60歳からの就活体験記【キャリコン編集部】
■大学卒業後、損保一筋38年
保険会社の宿命で、全国転勤並びに単身赴任を思う存分経験しました。今どきの方は、転勤を嫌がる方も多いと思いますが、私は、思い存分楽しんできました。静岡では、毎日、富士山を眺めることができ、仙台では、週末、家族で手軽にスキーやテントでのキャンプなど。東北各地の温泉巡りや、山形そばもたくさん頂くことができました。但し「東日本大震災」も仙台にいて体験しました。名古屋では「あんかけスパゲティ」にはまりました。福岡では「屋台」を楽しみ、出張で九州全県と沖縄まで足を延ばすことができました。大阪でも、独特の文化に触れることができ、京都、神戸、奈良へも気軽に行くことができました。たまにどうしても相性の合わない上司もいましたが、3年もすれば、どちらかが転勤でいなくなるので、少しだけ我慢すればいいわけです。そして、趣味のマラソンのおかげで、全国のマラソン大会に参加したり、沢山のかけがえのない仲間ができました。
というわけで、ほとんど転職を考えたことはなかったです。
■転職を考えなかった理由
*社会的貢献性の高い仕事
*嫌な上司でも、ほぼ3年我慢すれば良い(定期異動のため)
*会社のお金で全国転勤できる(美味しいお酒やお魚、そばなどが食べられ、尚且つ観光地へも気軽に行ける)
*給与が高い
*損保の中では、規模の小さい会社ではあったが、商品力やサービス面に おいて大手には負けない自負があったから
■就職活動開始
2019年5月から、本格的に就職活動を開始しました。
「せっかくキャリコンの資格を取ったので、それを活かせる仕事がしたい」
「保険の仕事は、38年もやってきたので、他の仕事をやってみたい」
受験勉強中から考えていたのは、下記の選択肢でした。
ハローワーク、研修会社の講師、大学のキャリアセンター、企業の人事部、人材紹介会社、人材派遣会社 など
■運命の2019年8月23日(金澤美冬さんとの出会い)
一番初めに、エントリーしたのが、ある大手の企業向けの研修講師の求人でした。定年が65歳の会社ということで、これまでの自分の経験が活かせると思い応募しました。しかしながら、あっけなく書類選考落ち。その後、大学のキャリアセンターの求人が2校見つかったので、エントリーシートをしっかり作成し、エントリーしましたが、いずれも、年齢を理由にあっけない敗北。その後も、様々な会社に応募しましたが、いずれも面談までたどり着けない状況でした。
そんな時に、運命の出会いがありました。ある研修会社の求人があった時に、その窓口の会社が、現在、私が業務委託している「プロティアン株式会社」だったのです。代表の金澤美冬さんから連絡を頂き「応募された会社は残念ながらお見送りでしたが、もし宜しければ、一度、会社に来てお話しませんか?」とのお誘いでした。
これまで、一度も面接のチャンスも無かったので、自分の思いを彼女にぶつけました。
とにかく、キャリコンの資格をいかした仕事がしたい、おじさん向けにセミナー講師をやりたい、人材紹介の仕事をしたい など
その結果「それなら、私と一緒に仕事をしませんか?」
まさに「運命の女神」からのお誘いだったのです。
この段階では、サラリーマンしかやってこなかった自分が、果たして、独立して「個人事業主」としてやっていけるのだろうか?という気持ちでしたが、他に決まった会社も無かったので、有難く承諾させて頂きました。
そして、2020年10月から業務を開始。正式には、11月13日付で「開業届」を提出し、正式に「個人事業主」として、スタートを切りました。
この後の、活動については、下記のnoteを読んでいただければと思います。
■私のモットー
人材紹介の仕事をするうえで、私のモットーは下記になります。
*求人会社を紹介されたら、必ず会社を訪問し、社長と面談します。そして、自分でその会社の魅力や社長の考えをお聞きします。
*求職者とも必ず面談します(ZOOMの場合も有ります)。そのうえで、しっかり傾聴を行い、その方の思いを聞き、適性ややりたいことを分析します。
*そのうえで、マッチングできるだろうという確信を持って、企業に紹介させて頂いております。
■今後の目標
*とにかく、悔いのない人生を過ごしたい!
*1組でも多くのマッチング(就職並びに結婚)のお手伝いをして感謝されたい!
*働く意欲と体力が続く限り「生涯現役」を目指します!
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