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SARS-CoV-2はどこから来た?~コウモリ、タヌキ、センザンコウ~
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック宣言から丸3年。コロナ禍4年目となったこのタイミングで、アメリカのメディアから新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源――このパンデミックはどこから始まったのか――についての報道が相次ぎました。しかし、これらの報道は、どうも中途半端で腑に落ちないことばかりです。そこでその報道の疑問点や、SARS-CoV-2について分かってること、分かっていないことをまとめてみました。
2つの報道
ことの発端は2023年2月27日付のウォールストリートジャーナルのスクープでした。
これによると、アメリカのエネルギー省は、SARS-CoV-2は武漢の研究所から流出したと結論づけたそうです。ただし、「低い確信」であると。
え?低い確信?それで結論を出した、と……??
つまり、「わたしがそう決めたのだ」的ってこと?それとも政治的な何か……?(以下自粛)
どうにも腑に落ちない報道です。
しかし、コロナ起源騒動はこれで終わりませんでした。この記事から半月ほど経過した3月17日、今度はフォービスからこんな報道が……。
今度はタヌキ!?
タヌキ犯人説が飛び出しました。
この記事の内容によると、これはアトランティック誌が掴んだスクープで、急に現れ数日後には消えていたデータを、とある研究機関が解析した結果なのだそうです。
その「急に現れて消えた」データは、最初のクラスター感染が起こった武漢の華南市場で、2020年1月に採取されたサンプルから得られたものでした。そして、今年の3月上旬のことです。中国の疾病予防管理センター(CCDC)所属の研究者達が、そのデータを「GISAID」※という国際的データベースに、密かにアップしました。
「密かに」とはいったものの、全世界からアクセスできるオープンデータベースです。そのデータに気づいた研究機関が少なからずいました。そのうちの一つが、CCDCの研究者に連絡を取ったところ、そのデータはGISAIDから削除されてしまったそうです。
データベースにはなくなったものの、いくつかの国の研究機関や研究者達は、すでにそのデータをダウンロードしていました。その中の一つが「感染源はタヌキ」の可能性がある、とアトランティック誌にリークしたようです。
しかし、この記事にはいくつか疑問点があります。
データの信ぴょう性。本当に中国のCCDCからアップされたものなのか。
どうして数日間しかアップされていなかったのか(データの存在に気づかれたと解ったあと、すぐにデータベースから消去されたのはなぜか)
データを検証して「タヌキが感染源である可能性が高い」と判断した研究者・研究機関の、具体的な名前が挙げられていない。つまり、本当にそう判断した研究者・研究機関はいたのか。いたとしてそこは「信頼できるところかどうか」が明らかになっていない。
要するに、この記事は「眉唾物感たっぷり」なのにもかかわらず、全世界に向けて報道されてしまった訳です。
※GISAIDとは「Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data」の頭文字を取ったもので、日本語に訳すと「鳥インフルエンザ情報共有の国際推進機構」といいます。もともとは鳥インフルエンザの情報データベースでしたが、COVID-19のパンデミックを受け、SARS-CoV-2のゲノムも扱うようになりました。
GISAIDは、鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に医療分野の研究者たちによって設立されたインフルエンザウイルスの情報データベースである。SARS-CoV-2ゲノム情報もGISAIDが主体的に運用し、登録・収集されている。
データベースから消えた理由
しかし、上の疑問の1と2は、すぐに解けました。
記事が出た翌日に当たる3月17日、WHO内にあるSAGO(新規病原体の起源に関する科学諮問グループ)から、この件に関しての声明が出たからです。
これによると、件のデータは、再提出中のジャーナル論文のために上げたものとのこと。そして上げたデータを修正する必要が出たため、いったんデータへのアクセスを制限したのだそうです。そう、実際は削除されたのではなく、修正を繰り返しているために、第3者のアクセスを制限しているだけだったのです。
また、この声明では
そもそも、SAGOが中国の研究者に、「2020年1月1日に武漢の華南市場を閉鎖するなら、その前にちゃんと調査しろ」って言ったんだよな?でもって、データを速やかに公開するようにも言ってたよな?
何でいまだにちゃんとしたデータを公開できていないのかな?何やってるんかな?
さっさと公開しろ、解ってるよな?
