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Second Lifeと別れ

居ついて20年経ってしまったので記念記事を書いた。 このエントリを読んでから読むのがいいと思う。 https://note.com/rurune/n/n5276e8f416bf

Second Life』(以下、主にSLという略称を使う)というメタバースがある。2022年、VRがいよいよ盛り上がる時世にあって、VR進出をあきらめたLinden Lab社の運営する世界だ。(Linden LabはVRメタバース『Sansar』を開発していたが資金難で売り払った)先んじて広い仮想世界を生み出すことには成功したけれど、時代に乗り遅れ機を逃して、『Second Life』はデスクトップに縛り付けられた世界となってしまった。この世界は、もう先には進めない。

わたしはこの世界に18年いる。パスワードをなくしてログインできなくなった最初のアカウントを勘定に入れれば19年になる。10ドル弱払ってアカウントを買わなければテストフェーズに参加できなかった昔、2003年から、小休止を挟みつつずっといる。日本人ユーザー(SLではresident[住民]と呼ぶがこの記事では”ユーザー”に統一する)のなかでは最も古い人間の一人だろう。わたしは自分より先に生まれた日本人ユーザーを知らない。

『Second Life』はとてもメタバースらしいメタバースだ。人とのコミュニケーションが存分に味わえ、広い経済活動があり、自由なモノ作りができる。2005-6年ごろはMMORPGでありながらこれに近い魅力を持っていた『Star Wars Galaxies』の国内サービス終了の影響で、そこそこの数の日本人プレイヤーの移住があり、また国内でもちょっとした「稼げる仮想世界」としてのよいしょ記事が増えたことで、日本のユーザーでにぎわった。有名人もSLをプレイして話題になりSecond Lifeからアーティストが羽ばたき、たくさんの日本人街が生まれた。語ろうと思えばいくらでも語れるが、老人の昔話をわたしはあまりいいと思わない。でも少し心境の変化があって、「SL自分史」のような感じで一つ記録を残そうと思った。それがこの記事だ。

不格好なアバターで重い世界(gridと呼ぶことが多いがこの記事では”世界”に統一する)に初めてログインした日、あれからずいぶん経ってしまった。わたしはメタバースのメタバースたる魅力を拒絶した状態で、この世界にずっといる。フレンドリストを使うことはなく、誰かに話しかけることもない。買い物も、もの作りもしない。ただ、存在し放浪している。それでだいたい満足している。まだ十分に美しさを保っているけれども、滅びが見え始めている世界で暮らすには、それでいいと思っている。

フレンドを作らないのは、「どうせすぐにいなくなる」からだ。
痛々しい言い方をすれば、「どうせ死んでしまう者と仲良くしたって仕方ない」になる。美しいアバターでカフェに集まり、おしゃべりを楽しむのだったら、もっと軽い、日本人好みのアバターがたくさん作れるタイトルがすでにたくさんある。だから多くの人はすぐに消えてしまう。SLは重い。あらゆるものがユーザーメイドのオリジナルだから、どこに行っても膨大なメッシュデータとテクスチャの読み込みが発生する。このストレスに耐えられなくなる人は多い。また、自分好みのアバターを仕上げるにはどうしても金が必要になる。たとえ完全自作を目指したとしても、後述のモデルやテクスチャのアップロードに料金が発生する。無料を貫いて遊ぶこともできるが、納得いかない姿のまま重い世界を徘徊するのは楽しくないだろう。

SLがほかのメタバースやMMORPGに勝っているところは、圧倒的に自由なモノ作りだけだ。それも課金した者に限られる。テクスチャやメッシュのアップロードには料金がかかるからだ。今でも残っている”仲間”は、自分の領域で理想を作り続ける職人ばかりになった。

もう一ついいところを思い出した。それはメタバースが上にも広がっていることだ。移動の基本が飛行とテレポートなので、空中建築が当たり前になっている。土地を所有したら上から下まで自分のものだ。わたしも自分の土地の高度2500m、3000m、4000mにそれぞれ違ったタイプの家を建てて楽しんでいる。多くのメタバースが地を這うだけになっているのはもったいないと思う。

何も買わないのは、「もうすでにたくさんのものがある」からだ。
とはいえ、月に1度ぐらいは買い物もする。微力ながら金を払って最初期のSLを支えた老ユーザーであるわたしには、ある特典が備わっている。なので金にはそう困らない。たまに華やかなショッピングイベントに出かけ、最新技術で作られた流行の体や家具を買って、その出来栄えに感嘆したりする。

これ以上ものを増やしたくない。2004年から貯め込み続けたわたしのインベントリは膨れ上がっている。43000ものアイテムが、フォルダ分けされて小さなウィンドウに収まる。プレビュー画面なんてないから、名前と入手年月で「確か、こんなものだったはず」と思い返す。所有していることを忘れてしまっているものもたくさんある。とはいえ、現在も活動中のショッピングマニアたちに比べたらだいぶ少ない。知り合いのバーチャルモデルのインベントリのアイテム数は20万を超えると聞いた。

