話に聞いていた通り、美味しい店だった
お酒が弱いくせに一人呑みをするようになったのは5年ほど前だっただろうか。
意外と人見知りをするので、隣に座っている人はもちろん、カウンター越しに親しく言葉を交わすことも少ない。グラスを傾けながら文庫本へと目を落とす。
それは、美味しい料理を食べながら一人で過ごす至福の時間。
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キッチン&バル OLD SCOT(錦糸町)
仕事帰りの土曜の夜、年が明けてからまだ一度も行っていなかった馴染みの焼き鳥屋「力屋」へと向かう。
この裏通りも昔は風俗店ばかりだったのに、今ではほとんどが飲食店になった。「力屋」の前まで来て中を覗くと――カウンターも客で埋まっている。ガラス越しに見える店長も、忙しそうに焼き場に張り付いていた。
(さて、どこへ行こうか)
お腹も減っていたので、あまり歩きたくはない。ほんの少しだけ迷ったけれど、「力屋」の斜め前にある「OLD SCOT」への階段を上がった。
ここは前から気になっていた店。
駅前のビルに同じ名前の店があったけれど、建て替えによりなくなってしまった。ここが移転先なのか確かめてみたい。以前知り合った女性が「ここはお料理も美味しいよ」と教えてくれたのに、行くことがなかったから……。
まだ六時を過ぎたばかりのせいか、店内に客の姿はなかった。
内装は明るく清潔感がある。一枚板のカウンターに座り、ジンビームをハイボールでもらう。
メニューを見るとALL500円の創作小皿料理が並んでいた。
(まずはこれからチャレンジしてみよう)
ハイボールを一口飲んで三品をオーダーした。
料理が来るまでにバッグから文庫本を取り出す。
今日の一冊は #アリバイ崩し承ります
本屋で手に取るのはミステリーばかりで、短編集が好きなこともあり、ドラマ化されるとは知らずに購入していた。
このお話の魅力はタイトルの通り、何といってもアリバイトリックを見破ること。
前半に提示された条件を基に、読者もアリバイ崩しを一緒に考えることが出来る構成になっている。
キリのいい所まで読んだらいったん本を閉じる。
頭の中で読んだ文章を整理しながら、アリバイの穴を考えていると料理がそっと出された。
生ハムとトマトのカルパッチョ。
生ハムの塩気とトマトの酸味のバランスがとてもいい。たっぷりと掛かったチーズと黒胡椒がアクセントになり、一口食べて思わず「美味いなぁ」と言ってしまった。
本を開く間もなく、料理が運ばれてくる。
カキのオイル煮。
一晩寝かしたのか、冷製のふっくらとした身に味がしっかりと染み込んでいる。にんにくと唐辛子が効いていて、これまた美味しい。
つけ合わせのクラッカーが全粒粉なのもポイント高し。
これは最後の一品も期待できそうだ。
イカスミ鶏ザンギ チリソース仕上げ。
創作料理っぽいものをと頼んだこの品も、期待通りの美味しさだった。
衣にイカスミを混ぜてあり、カリッと硬めに揚がったザンギを一口かじると独特の旨味が口に広がる。
辛い物が好きなので、チリソースは多めでもいいくらい。
小説の方はと言うと、どれもすんなりと崩せるアリバイはなく、パズルを解くような楽しさがあった。
七つの短編集ながら、考える時間も含めると読み応えのある一冊だ。
会計のとき、バーテンダーさんに声を掛けた。
「ここって、以前は駅前にあったお店ですか?」
「ええ、そうです。こちらへ移転して二年になります」
やっぱり。
彼女が話していた通り、料理の美味しいお店だった。
――美味しいものと文庫本①――
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実は私もミステリーを書いています。
謎解きIQ付き短編ミステリー集「謎と共に去りぬ」を公開中。
懐かしい「IQサプリ」や人気の「ナゾトレ」みたいな謎を、御曹司探偵・武者小路耕助がちゃちゃっと解いていきます。
ちょっと憎めない先輩をフォローしていくのが助手の鈴木くん。物語は彼目線で進んでいきます。ぜひ、ご一読を!