怖がりなのに心霊的な脅威に出会うとガチギレしてしまう

わたしは臆病だ。幼いころ、激しい雨風の音が怖くて眠れず泣き続け、困り果てた両親に挟まれて布団に入ったものの、まったく心が落ち着くことはなかったことを思い出す。物陰から何かが出てくればそれが夫であっても飛び上がって驚くし、「いつ起こるかもしれない」どころか万に一つも起こりそうにない不幸を想像して震え上がったりする。そんなわたしが恐怖も忘れてガチギレしてしまうケースが一つだけある。

自分には霊感なんてないと思う。何も見えない。聞こえない。はずだ。
幻視はあるが、これも昼間一瞬寝ぼけているとかそういうものだろう。加齢かもしれない。脳か目の不具合なのかもしれない。でもたまに、これは現実世界の生きた人間ではないなというものが見えることがある。そういうものが見えて、わたしに害をなそうとしてくると、反射的に自分でも信じられないほど怒り狂ってしまうのだ。今までに3回ほどガチギレした。その姿を直接見たものはいない。夫すら一度も見ていないはずだ。今後も見せたくない。

その1 脚もぎ命くれお化け

夫が出張などで不在の時は、家の守りがワンランク落ちたような頼りなさをいつも感じる。そんなある日眠っていると、寝室のドアをバーンと開けて(実際は開いていないがドアが開くかのような勢いを感じた)、異様な物体がカサカサと部屋に飛び込んできて目覚めた。大きな頭、短い胴から蜘蛛のように長い手足が生えていて、じっとこちらを見ている。人型と呼ぶにはかなりぎりぎりの造形をしていた。そいつは猛スピードでベッドの周りを走り回りながら、「命、くれ! その脚、くれ!」と叫びながらわたしの脚をつかもうとしてきた。

普段のわたしなら、「助けて! こわい、だれかたすけて!」と泣き叫んで縮こまるだけのはずだ。しかしその時は猛烈に腹が立った。恐怖を感じる前に怒りが瞬間的に込み上げてきた。奴が脚をつかもうとする瞬間、起き上がって

「バァーーーーッカ! 誰がくれてやるか!」

と叫んでいた。叫ぶと視界がすっきりして、何もいなくなっていた。
という夢。夢ということにしないといけない。
つかまれかけた方の足はその後2回折れた。
2024年の末にも足指が折れた。

その2 手術後妨害不謹慎三人組

外果骨折の手術をした日、高熱が出た。熱でぼうっとしているのに眠れない。看護師さんには麻酔が切れたらだんだん痛くなってくるから、耐えられなくなったらコールしてねと言われていた。痛くはない。まだ痛くはない。しかし傷のダメージは体に影響を与えているようで苦しかった。寝ているだけなのに目が回る。ぐるぐる巻きの脚、チューブの刺さった体でうんうんうなっていると失礼なお化けが三人一挙に現れた。

一人は好色そうな高齢男性、はっきり言うとスケベジジイの見本のような姿で、寝たきりのわたしに宙を舞いながらチューを迫ってくる。ぬっちゃり、という擬音がぴったりの湿気を伴った感触が実感をもって顔に伝わり、不快でたまらなかった。しかし動けない。

もう一人はホラーゲームに登場するような不吉なイメージのナースで、にやにや笑いながら手術が済んだばかりの傷口の上にでかい尻を乗せてきた。重さは感じない。痛みもない。それでも不愉快だ。しかし動けない。尻はとてもでかい。ナースは傷口に腰かけた状態でぼいんぼいんと尻を振り始めた。

最後の一人はぼろぼろになった投網に絡まった成人男性だった。漁師か、おぼれた人なのか。この人は何をするでもなく空中に漂い、うつろな黄ばんだ目でこちらを見ていた。この人だけはあまりじろじろ見てはいけないな、と熱で朦朧とした頭で考えた。

しかしこの三人に囲まれたままでは寝られない。待てよ。ここは個室だったはずだ!

「寝られないだろが! ばかもんども!」

と叫ぶと看護師さんが飛び込んできて、失礼な三人組は消えた。
これは高熱からくる譫妄だろう。
手術の経過は大変良好で、不思議なほど痛みもなく退院した。

その3 首絞め懺悔強制妖怪

これもその1と同じく、自宅で一人で休んでいた時出てきた奴だ。息苦しさに半覚醒状態になった時、気づくと人型の何かがのしかかっていた。胸の上にまたがっているが胸は苦しくない。そいつの手がかかっている首だけがとても重かった。

「お前の人生は間違いだ。ぜーんぶ間違いだ。謝れ、反省しろ、やり直せると思うな」と言ってくる。そういわれると過去の後悔が次々よみがえってきた。悪い夢を見るといつものわたしはとても悲しくなって落ち込む。しかしそれは自分一人で見る悪夢の時だ。これは違う!

「うるせーーーーー! 勝手に入ってきて何言ってんだ! 警察呼ぶぞ!」

と叫んで完全に目が覚め、がばりと起きると何もいなかった。
警察を呼ばれたくなかったのかもしれない。

高校の同級生のエノキさんも同様の体験をしたことがあると話していたのを思い出した。ものすごく肝の据わった子で、首を絞められているのに気づいても「霊は実際に絞め殺したりできないでしょ」と考えて、無視してそのまま寝たそうだ。次の機会があったら真似したい。

2024年11月20日 追記

今週久しぶりにお化けが出た。仕事部屋でPCに向かっていると、突如扉の方から何か灰色のものがとびかかって来て首に巻き付いた。とても重い泡のように感じた。重さに耐えられず椅子から転げ落ち、立ち上がると扉が開いて、むき出しの細い茶色い片腕がわたしをとらえようと伸びて来ていた。やはりわたしは反射的にガチギレし、「勝手に人んちに入っておいて無事に出られると思うなよ!」と叫んで腕をつかみ、引っ張ってちぎろうとしたところで目が覚めた。ちぎり損なった。

思えばこの手の話はかなり幼いころにさかのぼる。3つか4つのことだったと思うが、大の字になって寝ていると、突如枕元から伸びてきた赤い腕と青い腕が幼いわたしの腕をつかんだ。変な話だが、寝ていては見えない位置なのに「赤い腕と青い腕だ」と認識していた。抵抗せずにいたならば、畳の下に引きずりこまれると思った。小さいころから臆病者だったくせに、その時のわたしは腕をつかまれながら「だれだ!」と叫んだ。叫ぶと目が覚めた。

何も楽しくないし怒りたくないからもう出てこないでほしい。


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Yuka S. (or rurune)
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