無敵の三ヶ条!
『...では今月の営業成績を発表する...』
堅苦しい空気が流れる。月に一度の緊張の瞬間だ。
全く...部長にも困ったもので、毎度わざわざ営業担当を全員集めて名指しで成績を読み上げている。
これでは皆のストレスが高まるばかりだ。
オレの名前は高木〇〇。この営業課の課長を任されているのだが、部下達同様にこの悪習に辟易としている。
『...以上だ。良かったものは慢心せず、良くなかったものは努力を怠らぬように。解散!』
部下達は部長がいなくなったのを見計らって、一斉に喋り出す。
田村:ひゃー...相変わらずやったなぁ...
森田:もう...毎月この時間が憂鬱なんよね...
藤吉:...
次々に愚痴をこぼす部下達。うーむ...これは良くない。
〇〇:みんな!ちょっと集まってくれないか?
森田:課長ー、私たち頑張ってますよね!?
田村:課長は褒めてくれるから好きですー!
藤吉:...
〇〇:あぁ、今月も皆よく頑張ってくれた。部長はまぁ...数字を気にする方だからああいう言い方になってしまうんだろう...あまり気にするな!オレはお前たちの頑張りを毎日見てるからな!
森・田:課長〜!ありがとうございます!
藤吉:...
見ての通り営業課には課長のオレと、3人の部下がいる。森田と田村の2人は明るい性格で成績も良い方だが、藤吉はやや無口で引っ込み思案なところがあり、伸び悩んでいる。
〇〇:ほら、藤吉もそんなに暗い顔すんな!次頑張ろう!
田村:せやで夏鈴ちゃん!一緒に頑張ろな?
森田:夏鈴なら絶対出来るけんね!
藤吉:...はい...
皆の激励も届いていない様子の藤吉。
うーん...まずい、これはまずいぞ...何かいい方法はないものか...
〇〇:よし!では特別に今日はお前達に秘策を伝授する!
空元気でもオレが何とかせねば。大切な部下の為。
田村:...秘策...ですか?
〇〇:ああ、その名も"相手の心をガッチリ掴む三ヶ条"...営業においてオレが最も大事にしているものだ。
森田:大事にしていること...?
そうだ。ではまず、その1!『相手の目をしっかり見る』!これが意外と難しい。しかし、勇気を出して相手の目を見ることが出来れば、きっと気持ちは伝わるぞ。
森田:相手の...目を見る。
夢中でメモを取る彼女達。
〇〇:その2!『相手の意見や要望も聞き入れる』!自分ばかり話していてはダメだ。話を聞いて欲しければ、まず相手の話を聞く!これは人間関係でも大切なことだぞ?
田村:...なるほど...
〇〇:そして最後!その3!『チャンスを逃さず攻める』!相手がこちらの話を聞いてくれるようになったら、ようやくここで商品やプランのアピールが出来る。勇気を出してアピールしよう!
藤吉:...チャンスを...逃さず攻める…!!
〇〇:以上だ。だが最も覚えておかねばならんのは、『相手の気持ちになって考える』ことだ。
どんなにいいものでも、押し売りされたら嫌な気分になる。忘れるな?
森・田・藤:はい!
元気のいい返事だ。これで何かが大きく変わるわけではないと思うが、彼女達の目は闘志に燃えているように見えた。
__________1ヶ月後。
さて、今月も憂鬱な時間の始まりだ。
部長:えー...今月の営業成績だが...その前に社長から直々にお話がある!
ん...?社長のお話?聞いてないぞ...?
部下達3人の表情も引き締まる。
社長:いつもお仕事ご苦労さまです、営業課の皆様。本日は、私からお祝いと感謝の心を伝えたく、参った次第でございます。
相変わらず社長は物腰やらわかだ。部長も少しは見習って欲しい。しかし...お祝いとは?
社長:早速報告から...今月の営業課全体の成績が前月のなんと約3倍に跳ね上がりました。これは当社始まって以来の快挙でございます。
皆さんの日頃からの努力のおかげです。
本当にありがとうございます。これからもこの結果に驕らず、各々無理のない範囲で、頑張って頂きたいと思っております。
...驚いた。営業成績が前月の3倍?確かに今月は皆頑張っていたが、まさかここまで...
社長達が部屋を後にし、部下達3人が駆け寄ってくる。
田村:課長!私達やりました!
森田:課長の秘策のおかげですね!
藤吉...ありがとう...ございます...
〇〇:あぁ...本当によく頑張ったな!特に藤吉...すごいじゃないか!
部長から渡された書類を見ると、藤吉の成績は前月から大きく伸び、他の2人に追いついていた。
森田:夏鈴、やったね!
田村:...ふふ...大好きな課長のおかげやね?
〇〇:...ん?
藤吉:ちょ...ちょっと2人とも...もうええから...
顔を真っ赤にして狼狽える藤吉。こんな姿は見たことがないので微笑ましくなる。
〇〇:よし、皆今日は空いてるか?皆でパーッと飲みにでも行こうか!もちろんオレの奢りだ!
田村:本当ですか!?やったー!
森田:皆でご飯、久しぶり...
藤吉:...
そんないい雰囲気で仕事が終わり、4人で個室の居酒屋へとやってきた。
〇〇:改めて今回はよく頑張った。オレも優秀な部下を持って鼻が高いぞ!今日は無礼講だ、楽しんでくれ。乾杯!
森・田・藤:かんぱーい!!!
4人で談笑しながらオレはふと昔を思い出す。
〇〇:(...成長したなぁ、3人とも...)
目頭が熱くなる。いかんな...まだそんな歳では無い筈だ...
______2時間後。
田村:ねーひぃちゃん!聞いてるぅー?
森田:ちゃんと聞いとるよ?
