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留学

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中国留学時代のお話です。
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#中国

留学時代(上海)⑥

留学時代(上海)⑥

こんにちは、るおです。

留学時代(上海)⑤のつづきです。

その後、何とかクラスのみんなとも少しずつ打ち解けるようになり、さみしい気持ちも薄れて、ホームシックの状態は徐々になくなっていきました。
ただ、寮で同部屋のトルクメニスタン人の留学生とは、あまり打ち解けてはいませんでした。
仲良くなって、ガンガン中国語でしゃべっておけば良かったなって、今となっては後悔しています…。

そしてそのころ、あの

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留学時代(上海)⑤

留学時代(上海)⑤

こんにちは、るおです。

留学時代(上海)④のつづきです。

授業は普通に受けていたのですが、一方でだんだんと、ホームシックになっていきました。
学生時代と違い、1人で中国に来たことや、私が「超絶人見知りコミュ障」で、クラスのみんなやルームメイトのトルクメニスタン人と、ほとんど会話や交流をしなかったこともあって、なんだか寂しくなってきたんですよね。
(まあ、自分のせいなんですが…。)

「日本に帰

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留学時代(上海)④

留学時代(上海)④

こんにちは、るおです。

留学時代(上海)③のつづきです。

私の記憶では、留学生が中国語を学ぶクラスは全部で5つ(A~E班)あって、私はその内、下から2番目のレベルのクラス・D班でした。
事前にレベル分けのテストを受けて(テストといっても、確かテキストの中国語を読んだだけだったような…)、D班より1つ上のレベル・C班で学ぶように言われたのですが、私がビビッて、1つ下のD班に入れてもらったのです…

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留学時代(上海)③

留学時代(上海)③

こんにちは、るおです。

留学時代(上海)②のつづきです。

「上海大学・宝山キャンパス」は、市の中心から少し離れたところにありました。
当時、市の中心へ出る移動手段はバスでしたが、今は地下鉄7号線が通っていて(上海大学駅)、まあ便利になったものです。

キャンパス到着後、まずは留学生寮で入寮手続きをして、無事に住む場所を確保できました。
ただし、2人部屋です…。
本当は1人部屋が良かったのですが

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留学時代(上海)②

留学時代(上海)②

こんにちは、るおです。

留学時代(上海)①のつづきです。

2003年3月、中国・上海浦東国際空港。
私は留学先の上海に初上陸しました。

空港の出口で待っていた留学斡旋会社の迎えの車に乗り、いざ留学先の「上海大学」へと向かいました。

私が留学した当時、上海大学には3つのキャンパスがありました。
・延長(イエンチャン)キャンパス
・宝山(バオシャン)キャンパス
・嘉定(ジャーディン)キャンパス

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留学時代(上海)①

留学時代(上海)①

こんにちは、るおです。

2001年3月に専門学校を卒業し、フリーターになった私。

アルバイトは、
・百貨店のフロア清掃
・レストランのホール
・懐石旅館の客室清掃
をしていました。

そしてアルバイト以外の時間は、中国語学習と、留学先に決めていた上海の各大学の情報収集にあてていました。
数ある上海の大学の中で、最終的に私が留学先に選んだのは、

「上海大学」

今は東京にもキャンパスがあります

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