的なことを言っています(かなり意訳)
このことについては、その論文の提出先であるNatureでも同様のことを言っています。
しかもNatureの記事によると、その調査結果をまとめた論文、再提出を何回も繰り返していて、未だにOKが出ていないそうです……おいおい。
ちなみに、その論文の最初の提出日は2022年2月25日。1年以上たってもまだOKが出ていないってことですね。
ジャーナル論文は、査読が通るまで時間がかかるのも事実ですが、Natureの場合は直しがなければ約2カ月、直しがあっても約4カ月ぐらいで通るようです。それが、1年以上もかかってるって、どういうことでしょ?
WHO(SAGO)は、中国がサッサとデータや調査結果を公表するように望んでいます。しかし現実は……最初の論文を提出してからもうすでに1年、華南市場の調査からは実に2年以上経過。これだけ時間をかけても論文は完成していないし、データも修正を重ねている状態なわけで……。
ここまで時間がかかっているということは、担当研究者の力量の問題なんでしょうか。それとも、何か見えざる闇の力でも働いているのでしょうか。
とまあ、新たな疑問も湧いてきてはいるのですが、わずか数日でGISAIDから消えたデータの真相はそんなに複雑な問題ではありませんでした。
容疑者 タヌキ
では、3つ目の疑問。「なぜ、ここにきてタヌキ犯人説が急浮上したのか」です。
実は、SAGOの声明でも、Natureの記事でも、タヌキが感染源かどうか、このデータからでは確定できないと述べてます。つまり、タヌキちゃんは冤罪の可能性あるということです。
そう、Nature記事のサムネのタヌキちゃんも、つぶらな瞳でそう訴えているように感じませんか?我々は無実だと……
![](https://assets.st-note.com/img/1680071665092-GsNfxI4Lsd.png)
実は、華南市場にいた容疑者はタヌキだけではありませんでした。
クラスター感染がおこった当時、現場となった華南市場にはヤマアラシ(食用)やタケネズミ(食用)もいました。これらの動物もタヌキ(食用)同様、COVID-19に感染することがわかっています。
あ、余談ですが、タケネズミは出っ歯でモルモットみたいな体型をしていて、日本ではブサカワなペットとして一部で人気の小動物です。中国では食べてますが、日本ではペットです。
話を戻しますが、コロナウイルスの感染源となり得る「容疑者」は他にもいたわけです。ただ単に、「容疑者」の中で市場にいた数が一番多かったから、タヌキが容疑者にしてしまったのでしょうか……。
そもそも、どれほど数が多かろうと、感染していなければ「犯人」にはなれません。そして、タヌキが感染していた証拠は、今のところ確認できていないのです。
はっきり言って、「SARS-CoV-2に感染する」「市場にたくさんいた」という状況証拠だけで、タヌキは犯人に仕立て上げられたことになります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス(SARS-CoV-2)は、動物由来であることは解っています。解っていないのは、そのウイルスがいつ、どこで、何をきっかけに人間に感染するようになったのかということです。
そのため、「研究所流出」だの「タヌキ」だの、いろいろな推測がなされているわけです。
ただ、このウイルスを生み出したものは、ほぼ解っています。それはコウモリです。
コロナの祖 コウモリ
ちょっとここから難しい話に。
人間が感染するコロナウイルスは、今のところ7種類あります。軽い風邪を引き起こすウイルスが4種類で、重症の肺炎を引き起こし致死性のあるウイルスが3種類です。
この3種類が、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)、そしてパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)です。
コロナウイルスは、大きく4つのグループに分けることができるのですが、この重症肺炎を引き起こす3つのウイルスは、コウモリとげっ歯類を自然宿主とする「ベータコロナウイルス」というグループに属していてます。
このグループのウイルスは、コウモリやげっ歯類の体内で増殖している分には無害なのですが、他の動物に感染すると、病気を引き起こすようになります。
SARSもCOVID-19も、もともとはコウモリの中にいたウイルスでした。SARSに関しては、キクガシラコウモリが感染源だったというところまで解っています。しかし、COVID-19の起源株がどこから来たのかは解っていません。
なぜ解らないのか、それには理由があります。
どうやら、コウモリから出たウイルスが、そのままCOVID-19のウイルス(SARS-CoV-2)になったわけではないようなのです。
今、見つかっている中で、SARS-CoV-2に最も近いのは、2013年に雲南省のコウモリから見つかった「RaTG13」というウイルスで、ゲノム配列が96%一致しています。
96%というと、かなり近いと思うでしょうが、実はそうでもありません。
