G戦場の弾圧
「戦場のメリークリスマス」の旋律
これに独特の雰囲気を感じるようになったのは
もう13年近く前に、なる。
そのひとつ前のナショナル大会でとある選手の不具合に気付いたのだが
おそらくは旋律に重なってしまったのだろう、
それには誰も気付かないようだった。
いや、おそらくはもう独り
その人は一瞥だけして去った、
その姿こそはいつもと違うと私は確信したのだから。
既に理由あって関係の無くなった私は
一般枠での入場を求めて知人らを彷徨い続け、
ややしてチケットを譲ってくださる方に巡り会うことが叶っての現地入だった。
場所は、トリノ。
その年は2006年、活気の情熱の最中の事だった。
現地入りして直ぐにブリザード、寒さは限界を超えるだろうと予測してのロシアでの買い足しが
正しかった事に安堵した、
_________これで試合を集中して観れる、と。
ロシアやフィンランドの寒さは
時には長時間の観戦を妨げるほどの冬将軍を
引き連れて来るからだ。そうなると観戦どころの騒ぎでは無くなり、現地入りした目的すら意味を為さなくなる、それだけは避けたかった。
体調不良を引きずっての入国の故にウォッカは飲めず、ポトフやボルシチ、ウクライナが近い事もあってうどんを啜り暖めて望んだ。これを書いているとウクサーニャ・バイウルのざっくばらんなうどんかき込み姿が思い出されて懐かしくもあるのだが。
_________人混みの活気を、熱を奪うほどの寒さ。
会場の変更
現地入から別会場への移動変更
それを思えば、
あのナショナルの一分を超えた後からの時間は
今、更に負担を掛けているだろう、と。
ふと会場を歩いていて見付けた
ボランティアの募集を斜め読みしてすぐ様応募を掛け合った、手持ちのライセンスで行ける、と。
そのまますんなり通してもらえたのは
あの影に隠れるように消えて行った
知人のお陰もあっての事なのだろう、と思いつつ、件の選手を探す、とすぐに見付かったが。
件の人物は私にも気付かない。
それで不調は正しいと感じた。でも傍にトレーナーの姿も無いのは本人も未だ把握して無いからだと。
帽子を目深く被り直してイタリア語で話すと、
すぐに気付いて「いいえ」と返答して来た。
そのまま試合会場へと向かうために立ち上がって行ってしまった、その後ろ姿!!
腰が、後ろに・・・・
これではすぐに試合でも顕れるだろう、と
湿布やコルセット、痛み止めのアンプルを探し回る、会場のヨーロッパ系薬品では強過ぎるのだ。
手持ちの鎮痛剤をいくつか渋々出して、スタッフのひとりに預けてエマージェンシー=故障者用だと念を押す。このイタリアでロシアでこんな言葉がどこまで通用するのか?と。
不調の身には移動は厳しい、息を切らして目的の会場に着いた頃には既に人だかりで動けなくなっていた、なのに寒いと。
体の不調には、この寒さは堪える____________!
気が付くとお目当ての選手は終わったのか見当たらず、件の選手がさっきまでよりも不安そうにしていると思えた。
あの髪を切った姿は確か・・・・・・・。
寒いロシアの地において更に寒い会場の上でたった独り、
_______蘇る あの、空気と冷たさ。
頼り無げな姿勢会場の中央に向かう。矢張り体が何処か丸い。
旋律が。
戦場のメリークリスマスの旋律が流れ出して更に不安を掻き立てられた、見ろ、あの姿勢を!
やはり腰を痛めているでは無いか、と。
アウトバックから始めてレイバックスピンへ入るまでにも既に顕著に出ている、その後ろで巻き起こる会場内のどよめきは瞬時に私の聴覚から消え去った。もっと観える場所へと移動するも、群衆とは真逆の行動はすぐに受け入れられた。
まるでモーゼの気分とはこんな感じかと片隅で思いながら。
アウトバックでも姿勢の偏りはすぐに判って痛々しかった、あの滑らかなバックも足をばたつかせた水鳥の足のようにすら思えて。
その直後にまっすぐのラインを描いてスピードを乗せる姿に、アクセルと同じ勢いを感じた、
3Lz3Lo
だがセカンドはステップアウトを取られるのは明白だった、つまりは高さが中途半端に低くなったのはクアッドを飛ぶつもりでオーダーをしたのだ、と。
その後は只静かに在るが侭を看ていた、
観ているしか!!無いからだ、致し方の無い事だ。
_______私も同じ思いをさせたのかも、知れ無い
と
その時始めて漠然と浮かび上がるように
とある感情が私の中でくっきりと姿を顕に、した。
それはおそらく必要に為り
終わればそれは具現化すると。
周りを見渡してスタッフコードを探し当てて、
薬を託した女性を探し出す、と、薬は正しく使われた、と彼女は私を讃えた。
薬は正しく使われた?!
待ってくれ、それはこの会場の__________
それは会場すぐ近くのクロカンの選手だった、不味い!!
手持ちを漁って更に同じものを揃えるが、既に時遅し、使い尽くされてほぼ残りの日までは保た無い状態だった。
まさか本当に全部使いつくされるとは!と忌々しく彼女を睨むが、
「クロカンの選手はあなたのお陰で救われました」とそれこそ神様に祈るようなもて囃しようだった。
待ってくれ、選手は独りじゃ無いんだ、と。
でも彼女は運悪く別のスタッフだかになにか吹き込まれた後らしかった、悪い事はするもんじゃ無いと後悔してももう遅い。
任務は終わりとばかりに首に掛けたスタッフ証を力無く外し、帽子を取って出て行った。
半ば力尽き果て掛けたところに件の選手が、居た。
呆然ととしていたのは、会場のブーイングのせいか不調に気付いたのか?
彼女の周りには今はもう誰も居ない、
この会場にも涌き上がる熱気と人だかりで埋まってしまうほどなのに。
ゆっくりと彼女に近付く。
「4回転。飛ぼうとしたでしょ?中々こんな大舞台では出来ない事よ、おめでとう、凄い事だわ。」
同じように脱力しているのだろう、力無く
「でも失敗したから。最初からブーイングだらけだったし、あのどよめきでもう駄目だと思ったから。」
でも冷静に滑っていたと思った。
「辞めちゃあ駄目よ。」
とスタッフルームに彼女を連れて行く、今の私は一般人だから。背中に添えた手に力を込める。
どうか
どうか続けてくれますように、と。
顔を上げればスタッフルーム前で見慣れた顔が待ち受けている、その後ろに隠れてあの方の姿も。
彼等のお陰でここまでスムーズだったのだ、と。
そう云えば彼もまた同じ名の友人と同じく
孤独の中に居たのだ、と。
おそらくは私が逃げるからと判断したのだろう、
耳元で素早くオーダーを伝える、彼女はきっと大丈夫。
その場を離れてほっと息を着いてから、不意に笑いがこみ上げる、なにかに似ていると謂えば!
そうだ、
まるでカルガリーの私のようだったんだ、と。
孤独も、もうすぐ晴れる。
引用データ
トリノ
https://youtu.be/bOw7KoMz7s4
ナショナル
https://youtu.be/O3uop2Mbesc