カイン ― 歴史上初のコスプレイヤー?
長年の逃亡生活の末、弟アベルを殺したカインは、後裔のレメクに誤って弓で射られ殺された。その時カインの頭には角が二本生えており、体は毛皮に覆われていた。自分を殺害しようとする者から身を守ろうと、変装をしていたのだろうか。実はそうではない。角は殺害直後、第一の罰として頭に生え、毛皮は860歳になった時に、神に与えられたのだ。残念ながら、コスプレイヤーの先駆者とは言えないが、子孫であるレメクに鹿に見間違えられ、仕留められた(殺された)ことは、“鹿の衣装”のためだった。
図1「カインの死」、サント・マドレーヌ大聖堂(Basilique Sainte-Madelaine)ヴェズレー(Vézelay)フランス、内部身廊天井下の柱頭、12世紀、Les amis du pays de Mailly-le-Chateau (bljpmailly.free.fr)
こんな変な話は聞いたことがないと思われる方が殆どだろう。確かに、旧約聖書の創世記4章を読み直しても、カインが鹿の衣装を身につけた記述は皆無だ。しかし、上記の話はアルメニア語で書かれた『カインとアベルの物語』(10世紀頃)という正典外の文献にある。
図1の彫刻は、ヴェズレーのサント・マドレーヌ大聖堂にある。角が二本あるものの、服装は普通。その理由は、この彫刻が別の伝承に基づいてできたことにある。
ユダヤ教のミドラシュ(モーセ五書の注解書)には、頭に角を二本でなく、一角獣のように角を一本生やしている。
年老いたレメクは目が見えなくなっても獲物の狩りをやめられなかった。毎日のように息子のトバル・カインはレメクを里山に連れていき、獲物を見つけたら、弓を射る手助けをし、そしてレメクは弓を射て、仕留める。ある日のことだった。トバル・カインが獲物をきちんと識別できなったにもかかわらず、レメクに弓を射させた。仕留められた獣に近づくと、額から一本の角が生えていることに気づき、「獲物は人間に見えるが、額に角が生えている」と報告した。それが先祖のカインだった。(ミドラシュ、創世記ラッバー22:12)
しかし、カインの角の伝説はあまり知られていなかったので、殆どの装飾写本の挿絵(図2)、あるいは彫刻(図3)には、角もなく、変装もないカインが登場する。
図2「カインの死」、Egerton MS 1894, fol. 3r(挿絵、イギリス、14世紀半ば)、http://www.bl.uk/manuscripts/FullDisplay.aspx?ref=Egerton_MS_1894
図3「カインの死」、ノーリッジ大聖堂(イングランド東部)、12世紀、twitter.com/Nrw_Cathedral/status/1201735376819363841
聖書(創世記4章)によると、弟アベルを殺害したカインは罰せられたが、結局、神に生かされ、結婚し、数多くの子孫を設けた。なぜ、このカインは伝説の中に子孫に殺されることになったのかは、非常に不思議だ。激しい復讐心を抱く人々は、神の手抜き処分に満足できなかったようだ。