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負けず嫌いの"食べ残しぃ"

特に予定のない休日。


何もすることがないと言えばそこまでだが、時間を贅沢に使っていると言えなくもないフリータイム。


◯◯:...お腹空いたな...


時計を見るともう正午。


不思議な事にただゴロゴロしていても昼時になるとお腹は空くものだ。


今日は土曜日だが、両親は仕事で家にはいない。


"何か買って食べなさい"とお金を渡されていたことを思い出す。


◯◯:...っし...ラーメンでも行くか!


一つ気合いを入れ、僕は空腹と期待と共にベッドから起き上がった__


_______________

最近近所に出来たばかりのラーメン屋。気になっていた。


こぢんまりとした店内にはカウンターと、テーブル席が一つだけ。


昼時な事もあり、休憩中のサラリーマンでカウンターは埋まっており、僕は4人がけのテーブル席に通された。


広々とした席に少し得をした気分に浸りながらメニューを開く。


初めて訪れるこのお店のラーメンは、味の濃い豚骨醤油スープに太い麺が特徴の所謂"家系"。


食べ応えのある一杯に期待だ。


店内に充満する独特の香りに期待を弾ませながらメニューを覗いていると、店員がふと横に現れた。


店員:すみませんお客様、混雑していますので...相席よろしいでしょうか?


なるほど、"テーブル席だからもう1人くらい座れるだろ"ってことね。


◯◯:大丈夫ですよ。


別に断る理由もない。元よりここはラーメン屋。さっさと食べて帰ればいい。


そんな事よりラーメンだ。空腹もそろそろ限界...


しかし、テーブルを隔てて斜め向かいに座った人物は僕を少し驚かせた。



見覚えがあったのだ。その人物に。


◯◯:...えっ...山下...さん?


山下:......っ!?


彼女は山下瞳月さん。同じ高校に通うクラスメイト。


俯きながら席に着いた彼女は僕の呼び掛けに気付き、同じように驚いたが、特に何か話すわけでもなくメニューに目を落とし、時折こちらを睨みつけるような目で伺う。


当然気まずい空気が流れるが、まずは注文をせねば...


店員を呼ぶ。


◯◯:...この...特製豚骨醤油を...並盛でお願いします。


店員:かしこまりました!ラーメンのお好みはございますか?


ラーメンのお好み...?


問われ、慌ててメニューを見返すと


『麺の硬さ、味の濃さ、油の量

お好みに合わせてお選び頂けます!』


と書かれている。


なるほど...そういうシステムなのか...


◯◯:えっと...じゃあ全部...普通で...


店員:かしこまりました!!


初めて来たんだ。まずはスタンダードなものを食べておくのがいいだろう。


慣れない注文もなんだか"通なカンジ"で楽しい。


山下:...あの...私も注文いいですか。


斜め向かいで黙っていた山下さんが口を開く。彼女も注文が決まったらしい。


店員:はい!どうぞ!


山下:...特製醤油大盛り麺硬め味普通油多めで...あとほうれん草と海苔と肉マシで。



店員:かしこまりました!!少々お待ちくださいませ!!








..................なに、今の呪文みたいなの。


メンカタメアブラオオメ...?いや全部は聞き取れなかった。それに加えて大盛り...だと?


彼女はメニューを置くと、勝ち誇った目でこちらを見た。



なるほど。彼女は既に"通"という訳だ。


しかし、この小柄な身体に大盛りラーメンなど入るのだろうか。まぁ手慣れた注文を見るに、今までに何度も完食しているのだろう。


異様な空気に忘れていた緊張が襲う。



今更ながらと思うかも知れないが、僕は



__ラーメン屋で好きな人に鉢合わせてしまったのだ。


彼女と同じクラスになって2年。こんなに近い距離になることは初めてだ。


もちろん会話など交わしたこともない。


ただいつも遠くから眺めていた。


可愛らしいな、と。

どんな偶然か、はたまた運命か。


これは距離を縮めるチャンスかも知れない。


勇気を出して言葉を吐き出す。


◯◯:...山下さんって...こういうとこ来るんだね...意外。


もちろん僕の方など見ることなくスマホを覗き込んでいた彼女の身体が少し震えた。


いけない、急に話しかけてびっくりさせてしまったか。


というか、そもそも僕たちは別々に来店している訳で、同じテーブルに座っているからと言って談笑するような状況でもない。


これはまずい事をしたと、後悔がじわじわと襲って来た時、彼女はゆっくりとこちらを見た。


山下:...好きやから...ラーメン。


◯◯:そっ...そうなんだ!僕も好きなんだよね...ラーメン...山下さん注文の仕方も慣れてるみたいですごいね...しかも大盛り食べられるなんて...


彼女が絞り出すように放った言葉に早口で捲し立ててしまう。


今僕は、好きな人と2人きりで会話しているんだ。舞い上がらないわけがない。


山下:...余裕やで。大盛りなんか。


少ないレスポンスにも胸が高鳴る。


◯◯:すっ...すごいね...


