不謹慎な縁取り図絵? - 中世の装飾写本 (I)

 一昔前までは、中世の装飾写本を見たければ、図書館に足を運び、特別閲覧室で担当司書の厳格な監視の下、写本を閲覧しなければならなかった。近年、オンラインで装飾写本が閲覧できるようになり、今では誰でも中世写本の豊かな挿絵を気楽に鑑賞できる。代表的な写本として、8世紀に制作されたケルズの書(The Book of Kells)があるが、このような写本の制作は、印刷技術が発展した16世紀に終焉を迎えた。

 多種多様な挿絵のうち、二点ほど紹介したい。一つは「十字架につけられたキリスト」、もう一つは「ハープを奏で悔い改めるダビデ」。両者は同じ1450年頃にできた「時祷書」に収録されている(Ms. lat. 32a、ジュネーブ市図書館所蔵)。前者はイエスの逮捕から葬られるまでの出来事をテーマとする「十字架時祷」の前に、後者はいわゆる「七つの痛悔の詩編」(6, 32, 38, 51, 102, 130, 143編)の前に位置する。十字架と悔い改めという大切なテーマを扱う挿絵だが、21世紀の私たちは、それぞれの絵の縁取りにいる異様な生き物が厳かな雰囲気を損なう印象を受ける。十字架の絵の縁には、ネズミを銜えた猫がいたり、ダビデの絵の縁には、自分(?)の尻に噛みついた生き物がいるからだ。

 多くの場合、挿絵の主要なモチーフと縁取りの、いわゆる「滑稽な怪物」との関係は不明瞭であり、縁取りは遊び心のある作者の空想が膨らんだ結果に過ぎないかも知れないが、この写本は少し事情が異なると思う。

十字架のキリストと猫

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License: CC-BY-NC – Genève, Bibliothèque de Genève, Ms. lat. 32a, f. 15r – 時祷書、1450年頃、www.e-codices.ch/en/bge/lat0032a/15r

 「死は勝利にのみ込まれた。」(コリントの信徒への手紙(一)15章54-55節)にあるように、キリストは十字架の死によって死を克服し、勝利を収めた。アウグスティヌスは十字架を「ネズミ捕り」(Augustinus, serm. 130,2)に譬えたことがあり、例えばロベルト・カンピン(1375頃-1444)が描いた祭壇画には、受胎告知のマリアのそばにネズミ捕りを作るヨセフがいる。十字架が、悪魔もしくは死を捕まえるための道具というこのモチーフに因んで、右の縁には、ネズミ、つまり悪魔(もしくは死)を捕る猫が描かれたと推測できる。

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 十字架の絵の下の縁には、対峙する鳥と犬がいる。両者が睨めっこするような印象だが、鳥は攻撃的で、犬が尻尾を巻いて、座り込み、降参していると考えられるなら、弱い者(磔刑された者)が圧倒的強い者(悪魔、死)に打ち勝つと捉えることもできるだろう。

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続く

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