【ルッキズム短編】耳かき小町

 新宿の雑踏を抜け、ビルの一角にひっそりと佇む耳かきサロン。そこには時間がゆっくりと流れる異空間が待っていた。

 エレベーターに乗り、4階のボタンを押す。古びたエレベーターはわずかに揺れながら上昇する。4階に着くと、重厚な扉が目に入った。控えめな看板が掲げられ、そこには「山本耳かきサロン」とだけ書かれている。

 扉を開けると、和の香りが漂う静寂な空間が広がっていた。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのように、部屋は落ち着いた照明に包まれ、畳の上にはふかふかとした座布団が敷かれている。

 20代前半と思われる着物姿の小町が、にこやかに出迎えてくれる。黒髪で清楚な彼女は、しなやかに身を屈め、静かに「どうぞ、お入りください」と声をかける。その声には、不思議な温かさと安心感が含まれていた。

 小町は優雅に頭を下げ、畳の上に座るよう促す。客が座ると、彼女はそっと背後にまわり、膝を提供する。肌触りの良い着物越しに伝わる彼女の温もりが、じんわりと体に広がっていく。

 耳かきが始まる。小町の手が耳元に触れると、微細な感触が脳裏に広がる。繊細な竹の耳かきが、ゆっくりと優しく耳の中を撫でるように進む。その感触は、現実の喧騒を忘れさせ、身体が溶けていくかのような安らぎをもたらした。

 耳かきが終わると、小町は耳元にそっと顔を近づける。そして、耳にふーっと柔らかい息が吹きかけられた。その瞬間、脳裏に甘美な感覚が広がり、記憶の奥底にしまわれた何かが呼び起こされるような気がした。

 ふと気づくと、彼女の顔が視界に入った。優しく微笑むその顔は、月明かりのように柔らかく、美しかった。

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