見出し画像

灯台下、いと暗し

草木も眠る丑三つ時...


アパートの目の前のゴミ捨て場には、いくつかのゴミ袋。


本来なら朝になってから出すのがルールではあるのだけど、今だけはこの"迷惑なゴミ出し"に感謝しなければいけない。


周りを伺いながらその内の1つの結び目を解く。


この瞬間がたまらなく好き。宝箱を開けるような高揚感。


??:......


息を殺し、中を物色する。正常な人間なら吐き気すら感じるであろうこの異常な行為に今では興奮を覚えるようにまでなってしまった。


??:.........!!!!





__見つけた。宝物。



匂いを嗅いでみる。間違いない。思った通り。


私は襲い来る興奮を必死に抑え、取り出したチャック付き袋に"それ"を手早くしまい、ゴミ袋を元通り縛った後、全力でその場を去った__


______________

??:...兄ぃ!◯兄ぃってば!!


うるさい声で目が覚める。


夢現の僕を起こそうと強めに身体を揺すってきているのは妹の彩だ。


◯◯:...ん...朝か...おはよう。


彩:...朝か...じゃないよ!呑気なんだから!休みだからってぐうたら寝てないの!


僕の腕を強めに引っ張り、無理矢理起こす妹。


それにしても珍しい。朝から起こしに来るなんて。


今年大学生になった彩とは、2人暮らしをしている。


親元を離れたい年頃の妹が、年の離れた社会人の兄の家を都合のいい場所として選んだ訳だ。


まぁ兄妹仲は比較的良好ではあるし、僕は僕で妹がいると家事をサボることがないので一石二鳥ではある。


◯◯:...珍しいな、起こしに来てくれるなんて。今日どこか行く約束でもしてたっけ?


彩:ううん...違う。


途端に曇る妹の顔に不安が募る。


◯◯:...どうした。何かあったのか?


安心させようと頭を撫でると、啜り泣く声が聞こえてくる。


彩:...ひくっ...実は...その...ストーカー...されてるかもしれなくて...


あまりに現実離れした答え。聞き間違えかと思った。


◯◯:...ストーカー!?


涙ぐんで頷く妹の姿に心臓が嫌な音で鳴るのを感じる。


◯◯:...いつから?


彩:...おかしいなって気付いたのは...最近かも。それまでは普通に仲良しだったから...


◯◯:仲良しだった...って事は...まさか友達がストーカーなの!?


彩:...うん...。


◯◯:...誰だ。彩にそんな事する奴は...


拳がわなわなと震えるのが自分でもわかる。


しかし彩の口から出てきた人物の名前は本当に予想外だった。


彩:...美空...なの。


◯◯:なっ!?みっ...美空ちゃんだって!?


"美空ちゃん"...本名は"一ノ瀬美空"。


彩の中学校の頃からの同級生で彼女の言う通り彩と仲が良く、家にもよく遊びに来ているのを見かけていた。


確かに事ある毎に彩に抱きついたり、匂いを嗅いでいたりと、"少々激しめのスキンシップをする子"だと言うイメージはあったが...礼儀正しくて、会う度に笑顔で挨拶してくれたり、"お菓子を作って来た"とわざわざ僕の分まで用意して持ってきてくれたことも何度もあった。


ついこの間も...


彩:ただいまー。


◯◯:...おかえりー...って、また美空ちゃんも一緒か。


妹の後ろからひょこっと顔を出す美空ちゃん。


美空:...えへへ、こんにちは!◯◯さんに会いたくてつい...なぁんて♡


8つも歳下の女の子だと言うのに毎回ドキッとさせられてしまうこの仕草...


◯◯:ふふ...相変わらずお世辞が上手いね。何か欲しいものでもあるのかな?


悟られないように何とか誤魔化した。


美空:えーっ!?どうしよっかな...


彩:...はいはい、"オジサン"に構ってる暇はないのー!課題山程あるんだから!