〇〇:おいおい...随分出来上がったな田村...大丈夫か?
田村:大丈夫れす!ひぃちゃんもいるので!
〇〇:そ...そうか...
藤吉:...保乃はいつもああなので...ひかるに任せておけば大丈夫です。
〇〇:そうか...藤吉は...楽しんでるか?
いつの間にか隣に座った藤吉はこちらを見て微笑む。
藤吉:はい、とても。課長、改めてお礼を言いたかったんです。今回は本当にありがとうございました。課長の教えてくださった三ヶ条...これからも大切にしていきます。
〇〇:ははは...そんな畏まらなくていい。オレはやり方を教えただけ。藤吉の頑張りで得た結果だ。誇っていい。
藤吉:...課長...
森田:...(保乃...そろそろ)
田村...(わかってるで...)ふあーぁ!ひぃちゃんー保乃眠くなってきちゃったー...
森田:あらあら...時間も時間やしね...そろそろお暇させてもらおっか?課長?今日は本当にありがとうございました。
〇〇:おっ、もうそんな時間か...楽しい時間はすぐ過ぎてしまうな。
森田はフラフラの田村を連れ、タクシーに乗り込んだ。2人は同居しているので、任せておけば大丈夫だろう。
〇〇:藤吉...お前はどうする?家まで送ろうか?
藤吉:...お願いします。
藤吉の家は店から近く、話しながら歩いていたらすぐだった。
藤吉:今日はありがとうございました...楽しかったです。
〇〇:こちらこそ。今日はよく笑ってくれるな...その方がいいと思うぞ?
藤吉:えっ!?そっ...そうですか?
何気なく放った言葉に赤面する彼女。何かおかしなこと言ったかな?
藤吉:あの...課長...1つお願いが...
〇〇:どうした?
藤吉:...家...寄っていきませんか?
〇〇:...はい?
藤吉:その...もう少しお話...したくて...
〇〇:オレは構わないが...
藤吉:ありがとうございます!えへへ...
そんなこんなで部下の家にお邪魔した訳だが。
先程から藤吉は何故かオレの膝の上に乗っている。
〇〇:おい...藤吉...これはどういう...
藤吉:ダメ...ですか?
上目遣いで見つめられると何だかドキドキしてしまう...いかんいかん!相手は仕事の部下だぞ...
藤吉:あの...課長って...恋人とか...いるんですか?
〇〇:いないな。仕事ばかりしているとそういう事からは疎遠になっていくからな...ははは...
藤吉:そうなんですね...
そう言うと彼女は何を思ったか、オレの膝に跨り、身体ごとこちらへ向ける。
藤吉:...その1...『相手の目を見る』...
オレをじっと見つめる彼女。酒のせいか少し頬が赤みを帯び、何だか艶っぽいような...
〇〇:おいおい...藤吉...何をやって...
藤吉:...その2...『相手の話を聞く』...。課長は...私の事...どう思ってますか?
〇〇:どうって...いい部下だなぁと...思ってるよ...始めは正直この子大丈夫かなぁなんて思ったもんだが...今は立派に...
藤吉:目を逸らさないでください。
気付けば彼女の腕はオレの肩に置かれている。
吸い込まれそうな瞳に釘付けになる。それはだんだんと近付いてきて...
〇〇:藤吉...んんっ!?
彼女はオレに口付けしてきた。後頭部に腕が周り、逃げられない。それ以上に柔らかい感触に、抵抗する意志などあるはずもなかった。
藤吉:...その3...『チャンスが来たら勇気を持って攻める』...課長...私...ずっと憧れてたんです。
〇〇:オレに...?
藤吉:何かと出来の悪い私を責めないで、いつも助けてくれる課長の事...気付いたら好きに...なってしまいました...
彼女はオレから目を離さない。耳まで真っ赤になっているが。
藤吉:私の...気持ちに...応えてくれますか?
〇〇:藤吉...
藤吉:...夏鈴って...呼んでください...〇〇...さん?
…勝負あり。完敗だ。
〇〇:...本当にオレでいいのか?
藤吉:〇〇さんがいいんです。代わりはいません。
〇〇:あぁ、ありがとう。オレもどうやら...好きみたいだ。
藤吉:嬉しい...!!大好きです!
目に涙を浮かべ、彼女はもう一度口付けをくれる。始めは口だったが、首筋や、耳にも。
〇〇:おっ...おい...それは...
夏鈴:...ダメですか?
真っ直ぐ目を見られると、反論出来なくなってしまう...
夏鈴:...私もう我慢しませんから。
オレの腕を引き、ベッドへと誘う彼女。そのまま上に股がってくる。
夏鈴:...〇〇さんを...私にください...代わりに私の全部...あげますから...
〇〇:...あぁ...お手柔らかに頼むよ...
夏鈴:ふふっ...覚悟してくださいね?
彼女は妖艶に微笑み、来ている服を脱ぎ捨てた__
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あれから数日。どうやら夏鈴は上手くやれたみたい。
夏鈴:課長、この件に関してですが...
〇〇:ふっ藤吉...もう少し離れてくれないか?
夏鈴:ダメですよ?仕事に集中してください?
〇〇:...はい...
森田:...ふふっ、完全に上下逆転しとるね…
田村:しかし夏鈴ちゃん、頑張ったんやなぁ...あかん、ニヤニヤしてまうわ。
森田:私もさっきからほっぺつりそう...
〇〇:と、とにかく!仕事中はもう少し離れてくれ...万が一こんなところ部長にでも見られたら...
夏鈴:あら、では続きは帰ってから...ですね?
課長の耳元で何か囁く夏鈴と、真っ赤になって俯く課長。何あれ...こっちが恥ずかしくなってきた。
課長が授けてくれた『三ヶ条』。これからも使えそうやね...夏鈴?
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