夏のトビラ/宇宙RIRAさんの企画参加
夏のトビラ
父が脳梗塞で倒れて、右半身麻痺に
なったのは、春先のことだった。
その父が退院してすぐ、
一緒に沖縄へ行った。
「帰れるうちに田舎に帰っておきたい」
という気持ちからであった。
リハビリの仕事をしているせいか、
「どんな障がいを持った人でも
旅行ができる」という自信があった。
いざとなれば、自分が介助すればいい
と思っていたからだ。
故郷の沖縄の家に着くと、
とっさに父から沖縄弁が飛び交う。
「えっ、みなさん、何言ってるん」
異国に来たようだ。
どこからか、リズミカルな
三線の音色も聞こえてくる。
関西よりも、なんとなく
涼しく感じる沖縄の夏だった。
夜になって、ドンドンドンと、
遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
もう12時過ぎだ。
関西では間違いなくクレームものだ。
沖縄に住む人は全く気にしない。
それどころか外に出て行って
一緒に騒いでいる。
エイサーだ。
まさに沖縄スタイル。
沖縄タイムである。
ゆっくりと流れる時間の中で、
窓辺に座って、エイサーの
太鼓の音を聞いていた。
すると、父が突然、
「扉」
と言った。
「えっ、扉がどうしたん」
と聞き返す。
また、
「とびら」
と父が言った。
「えっ、窓しかないで」
と言い返した。
今度は床を指差して、
「トービーラー」
と言った。
確か、言語障がいはなかったはずなのに
何を言ってるのか、と思ったが、
どうやら、とっさに出た
沖縄弁だったようだ。
指差す方向を見ると、
なんと、ゴキちゃんと目が合った。
ジャンジャジャーン。
そう、「トービーラー」とは、
沖縄弁で、ゴキブリのことである。
暑い沖縄では、
夏のトービーラーは、
よく遭遇するそうである。
エイサーの太鼓の音につられて、
思わず出てきてしまうのかもしれない。
ギョッとした僕の顔を見て、
父が大笑いした。
それが父と行った最後の旅行の
思い出になった。
了
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宇宙RIRAさんの企画
夏の思い出エッセイが、
8月31日まででした。
ギリギリ間に合いました。
みなさんといいものを作り上げていけたらと思っています。noteを面白い方向に転がしていきたいです。これからも書き続けます。