◯◯:...ごめんごめん、ゆっくりしていってね。


美空:はぁい...あっ!そうだ!


さっさと部屋へ行ってしまった妹を他所に、美空ちゃんは鞄から小さな包みを取り出した。


美空:マフィン、焼いてみたんです。良かったらどうぞ♡愛情たーっぷり込めましたから♡♡


嬉しそうに手を振って部屋へ消えていく彼女を、ドギマギしながら見送ったものだ__



"どこにでもいる普通の可愛らしい女の子"と言った印象だった。



ついさっきまでは。


信じ難い現実を突きつけられつつも、目の前で俯く妹がまさか嘘などついている筈もないだろう。


◯◯:...なるほど...具体的にはどんな事されてるの?話せる範囲でいいから聞かせてくれる?


僕の言葉に少し間を置いて頷くと、ゆっくりと彼女は話し始めた。


大して重要でもない連絡の返信が遅いだけで何度も電話がかかってくる、盗撮紛いのことをされた、1人で帰りたいのに付きまとってくる、部屋で呟いていた独り言の内容を事細かに知っている...etc.....


どれも典型的なストーカーにありがちなエピソードだ。


彩:...それと...最近ね...下着がよく無くなるの。しかも...その...洗濯して干してあるやつじゃなくて...脱いだ後のやつ。◯兄ぃがそんなことするわけないし...もう考えられる犯人は美空しかいなくて...


◯◯:...マジかよ...本格的にまずいなそれは...


脱いだ直後の下着が無くなっているという事は..."家に忍び込まれている"という事になる。


妹は僕のようにそそっかしくは無い。それこそ僕のように頻繁に靴下が片方無くなっただの、パンツが無くなっただなんてことは無い筈だ。


もし本当に美空ちゃんがそんな事をしているんだとしたら...


◯◯:...何とかして止めないとな。お兄ちゃんに任せてくれるか?もちろん手荒なことはしないから。


彩:...ごめんね、こんな事相談できるの◯兄ぃしかいなくて...うぅっ...


8歳年下の彩が産まれると知らされた時、とても喜んだ事を今でも覚えている。


自分に妹が出来るのだと。兄になるのだと。



『ぼくがあやのことずっとまもるからね!!』


産まれたばかりの彩を抱きしめ、約束した事も。


◯◯:...大丈夫。彩の事は僕が守るよ...例え相手が誰だろうと。


"あの時"と同じように彩を強く抱き締め、自分に言い聞かせるように呟いた。


その言葉に、胸の中で彩は少し微笑んでくれた気がした__


_______________

その日の夜から色々と調べる事にした。


まずはストーカーとはどんなものなのか。


実際にあったストーカー被害。


ストーカー被害にあってしまった場合の対策。


◯◯(...思ったよりも深刻な問題かもしれないな...)


調べたどのサイトにも『最終的には警察に相談した方がいい』と書いてある。


しかし相手は妹の友達で、まだストーカーだと確定した訳ではない。安易に通報などしても無駄なのは分かりきっている。


まずは彼女が犯人だと言う証拠を見つけなければ。


そんなことを考えている内にあっという間に時間は過ぎ、枕元の時計を見ると朝の4時になっていた。


◯◯:うわ...もうこんな時間か。


去年の誕生日に、妹がプレゼントしてくれた置時計。


他にも、地味なのばかり持っていてはダメだと言って買ってくれたネクタイ、身なりを整えろと貰った姿見、僕が好きだと言っていた漫画のキャラクターのフィギュア...


数えたらキリがない、彩からのプレゼント。




__どれも大切な宝物だ。




それらを眺め、僕は決意を新たにする。


◯◯(...絶対に捕まえてやる...守ってやるからな...)


