研でのエピソード(もちろんたっぷり脚色済み)は、面接官のおっさんたちにクリーンヒットした。完全に風向きは私に向いている。
「これは、いける…!」
そう思った。ここまでの試合展開は完璧すぎる。
その後、おっさん面接官の中の1人が「じゃあちょっとここで何か披露できたりする?」と聞いてきた。
「うーわ、このパターンか…」
そう思った。
落研でのエピソードを披露している以上、やらされるパターンを予想はしていたが実際に聞いてこられたのはこれが初めてだった。
さすがに少し躊躇いもあるがやるしかない。逆にここで決めたらもう勝ち確と言っても過言ではない。
私は少し悩み、「じゃあうどんをすするシーンをやらせていただきます!」と言った。時うどんという演目を落研時代やっていたので、すするシーンだけをやることは尺的にもちょうど良いだろうとの判断だった。
「おー、いいね〜!!じゃあお願いします!」と、おっさん面接官は売れっ子MCのように愉快に振ってきた。
緊張の一瞬。
私は思いっきりうどんをすする描写を披露して見せた。「ズルズルズル!」という音が会議室に鳴り響く。その後、会議室を静寂が包む。先ほどまで面接官に対して、宝塚ぐらいハキハキ喋っていた隣の女子大生が静かに笑う。
それをきっかけに、私は突然我に返った。そしてめちゃくちゃ恥ずかしくなった。「もうそろそろモラトリアムが終わるというのに、私は何をやっているんだ。というか大事な面接でこんなことをやって果たしてよかったのか?」
強い後悔に苛まれた。これをどうジャッジする?
そしてそれを見たおっさん面接官の1人が、しばらくして重い口を開く。
「おー!うどん、見えたねぇ〜!!」
そう言った。そして私は、
「勝った……!!」
そう確信した。私は賭けに勝った。危険な賭けではあったが見事期待に応える、いや期待以上の結果で応えたと言える。
その証拠に、3人のおっさん面接官たちは手を叩いて喜んでいる。他の大学生たちも、もうこいつは決まったやろな顔をこちらへ向けている。合否は3日後メールで伝えるとのことだったが、結果は目に見えていた。
とりあえず内定を1つ手に入れた。この安心感たるやなかった。
面接会場から最寄り駅までの帰り道も、私の話題で持ちきりだった。一緒に面接を受けた大学生の男は「あんなんされたら勝ち目ないですわ〜」と言い、隣で面接を受けていた宝塚女子は「ほんとにあれで和やかな感じにもなったし絶対決まってるじゃないですか〜」と言っていた。
私はそれらに対し、「いやそんな、まだわかんないっすよ!…いや、ほんまにほんまに!うん、安心はできひん!…みんなで受かれたらいいっすね!」と完全に浮かれきった回答で返した。
そして、3日後。予告通り面接を受けた印刷会社から合否のメールが送られてきた。
私は他の企業も並行して受けており、その作業や面接の準備に追われていたのでメールをすぐに開かなかった。そして何より第一志望ではなかったし、あの手応えで落ちているわけがないと本気で思っていた。
甘かった。就職活動を舐めすぎていた。
作業がひと段落した夜、メールを開くとそこには
この度は、弊社選考にご出席いただき、ありがとうございました。
慎重に選考いたしました結果、誠に残念ながら今回は貴意に添えないこととなりました。
当社に興味をお持ちいただきましたことを感謝しますと共に、末筆ながら貴殿のご活躍をお祈り申し上げます。
と記されていた。俗に言うお祈りメールである。
「いやまじで?まじで言うてる??いや意味わからん意味わからん。さすがに。とんだピエロやないかえ!!こちとら恥晒してうどんすすっとんねん!え、うどん見えてなかったってこともしかして?いやでもあのおっさん見えた言うとったがな!てかバリ帰り道イキってもうたやん俺!もう謙遜しきれてなかったもん!てかあいつらもなんでそんなこと言うてくんねん!期待させるだけさせやがって!え、じゃあ俺あの日面接盛り上げに行っただけ?大事な時間と交通費使って?もうええ!2度とあんな印刷会社利用せーへんし!どっかいけ!!バーカ!!!」
と一言一句発したと思う。あまりにも的外れで滑稽な言い分だと今ならわかるが、当時はこうするしかなかった。
ただ酷くショックを受けたことは事実である。ショックすぎて人生で初めて、映画館で同じ日に2本映画を観た。
この経験からそれからの面接ではなるべく嘘をつかないことを心がけ、エピソードももっと経験に寄せたものにした。(もちろんちょっとは脚色したけど)
そして最終的には、もう一つの志望していた業界である金融の仕事に就くことができた。
こんなことを思い出しながら、ゆっくり「何者」を自宅の本棚にしまう。作中でも色んな人物が登場していたが、うどんをすすらされて面接に落ちている人物はさすがに1人もいなかった。次回作では描いてくれたらいいなー。
このご時世も相まって、現在就活に奮闘する人たちは本当に大変だと思います。
偉そうなことは言えませんが、結局内定をもらえるかどうかなんて運の要素が一番大きいので、あまり一喜一憂しないでほしいです。もし落ち込むことがあるなら、面接という極限の緊張の中落語をさせられて落ちたやつよりはマシと思っていただけたら幸いです。
皆様の健闘を心より祈っております。お身体にお気をつけて頑張ってください。まあ就活生の方が読んでくれてたらの話ですが。
P.S.いや仕事辞めとんがな。誰が言うてんねん。
ほんまにこんなんなったらダメですよ^ ^
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