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"オタメシカノジョ"最終話 前編

____全くもってこの世界は不公平だ。



人を好きになる権利すら与えられない。



......否。




___自ら放棄したんだ。私は。


______________

最終話  前編
"シンソウ"
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彩:...なるほどねぇ..."オタメシカノジョ"かぁ...面白いね。


怒声に押されて屋上を出ていった彼女が落とした紙切れを拾い眺め、友人は苦笑した。


美空:...もうええんよ。そんな"オアソビ"もきっと今日で終わるけん。


笑える程掠れた自分の声。


彩:...ふーん。でも◯◯君がやめるって言わないと終わらないって書いてあるよ?


美空:...そうやね。


分かりきったことだ。彼女は今頃彼の元へ向かっているはず。そうして両想いの2人はめでたく結ばれ、この"おかしな関係"も終わり。





...当然だ。最初からこうなるはずだったんだから。


彩:...こんな事言っていいのかわかんないけど。


彩がいつもより厳しい顔でこちらを真っ直ぐ見つめる。


彩:...今のくぅちゃん...だいぶダサいよ?



美空:.........!!!!!


私の返答を待たず、彩は続ける。


彩:..."こんな事"しなくたって...素直に気持ち伝えてたらきっと上手くいったのに...何で...?


頭を強く殴られたかのような感覚。何処からか聴こえてくる乾いた笑い。





___それは私のものだった。


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在り来りな言葉を使うならば、それは"一目惚れ"だった。


大学の食堂で、その日何を食べるか悩んでいた私の前を横切った彼。


少しだけ肩がぶつかりよろけた私に驚き、小さな声で『ごめんなさい』とだけ言い残し逃げるように去っていった彼。


美空:(かっこいい...)


彼は一体誰なんだろう?どの学部?何年生?


その瞬間から私の脳内は彼に支配されてしまった。




_____楽しかった。


友達や先輩にさり気なく探りを入れ、彼の事を調べた。


彼の名は山下◯◯君。なんと学年も学部も私と一緒だった。


単純に嬉しかった...のだが、それにしては学内で彼を見かけたことがない。


それから1週間。講義中も昼休みも彼を探したが、一向に見つけられない。


私は幻でも見たのだろうか。諦めかけていたある日。


食堂で再び彼を見つけた。嬉しさに任せ、声を掛けようと彼の背後に駆け寄った私の耳に入ってきた会話が出しかけた言葉を堰き止めた。


和:...もう!今日もまた遅刻ギリギリ...私が起こしに行かなかったらどうするつもりだったの!?


◯◯:...悪かったよ、和。


彼は女の子と会話していた。


"ナギ"と呼ばれた女の子は怒ってはいるものの、彼との距離はかなり近い。それに...


美空:("私が起こしに行かなかったら"って言った!?何!?もしかして...彼女!?)


心臓に嫌な痛みが走る。しかし私の杞憂はあっさり終わりを告げた。


和:...全く...そんなんだからいつまで経っても彼女出来ないんじゃん!だらしない...


美空:(...彼女じゃないんや...あの子)


少しホッとしたが、声を掛けるチャンスは失ってしまった。


その日から、彼を学内でよく見かけるようになる。しかし、隣には必ず"ナギちゃん"がいて、アプローチ出来ずにいた。


そしてあの日___


和:...あっ!!せんぱーい!


先輩:...和、おはよう。◯◯君も。


◯◯:...おはようございます。


いつもより少し早く登校した私は、大学の入口の門の所で彼とナギちゃんが誰かと何やら話している所に出くわした。咄嗟に顔を背け、傍を通り抜ける。


しかしどうしても気になってゆっくり歩くふりをしながら会話に聞き耳をたてる。


2人と会話していたのはなんと"あの"神村先輩。


神村:...今日は2人とも随分早かったね。


和:えへ、先輩に早く会いたくて...


彼と2人でいる時には凡そ見せたことの無い笑顔で神村先輩に抱きつくナギちゃん。


そしてその横を無言で通り過ぎていく彼。


彼の顔を見て、確信する。



___なるほど、そういう事だったんやね。



ナギちゃんは先輩の事が好きなんだ。そして◯◯くんはきっとナギちゃんの事...