__1週間後。


あれから色々と調べ悩んだ結果。まずは"盗聴器の有無"を確認することにした。


彩の話を総合して考えると、それが部屋にある確率はかなり高い。



先程届いたばかりの機械を携え、彩と共に部屋の怪しい箇所を調べる。


コンセント、ぬいぐるみ、美空ちゃんに貰ったもの、パソコンから時計まで。



__しかし、そのどれにも機械は反応を示さなかった。


念の為リビングや脱衣場、トイレまで調べたが、結果は同じ。もちろん僕の部屋もだ。


◯◯:...どうやら盗聴はされていないみたいだね。


僕の言葉に、幾らか安堵した表情の妹を見てほっとする。


でもまだ安心はできない。あくまで"盗聴はされていなかった"と言うだけなのだから。


部屋に戻り、ベッドへ寝転がる。


◯◯:...流石に盗聴なんて本格的な真似しないよな...一応友達な訳だし。


そもそも友達だったのなら何故こんなストーカー紛いの事までする必要があったのだろう?


分からない...


考える内段々と強くなる睡魔に抗うことなく、僕は目を閉じた__


________________

??:...盗聴なんて...そんな"回りくどい"事せんよ?ふふふふ...


暗い部屋の中、煌々と光るモニターに向かって私は笑いかけた。


モニターの中では2人の人物が部屋の中を何やら必死に探し回っている。


無駄。見つかるわけないんよ。


??:...ホントに可愛いんやから...えへへへ...もうすぐ...もうすぐ私だけのものにしちゃるけん...楽しみにしておいて...ね?彩?

_________________


あれから特に目立った進展もないまま、更に1週間が過ぎた。


彩が言うには、美空ちゃんからのしつこいアクションが最近ぱったり無くなったとの事。


もしかしたらストーカー紛いの事をしてしまっていたことに気付いて、考えを改めてくれたのかも知れない。そうであって欲しい。


何もないとはいえ、この2週間は精神をすり減らす毎日だったから。


久しぶりに今夜は何も考えないで寝よう。



___そう考えた時だった。


ガサガサッ


◯◯:...!?


外からはっきりと物音が聴こえた。


恐る恐るカーテンの隙間から外を見ると、ゴミ捨て場にかがみ込む不審な人物。


考えるより先に身体が動いた。


ドアを勢いよく開けると不審な人物は驚き、踵を返して駆け出す。



◯◯(...っ逃がすか!!)


幸いそれ程俊足ではなく、不審者はあっさり捕まった。


黒いパーカーのフードを目深に被り、マスクをしていたが、それが誰なのかは最早言うまでもない。


◯◯:...美空ちゃん...だよね?


僕の言葉に身体をビクッと震わせると、"彼女"は観念したのかフードとマスクを取った。


美空:...バレちゃいましたね...


苦笑いする彼女からはまだ少し余裕が感じられ、それが僕の苛立ちを募る。


◯◯:...家まで来てもらうよ。安心して。乱暴な事はしない。話し合おう、彩と3人で。


怒りを抑え、真っ直ぐ彼女の目を見た。


美空:...分かりました。でもその前に...彩に返さなきゃいけないものもあるので一旦家に戻ってもいいですか?もちろん◯◯さんも一緒に。


彩に返すもの...なるほど。無くなったと言っていた下着やらなんやらの事だろう。


◯◯:...わかったよ。


美空:逃げないようにしっかり捕まえててくださいね?ふふっ...


ストーカーの容疑をかけられているばかりか、ゴミを漁っているところを目撃されたにも関わらず、笑顔を見せる彼女に苛立ちを通り越して呆れた。まぁこの位の図太さがなければストーカーなど出来ないという事なんだろう...


5分程歩き、彼女が一人暮らしをしていると言うアパートへ到着した。


保安灯のついた薄暗い部屋に通される。


美空:...ごめんなさい暗くて...今明かりつけますね...




眩しい室内灯がついた瞬間。




__恐ろしい物が目に入ってきた。




◯◯:...なっ!?こっ...これ...は...