古いユーザーのインベントリは事故でよく消える。データベースが古すぎるから、と聞いたことがある。わたしの持ち物も気づいたら大量に消失していたことが何度もあった。最初のうちは運営に問い合わせて巻き戻しの申請をしていたが、数年前からやめた。消えるのももう経年劣化だと思うことにしている。消失対策として土地のあちこちに切り株を置き、その中に大切なもののコピーをしまって、そのまま忘れる野生動物のようなことをしている。

モノ作りもしない。まったくできないわけではないが、SLのモノ作りはけっこうな労力がかかる。BlenderやMayaやLightwaveの勝手がわかっている人なら、すぐにこの世界に飛び込んでお店の一つも開けるだろう。けれどわたしはそんなスキルを持つことはなかったし、作るより眺めたり買う方が楽しい性分を変えることはできなかった。この長い間でわたしが覚えたのは、スカルプトで粗末な物体を作ることだけだ。

これがわたしの作った椅子。
https://marketplace.secondlife.com/p/sculpted-1-prim-wooden-stool/4771146
こんなものしか作れない。商用利用可のテクスチャを買って仕込んでおしまいだ。1L$(Linden dollar)は約0.4円で、この椅子は5L$。だいたい2円で売られている。まぬけな商品だが今年までに293個売れている。

1週間に1-2回、30分ほどログインする。
一部の人たちの間では、わたしが「とても昔からいる人」であることが知られている。そんな人たちが何かを懐かしんで、来客用にしつらえた高度2500mの家に来てくれることがたまにある。メッセージを残して行ってくれたり、チップを投げてくれたり、手紙をくれたりする。マシニマの撮影に使いたいから許可をもらえないか、とか言う話もごくたまに届く。それらに目を通し、返事を書くための時間だ。「いつ戻ってきても、このスペースがあるのがうれしい」という声があるとわたしもうれしい。

たまにホームのないカップルが我が家をホテル代わりに半裸で睦みあっている現場に出くわすこともあるが、そんな時はさっとすべてを脱ぎ捨てて、アルファテクスチャ1枚を着て透明になって出ていく。散らかさなければ好きにやってくれてかまわない。

5年に1度ぐらい、遠い昔フレンドリストに追加した誰かが戻って来てくれることもある。「エステさんまだいた!」(わたしのresident名は『Ultima Online』のキャラクターと同じだ。なぜか日本人はこんな風に略す人がとても多い)と声をかけてくれる。「そうよ。まだいますよ」と返答する。彼ら彼女らのフレンドリストも、わたしのリスト同様ほとんど全員オフラインだろう。そんな中で一人だけ見つける”生き残り”はいいものなんだろうと思う。わたしはたまに帰ってくる人たちにとって、いいものでありたい。

バーチャル世界でも、なんとなく季節感を保っていたい。なので、秋、雪の季節、春は模様替えをする。季節の飾りつけをするたびに去った人、逝った人を思い出す。この人はリアルで活躍しているんだっけな。この人は闘病していたけど3年前に亡くなられたんだったな。この人は事故で亡くなられたと聞いた。このアーティストはウクライナ在住だったはずだ、最近消息がわからないけどご無事だろうか。インベントリからアイテムを取り出して配置しながら(わたしたちはこれを”rez”と呼ぶ)古いアルバムを開いているような、個人を偲ぶような、しんみりとした気分にさせられる。

わたしはなぜここにずっといるのだろうか。「この世界が大好き!」というのとは違う。「好きも嫌いもなにも、ここがわたしのアバターとしてのホームだと感じてしまっているから」というのに近い。でも、なくなってもすごく悲しくなったりはしないはずだ。SLの中でしか存在できない、数少ない親しかった人たちの作品が消えるのだけは残念に思うだろう。きれいな結論が出ないのだけれど、自分のアバターと自分の土地が、昔を懐かしむ起点として存在していられたらいいなとは思っている。それがここにいまだにいる理由ということにしておこう。

今週もログインした。ホリデーシーズンの飾りつけをするためだ。もう閉店した店、いなくなってしまったクリエイターの作品を飾るので、”ここにしかない古い物”を見に来てくれる住人もそれなりにいる。今年もこの場所はありますよ、今年もあのクリエイターの作品にまた会えますよ、と言葉ではなくrezで伝える。古いものと新しいものをミックスさせて模様替えを行うのは、面倒だけれど楽しい。

それから、友人の管理する土地に行く。ここの一部はわたしの第二の家でもある。好きに使っていいよとスペースを貸し与えてくれたのだ。この土地がまだあるということは、維持費を払い続けているということだ。けれど友人はログインしてこない。どこかで元気で生きている証拠だと信じて、花畑でカエルのアバターになって一人で飛び跳ねて遊んだりする。

ついに飽きたり、いやになったり、死んだりしてわたしもこの世界と別れることになる日が来るかもしれない。その前にサービス終了するかもしれない。わたしはSecond Life内での別れをまだ体験し終えていない。最後はどんな風になるのかな。

Profile(Black Dragon Viewerで撮影)
画像は飼い犬のチロ(1983-2000)
地上4000mの家
地上2500mの家
訪問を歓迎します
http://maps.secondlife.com/secondlife/Sugarloaf/143/128/2500


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Yuka S. (or rurune)
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