去っていく彼の背中を見て、私まで悲しくなる。


___私も今まさに彼と同じ気持ちだったから。


気付けば私は足早に歩く彼の少し後ろについて歩き出していた。何だかストーカーしてるみたいな気分。



でも何だか放っておけなかった。今の彼を独りにしちゃダメだと直感が告げる。


どのくらい歩いただろう。彼は長い階段の先にある鉄の扉を開けて屋上へと出ていった。


美空:(...屋上?まさか飛び降りたりせんよね...!?)


震える手を抑え、ゆっくりと扉を開けると彼は少し離れたベンチに仰向けに寝転がっていた。私は胸を撫で下ろす。


◯◯:...つまんない人生だな。弱い。

しかし、顔を腕で覆ったままか細い声で呟く彼に、私はいてもたってもいられなかった。



美空:...そうなの?


◯◯:っっっっ!?!?!?だっ...誰!?


その時の顔は今でも鮮明に思い出せる。


_____これが全ての始まりだった。


気付けば私は失恋した彼に"オタメシカノジョ"などという訳の分からない契約を持ちかけ、このおかしな恋人ごっこが始まったのだった___


完全に思いつきだった。こんなやり方でも彼の気を少しでも留めておきたかった。



でもそれからは毎日が本当に本当に楽しくて。


彼の隣にいられること。些細な事で笑い合えることが幸せで。



戸惑いながらも楽しそうな彼の顔を見るのが大好きで。





______でも私は"オタメシ"でしかなくて。


いつもふと襲い来る悲しみと寂しさ。しかし"この関係"を提案したのは他でもない私で。


美空:...彩の言う通りやね...私...バカみたい...


虚しく口から溢れ出る言葉と握った拳に落ちる涙。


こんな回りくどいことしなくて良かったんだ。


彩の言う通り素直に"好きだ"と伝えれば良かった。


彼に渡した"契約書"の4つ目のルール。今となっては...いや、最初から意味なんかなかった。そもそもあんなものルールですらない。


アレを黒く塗りつぶしてしまった時点でこうなることは決まっていたんだから。


彩:...くぅちゃん...



私の隣に腰かけ、私の肩を優しく撫でてくれる友人に頭を預け、私は大声で泣いた___



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どれくらい経っただろう。とめどなく溢れてくる悲しみと後悔とは裏腹に、涙は枯れてしまったようで、私の頬はもう乾いていた。


彩:...これからどうするの?


美空:...しばらく恋愛はいいかな...ふふっ...ちょっと疲れちゃった...それに私には彩がおるけん。


彩:...もう...くぅちゃんは...


少し安心した様子の彩と力なく笑う私の背後で、重い扉の開く音。





_____来た。



彩:...流石に外すね。食堂で待ってる。


美空:...うん。ありがとう。


私に手を振って去っていく彩とすれ違いで、彼が私の前に立つ。


美空:...こんにちは。今日は遅かったんやね?


精一杯笑顔を作ってみる。


◯◯:...うん。ちょっと色々あってね。


神妙な面持ちで私の隣に腰掛け、空を見上げる彼の横顔を見る。


大好きだった彼の顔を目に焼き付けておこうと思った。



叶わぬ恋なら...せめてそれだけでも。


◯◯:...あのさ。"オタメシカノジョ"の事なんだけど。


そんな私の気持ちなど知るはずもない彼は予想通りの言葉を吐き出した。


美空:...うん。



◯◯:...その...やめたいなって...思って。


美空:...そっか。

予想通り...だったはずだった。私は熱くなる目頭と必死に戦いながら何とか言葉を紡いだ。


◯◯:...全部美空のおかげだよ。何となく適当に過ごしてた毎日を変えてくれた。僕の"本当の気持ち"に気付かせてくれた...本当にありがとう。


もう言葉が出てこない。涙を堪え彼の顔を見つめ、頷くことしか出来なかった。


それまで空を見ていた彼が、ゆっくりと私の顔を見る。だめだ...もう堪えきれそうにない。


◯◯:...それでね...1つお願いがあるんだ。


美空:...何?


彼はいつになく緊張した面持ちで1度目を閉じ深呼吸すると、口を開いた。





◯◯:...僕の..."本当の彼女"になって...くれないかな...?


美空:......えっ?





___抑え込んでいた感情が、一気に溢れ出した。


___________be continued.

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