壁一面に貼られた無数の写真。


写っている人物は食事をしていたり、ベッドに寝転んでいたりしているのだが。








それらは全て






__僕の写真だった。




あまりの衝撃に言葉を失った。


美空:...えへへ...驚きました?すごいでしょ?"集める"の苦労したんですよー?


まるで自慢のおもちゃを見せびらかす子供のように嬉しそうな彼女の顔を恐怖で見ることが出来ない。




彩がストーカーされているかもしれない?








まるで違うじゃないか。



__美空ちゃんのターゲットは...彩ではなく...




僕だったんだ。


恐る恐る飾られた写真を見る。そこには入浴中の写真や、トイレに入った僕の写真...そして...部屋で自慰行為に耽ける僕の姿まで...


それだけではない。


写真と共に貼り付けられている透明な袋が目に入る。それらの1つをよく見ると、日付とメモ書きがされていた。


『××月××日  ◯◯さんの使用済みティッシュ♡』



美空:...見つかっちゃった...♡美空の...宝物です...見つけた時嬉しかったなぁ...♡匂いが逃げないように封してあるんです。開けちゃダメですよ?


彼女がわざわざゴミなんかを漁っていた理由。知りたくはなかった。


部屋の奥に見えるパソコンの大きなモニターは、僕が住んでいるアパートの中を分割して映し出している。


特に目に止まったのは僕の部屋を映し出しているであろう映像。


それは恐らくベッドの上、枕元から僕の部屋全体を映すような映像だった。


"その位置"にあるものを僕はよく知っている。


そして浮かび上がる、恐ろしい事実に気付いてしまった。


耳元で鳴り続けるカチカチという音。


それが自分の奥歯が震える音だと気付くのにそれほど時間は要らなかった。



盗聴なんて生易しいものじゃなかった。




監視されていたんだ。四六時中。



◯◯:...あ...あぁ...


恐怖でもう声も出ない僕は、膝を着いて項垂れる。


そんな僕を、"彼女"は恐ろしい程優しく抱き締めた。


美空:...もうわかったでしょ?美空の気持ち。初めて見た時から...大好きでした...毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日◯◯さんの事だけ考えて生きてきたの...ねぇ..."私の愛"伝わったでしょ?だってもう◯◯さんの中には...いーっぱい..."私"がいるんだから...


◯◯:...一体...何を...?


恐怖と絶望から何かを考えることすら難しい僕を見て、彼女は口の端を釣り上げた。


美空:...いつも◯◯さんに作って持っていってたお菓子...美味しかったでしょ?あの中には私の...ふふふふふっ...恥ずかしいっ!♡


最早言葉など出てくるはずもない。



美空:...ねぇ?好きなの...◯◯さんの事が...だぁい好きなの...美空のモノに...なってくれます...よね?


真っ直ぐ僕の目を見つめ迫り来る彼女を拒む力は、僕にはもう残っていなかった__


_______________

彩:...ふぅ、こんなもんかな。


兄の荷物をあらかたダンボールに詰め終わり、一息つく。


あれから1週間、兄は帰って来ていない。


優しい◯兄ぃの事だ。きっと拒みはしないだろう、美空の事。


美空は...多分ちょっと狂ってる。


だから利用させてもらった。これで私は晴れて"一人暮らし"という訳だ。


閑散とした部屋に響くスマホの通知音。


開いてみると、美空からメッセージが。


『1週間記念!ウチら超幸せだよぉ!彩のおかげだね♡♡』


はしゃぐ美空の声がすぐ側で聞こえてきそうなメッセージと一枚の写真。


そこに写っているのは、満面の笑みの美空と




虚ろな目で笑う兄。



彩:...幸せそうじゃん。ママには上手く言っとくから心配しないでね...ふふふ...あはははっ...


私はメッセージにスタンプだけで返信し、最後のダンボールにガムテープで封をした__



______________end.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?