早くなる一方の心臓を落ち着かせようと深呼吸していると、僕の目の前にラーメンが運ばれてきた。


◯◯:わっ...美味しそう...


ほうれん草にうずらの卵。海苔、分厚いチャーシュー、そして濃厚なスープの香り...


感嘆の言葉と共に涎が漏れてしまいそうなほど美味しそうなラーメン。


我慢出来ず麺を口に入れる。


◯◯:...!!


少し硬めの中太麺にガツンとパンチの効いた豚骨醤油スープが絡む...これは...美味い...


最早山下さんのことも忘れかけ、夢中で麺を啜り、スープを飲みこむ。




しかし、程なく彼女の前に置かれたどんぶりを見て驚愕する。


この距離からでもわかるどんぶりの大きさ。麺の量。


その面の上に山のように積まれたほうれん草と海苔、チャーシュー。


どう見ても僕の倍...いや...3倍はある。


本当にこんな量...食べ切れるのか...?


一方の山下さんは目の前のラーメンに嬉しそうな顔を一瞬見せ、腕につけていたヘアゴムでその長い髪を一つに括った。


その妙に艶かしい姿に急に心臓が激しく動き出す。


彼女は両手を合わせどんぶりに一礼すると、その小さな口で豪快に麺を啜った。


瞳月:...うまっ...


小さな声で呟く彼女。


僕のことなど気にせずラーメンを頬張るその姿は、さしずめハムスターやリスのような愛らしい小動物。


今度はラーメンの事など忘れて釘付けになってしまう。


しばらく眺めていると、視線に気づいた彼女と目が合う。


怪訝そうに見られ、慌ててラーメンへと取り掛かる。


まずいまずい...これじゃ変なやつだと思われる。




どうせ見るなら食べ終わってからにしないと。


目の前のラーメンはその美味しさも手伝ってあっという間になくなり、少し物足りなさまで感じた僕はスープまで残らず飲み干した。


襲い来る満足感に思わず天井を見上げてしまう。


コップに注がれた冷たい水を一気飲みする。



ラーメンの後の口直しの水ってラーメンの一部かと言うくらいうまい__


誰かの声が聞こえた気がした。


心まで満足して一息つき山下さんの方を見ると彼女はまだラーメンを口に運んでいた。



その額から少し垂れている汗が彼女の必死さと夢中さを物語っている。


なんか...いっぱい食べる女の子っていいよね...もちろん山下さんだからってのもあるんだろうけど。


満腹感に身を任せ、頬杖までついてしばらく彼女を眺める。なんて有意義な時間...




しかし、それは突然やってきた。


山下:.........


止まったのだ、彼女の箸が。


バレないように覗き込むと、まだ3分の1ほど残ったラーメン。彼女はそれを口に運ぶことはせず、箸で掬ってはスープに戻してみたり、やけに水ばかり飲んでみたり...


心做しか苦しそうな表情も見え始めた。


◯◯:...もしかして山下さん...お腹いっぱいなの?


心配が緊張に勝り、僕は堪らず声を掛けた。


彼女は少し悔しそうな顔をこちらに向ける。


山下:...は?ぜっ...全然余裕...やから...ほっといて?


負けじと苦しそうに麺を口に捩じ込む彼女に睨まれ、口篭ってしまう。


しかし麺とは時間が経つにつれて胃の中で膨張していく。時間をかければかけるほど苦しくなっていくのは明白だった。


やがて奮闘していた彼女の箸が再び止まる。


顔色も明らかに悪くなっている。


◯◯:...山下さん...無理しない方が...


山下:...大丈夫やって...言うてるやろ...はっ...はっ...それに...残したら...お店の人に...くっ...申し訳...ないやんか...


眉間にシワまで寄せ、しかしもう口に運ぶことが出来ないラーメンと睨めっこする彼女。


__これは限界だ。僕は覚悟を決めた。


◯◯:...わかった。残りは僕が食べる。それなら食べ残しにはならないでしょ?


山下:......は?




当然の反応だ。


◯◯:...そんな苦しそうにしてまで食べることないよ。ほら、貸して?これ以上はホントにヤバそうだからさ...


僕も正直あまり余裕はない。でも、目の前の苦しそうな彼女よりはまだマシだ。


山下:.....................ごめん。


少し渋りつつも、本当に残すのは申し訳ないと思っていたらしく、あっさり僕の前にスライドしてくるどんぶり。


刺さっているままの箸を持ち、覚悟を決めて一気に麺を片付ける。


こういうのは勢いだ。


"こんな事で"と思うかもしれないが、好きな人を助ける為。


幸い思っていたほどの量はなく、何とか完食することに成功する。


__しかし、彼女の事を思うあまり僕は"重大な事実"に気付いていなかった。


山下:...あ...あの...