この論文によると、コウモリのウイルスRaTG13と新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、同じ祖先を持つ、同系統のウイルスではあるものの、「親戚レベル」の違いになるそうです。突然変異率などから計算すると、RatG13とSARS-CoV-2は少なくとも18年以上前に別れた株であると推測されています。
そして、このRaTG13とSARS-CoV-2とには、決定的な違いがあります。それは、ウイルスが細胞内に侵入する仕組み(受容体)の部分です。簡単に言うと、SARS-CoV-2は、RaTG13に比べて、ヒトの細胞に侵入しやすいようになっているのです。
この仕組みがSARS-CoV-2と同じなのが、センザンコウが感染するコロナウイルスpangolin-CoV(Pangolin Guangdong 2019)です。
黒幕 センザンコウ
それは密輸されたマレーセンザンコウから見つかったウイルスでした。そのウイルスは、ゲノムの配列がSARS-CoV-2に近いだけでなく、細胞に侵入する仕組み(受容体)がほぼ同じだったのです。
ゲノムを細かく分析した結果、新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、コウモリのウイルスとセンザンコウのウイルスの組換え体だという推測がなされました。
組換え体とは、2種類のウイルスのゲノムが合わさり、新しいウイルスになることです。もともとコロナウイルスは、組換えも起こしやすいウイルスです。
例えばクラーケンの異名を持ち、2023年3月時点で、アメリカで主流となっているXBB.1.5も、「BJ.1系統(BA.2.10系統の亜系統)とBM.1.1.1系統(BA.2.75.3系統の亜系統)の組換え体」の亜系統です(ややこしくてゴメンナサイ)。
この組換え体は、2種類のウイルスに同時感染することで発生すると考えられています。
要するに、SARS-CoV-2は、コウモリ系のコロナウイルスとセンザンコウ系のコロナウイルスに同時感染した「何か」から生まれたウイルスなのです。そして細かくゲノムを解析した結果、SARS-CoV-2が誕生したのは2019 年 10 月から 2019 年 12 月の間だと推定されています。そう、新型コロナウイルスの最初の感染爆発が起こった時期と、ほぼ一致しているわけです。
つまり、この時期、武漢にセンザンコウがいれば、間違いなく第一容疑者になったはずです。
しかし、武漢にセンザンコウがいたという痕跡、証拠ままったくないのです。
実は、武漢でどのような野生動物が取引されたかは、ほぼ、明らかになっています。コロナが発生する前、2017年5月から2019年11月にかけて、ダニが媒介する血小板減少症症候群 (SFTS)に関する調査のため、華南市場をはじめとする17カ所の市場で、抜き打ちで定期的に検査を行っていたからです。
違法取引となる野生生物も、その調査結果に上がってきましたが、違法中の違法とも言えるセンザンコウがいたという報告はありませんでした。
また、冒頭で紹介した例の「消えた」データでも、センザンコウはいませんでした。下水まで調査をし、「野良」でどんな生き物がいたのかまで調べていたにもかかわらず、です。
当然と言えば当然の結果かもしれません。センザンコウは絶滅危惧種のため、ワシントン条約によって一切の商業取引を禁じられているからです。
![](https://assets.st-note.com/img/1681369437408-WhYyoiw0c2.png?width=1200)
しかし、センザンコウは、漢方薬や皮革製品に使うため、世界で一番密猟されている動物でもあります。中国でも正式に漢方薬の材料にすることを禁じられていますが、それでも密輸が跡を絶たちません。そしてコロナウイルスが発見されたのも、密輸されたセンザンコウの中からでした。
つまり「痕跡がない=センザンコウはいなかった」とは言い切れないのも事実です。
だからもし、たった1匹でも、違法に取引されたセンザンコウが華南市場にいたら……
「センザンコウちゃん、やっぱり君の仕業だったんだね。君たちを追い込んだ人類に一矢報いた気持ちはどうだい?」
などとミステリー物のクライマックスよろしく言えるのですが、残念ながら憶測中の憶測でしかなりません。
では、「何」が新型コロナウイルスSARS-CoV-2を武漢にもたらしたのでしょうか。やはりタヌキなのでしょうか。
事実は小説より奇なりともいいますが、真相は案外呆れるくらい斜め上にあるかもしれません。
例えば、「政府高官の子息が、突撃系TikTokerかなんかで、コウモリの巣くう洞窟を探検したあと、センザンコウの密輸現場に突入し、最後に華南市場の違法な野生生物取引現場を直撃した」結果、「コウモリコロナとセンザンコウコロナに同時感染して、組換え起こしたコロナウイルスを華南市場でまき散らした」なんてぐらいに。
SARS-CoV-2に最初に感染した「何か」、クラスター感染(感染爆発)のきっかけになった「何か」。
