不謹慎な縁取り図絵? - 中世の装飾写本 (II)

ダビデとお尻齧り

 ダビデは、預言者ナタンの叱責を受け、「わたしは主に罪を犯した」と認めた(サムエル記12章13節)。ハープを奏で、七つの痛悔の詩編を唱える挿絵は多々ある。

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License: CC-BY-NC – Genève, Bibliothèque de Genève, Ms. lat. 32a, f. 74v – 時祷書、1450年頃、www.e-codices.ch/en/bge/lat0032a/74v

 一見、縁にあるお尻齧りは、悔い改めることと全く関係ないように思われるが、その関係を明らかにできるドイツ語の言い回しがある。“sich vor Ärger in den Arsch beißen”である。直訳すると、「憤懣のあまり自分の尻に噛みつく」となる。英語の場合、kick oneself、「自分で自分を蹴っ飛ばす」と言うが、両者は「…したことを嘆く」を意味する。自責の念に駆られ、自分自身を処罰の対象とし、鬱憤を晴らすということであろう。その言い回しの由来は不明だが、犬に噛みつかれたと想像すると、何となくダビデの自責の念の激しさが分かるような気がする。ただし、物理的に不可能なこの行為を絵で表現しようとするため、工夫が必要だったようである。お辞儀をする人間には、上半身がない。それに犬の頭のある蛇が巻き付けられ、尻に噛みつく形である。噛みつく生き物と噛みつかれた生き物が同一のものとは判断しきれないが、それでも上述の解釈は可能だろう。

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 下の方には、ハエと戦う人の姿もある。重要なのはハエである。ハエは悪魔の具現化とヨーロッパ中世の人々は信じ、ドイツのオルデンブルクには次のような伝説もある。逮捕された盗賊の首領は、拷問されてもしばらくの間黙秘を守ったが、悪魔が黒いハエの形でその首領の耳から出た後、すんなりと犯行を認めた、というものである。悪魔なので、放っておくわけにはいかず、退治されているのが、このハエと戦う人の真意であろう。

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 このように考えると、一風変わった縁取りの生き物や場面は、挿絵の主要なモチーフの尊厳を損なわないことが分かる。本来この写本には、ペンテコステ、マリア、そして葬儀をテーマとした挿絵もあったが、3つとも切り取られ、紛失されたので、残念ながら上述のような仕組みが、他の挿絵にもあったかは確認できない。

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