◯◯:...どうした?大丈夫?


彼女は俯き、真っ青だった顔を真っ赤にして言った。


山下:...その...それ...ウチが使った箸...やんな...


__どくん、と心臓が大きく鳴った。


◯◯:...!?!?!?あ...そうだ...山下さんの箸...使っちゃった...ごっ...ごめん!


冷めてしまっているはずのラーメンが胃の中で爆発しそうなほど熱くなる。


これはまずい。まずいぞ。これではまるで最初からこれを狙っていたみたいに思われるかもしれない...


状況が状況だったとは言え、これはれっきとした..."間接キス"だ...


恐る恐る彼女の顔を見る。しかし、彼女の表情に嫌悪や困惑は感じられなかった。


山下:そそそ...そんな"小さい事"気にするわけないやんか!まっ...まぁ...今日の所は許したるわ...その...助けて...くれたし?


山下さんは立ち上がり、真っ赤な顔のまま自分の分と僕の伝票を持ってレジへ向かう。


◯◯:ちょ...ちょっと待って!なんで...


山下:...来週の土曜日。


◯◯:...え?


レジで2人分のお金を払い、逃げるように店を出た彼女は振り向き、言った。


山下:...来週の土曜日。もっかいここで勝負や。食べきれなかった方の奢りな。もちろん◯◯君も大盛りやで?次は絶対負けへんからな!



悔しそうに捨て台詞を吐き、山下さんは少し前屈みになりながらフラフラと帰って行った。



__それからと言うもの。


僕は毎週のように"このラーメン屋"に呼び出され、彼女に勝負を挑まれている。




__結果はいつも彼女の負け。


そして毎回食べ残しは僕が食べる。いつの間にかそういう決まりになっていた。


直ぐに気づいた。本当は食べられないのに見栄を張ってしまって後戻り出来ないのだと。



でもその度に『朝ご飯食べ過ぎた』だの『ウチの方がちょっと量が多い』だのいちゃもんをつけてくる彼女がただただ可愛くて、愛おしくて。



僕は彼女に言われるがまま、毎週末同じラーメン屋の前で彼女を待った。



時にはラーメンを食べることなく、何故か彼女の買い物に付き合わされたり、謎に公園を2人で歩き回ったり、彼女が見たい映画を見に行ったりする日もあった。


__楽しかった。純粋に。



ラーメンを口実に、彼女とデート出来ているような気分になって。


ただラーメンを食べに行くだけだと言うのにいつもよりオシャレして。彼女もだんだんとオシャレをしてきてくれるようになって。



毎週末が楽しみで仕方なかった。



これならば、彼女の"小さな見栄"が永遠に続いて欲しいとすら思えるほどに__

_______________

◯◯:...お腹空いたな。


土曜日。"行きつけの"ラーメン屋の前に君と立つ。


瞳月:...今日こそ負けへんからな。


◯◯:...ははっ...それは頼もしい。朝ご飯もわざわざ抜いてたもんね。瞳月は。


瞳月:◯◯こそガッツリ朝食べとったけど食べきらんくてもしらんで?


◯◯:...ちゃんと朝ご飯食べた方が昼ご飯も沢山食べられるんだよ?


瞳月:えぇっ!?そっ...そうなん!?ま...まだや...まだ負けと決まったわけやない...



あれから何年経ったろう。


あの頃は近所だったこの店にも、今では車で来なければいけなくなった。




__随分と大人っぽくなった君を隣に乗せて。


待ち遠しかった君を待つ時間も




__同じ部屋から出掛けてきている今ではもうない。




そして、"あの時"と唯一変わらず負けず嫌いな見栄を張る可愛い君と今日も僕はテーブル席に座る。


店員:ご注文はお決まりですか?


◯◯:特製醤油大盛り麺硬め味普通油多めを2つ。あとホウレンソウと肉と海苔マシで。


メニューなど見る必要もない。"僕ら"の注文はいつも同じ。


瞳月:今日こそは...負けへんからな!


意気込んで彼女はいつものように腕に着けたヘアゴムで髪を一つに括り、用意された紙エプロンを装着する。



◯◯:...あれ、こないだ買ってあげたシュシュは?



瞳月:...こんなとこで使ったら匂い付いてしまうやろ..."大事なモン"なんやから...


◯◯:ふふっ...そうだね。


瞳月:...なんやさっきから余裕ぶって...負けたら"この後のデート"全部奢りやで...絶対吠え面かかせたる...!!


顔を真っ赤にして怒る彼女はきっと今日も負けてしまう。


そして僕は、いつも通り彼女の"食べ残し"を片付ける事になるだろう。


__このラーメン屋で僕が1番好きなメニューを。



今日も僕はそれを待つ。


そして悔しそうな君の顔を見ながら飲み込むんだ。


負けず嫌いで見栄っ張りの君が滅多に言えない"僕への気持ち"と共に__


_____________end.

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