その答えは、某国の思惑もあるようで、まだまだ見つかりそうもありません。
センザンコウの爪痕
ところで、センザンコウとコロナウイルスの関わりは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の誕生だけではありません。
例えば、オミクロン対応2価ワクチンを打った方の接種済証や接種証明書には、「BA.1」とか「BA.4-5」とか書いてあるはずです。また先ほど、組換え体の例に「XBB.1.5」株を例に挙げましたが、この「XBB.1.5」という名前もそうですが、このアルファベットから始まる英数字は「PANGO系統名」といいます。これは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の変異株につけらているものです。
この変異株を分類し、系統名を割り当てるシステムがPANGOLINです。PANGOLINはPhylogenetic Assignment of Named Global Outbreak Lineages(Google先生の訳によると「命名された世界的アウトブレイク系統の系統発生的割り当て」という意味)の頭文字を取ったものですが、センザンコウの英語名でもあります。そもそも、PANGOLINシステムはセンザンコウから名前を取っているそうです。その証拠にPANGOLINのHPにもセンザンコウのアイコンが使われています。
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このようにセンザンコウは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノムだけでなく、系統割り当てシステムの中にも存在しているのです。
このセンザンコウ、全部で8種類あるのですが、そのすべてが絶滅危惧種です。それは、ウロコを持つ唯一の哺乳類であるという特性から、ウロコを漢方薬に、ウロコ跡がある皮膚を革製品にするために、密猟が後を絶たないからです。WWFによると、センザンコウは5分に1頭の割合で密猟されているとのこと。
ところで、漢方薬に使われるウロコですが、その効能って何だと思います?
「腫れ物、乳汁不足、無月経、リウマチ、関節痛などに用いる」のだそうです。
ここはちょっと個人的な感想。
そっか……そんな一般的な効能でか、と思いますよ。
センザンコウのウロコじゃなくても、代わりになるの、いくらでもありますよね、この世の中には……。
また、独特の模様が革製品として人気なんだそうですが……。うん、わざわざセンザンコウの皮を剥がなくても、プリントとか、職人の技で再現できるんじゃないかなって。
ほんと、なんか、どうでも良いことで乱獲されているような気がするのですよ。
では、本文に戻ります。
![](https://assets.st-note.com/img/1681547404424-8T3k1zZRJX.png?width=1200)
この密猟ペースで行くと、WWFの警告どおり、近い将来、センザンコウはこの地球上からいなくなってしまうでしょう。
その一方で、新型コロナウイルス感染症・COVID-19は、私たちの間から消えることはありません。ウイルスは変異を続け、インフルエンザのように何度も流行を引き起こすようになるでしょう。そして、変異株が生まれるたび、PANGOLINは系統名を割り当て続けます。
つまり、センザンコウという動物が、地球上からいなくなってしまったとしても、その存在は新型コロナウイルス感染症COVID-19の中で永遠に残り続けるわけです。
コロナウイルスの中にだけ、センザンコウの爪痕が残る――それはあまりにも悲しい結末です。そんな未来は、何とかして避けなければなりません。
そしてもう1つ、心に刻むべき、大切なことがあります。
今回のパンデミックは、欲望のままに乱獲され、絶滅の危機に追い込まれた野生動物からの渾身の一撃なのかもしれないということ。
自然への敬意や畏怖を忘れた、私たち人類への「しっぺ返し」。それが今回のパンデミックの影に隠れている真実ではないかと思っています。
とまあ、難しいこと言ってしまいましたが、ここまで辛抱強く読んでくださったお礼に、センザンコウの可愛い姿をリンクして終わります。
ここからは補足って言うか蛇足
私は医療系は無資格者になるので、いい加減なことを書いていない証明に、参考にしたものは極力リンク入れてます。読みにくくなっていたら申し訳ないです。
それから、センザンコウのコロナウイルス、実は密猟されたセンザンコウからしか見つかっておらず、野生ではまだ見つかっていないそうです。だけど、「まあ、pangolin-CoV(センザンコウコロナウイルス)と名前がついているからいいかな」ということでセンザンコウ由来のウイルスという視点で書いています。
それにしても、ゲノムを解析して研究する人たちってすごいなと、論文読みながら思いました。
研究者の皆さまに、心からの敬意を。
そしてここまで、ご精読ありがとうございました。
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