オタメシカノジョseasonⅡ『和ぐ空の向こうに』第5話
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第5話
"ケッシン"
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いつもより賑やかな学内。
食堂や庭園に並ぶ数々の出店。
いつもより活気に溢れる大勢の人々。
今日は通っている大学の文化祭。
彩:...むむ...また失敗しちゃった...
和:...何やってんの...ほら...こうやって浸したらゆっくり引き抜くの...ほらね?
彩:すごーい!流石和だね!その調子でどんどんお願いね?
和:...さてはそれが目的だなぁ?
彩:...バレたか。美空なら騙せたんだけどなぁ...
歪な形にチョコの付いたバナナを手に不敵に笑う友人。
私の所属する弓道部では、チョコバナナの出店をやっている。そのお手伝いを暇だからと買って出てくれた彩はこの調子だ。
和:...でもごめんね、手伝ってもらっちゃって。もうすぐ交代の時間だから。
彩:...いいのいいの。美空たちみたいに忙しくないしね。
完成したチョコバナナにカラースプレーをまぶしながら笑う友人はどこか寂しげに見える。
まぁあのバカップルの事だ。今頃この一大イベントを精一杯楽しんでいるに違いない。
和:...彩はさ...その...いないの?....一緒に回りたい人とか...
そんな友人にずっと抱えていた疑問を投げてみる。
彩:...んー...実は誘ってくれた人いるんだけど...話したことない人で迷ってる。
和:...えっ!?じゃあますますこんな事してる場合じゃないじゃん!行ってきなよ!いい人かもじゃん!?
彩:...珍しいね。和がそんなこと言うなんて。
あまりにもその通り過ぎる反撃。
確かに普段ならこんな風に他人の恋路に口出しすることなんてないんだけど。
__あまりにもアンタが寂しそうな顔するから。
彩:和こそ私の事言ってる場合じゃないんじゃない?"例の王子様"はいいの?
和:やっ...私は...別に...誘われてないし...
またしても手酷い反撃。しかし事実だから仕方ない。
しかし"王子様"とは...彼をなんだと思っているのか。
彩:...誘えば良かったじゃん。かなりいい感じなんでしょ?
気を紛らわそうと次のバナナをチョコへと浸す。
和:...わかんないの。彼が私の事どう思ってるのか。
彩:...恋ってそういうものじゃないの?
和:...え?
彩:...相手が何考えてるかなんて重要?和がどう思ってるか...大事なのはそこじゃない?
相変わらずの無垢な目は私を真っ直ぐ見据える。
...その通りだ。私には勇気がない、それだけの事。
和:...うぅ...刺さるわぁ...彩の言う通りだね。
頭に彼の顔を思い浮かべると、胸が暖かくなるのと同時に締め付けられるような切なさを感じる。
__これが答えなんだ。
手痛くも有難い助言をくれた友人は伸びをして思い出したように言った。
彩:...にしても暇だなー、ちょっとお手洗い行って来ていい?
和:もちろん。て言うかもう交代の時間だし、後は大丈夫だよ。お手伝いありがとね。行ってきなよ、"2人で"さ。
彩:...うん、そうする。ありがとう。
少し緊張した面持ちで去っていった彩を見送り、もう一度考える。
__彼を誘うべきか。
彼の事だ。きっと喜んで一緒に回ってくれるだろう。
でも。
どうしても心に引っかかる。
彼と初めて会った時のことが。
私ははっきりと断っているのだ。彼の気持ちを。
それを今になって"好きになりました"なんて、虫が良すぎるんじゃない?
目の前に広がる褐色の海は私に答えをくれるはずもなく、ただ甘ったるい香りを撒き散らすだけ。
和(いいや...一旦今は置いとこ。)
頭に次々と浮かぶ余計な杞憂を溜息と共に吐き出した
__その時だった。
稲津:...浮かない顔をなさっていますね、お疲れですか?
頭上から掛けられた声。
和:...うん...ちょっと考え事をね...って稲津くん!?いつから居たの!?
稲津:今来たところですよ。山下さんから井上さんがここでお店をやっていると聞いたものですから...
寄りによって本人が登場するとは何とも予想外だった。
慌てる私を優しい笑みで受け止め、彼は嬉しそうにチョコバナナの群れと対峙した。
稲津:...それにしても美味しそうですね...ノーマルのものと...イチゴ味も...あっいや何やらカラフルなものまで...トッピングにマシュマロ!?いやはやどうしたものか...
色とりどりのチョコバナナを眺め首を捻る彼を見て、思わず笑いが込み上げる。
稲津:...すみません...何せこう言ったお祭りは初めてで...お恥ずかしい...
和:...ふふ...あはは...いや、すごくいいと思う。好きだもんね、甘いもの。
以前美空たち4人と行ったカフェで注文した巨大なパンケーキを彼は終始笑顔のまま8割程食べきっている。
稲津:ええ、食べるのも初めてなので迷ってしまって...
散々見た彼の困り顔。
愛しい。ただそう思った。
私はそれを誤魔化すように新しいバナナをチョコに浸し、考え得る全てのトッピングをして彼に差し出した。
和:...そんな稲津くんに"トッピング全部のせ和スペシャル"...なんてどう?
あとから考えても恐ろしくバカみたいなネーミング...それこそあの時のパンケーキに匹敵するほどの。
しかしそれを見た彼の目は眩しいほどに輝いた。
稲津:なっ...!?ぜ...全部のせ...!?なんと背徳的な...ぜ、是非それを!!お幾らですか?
和:うーん...普通のが300円だから...500円でいいよ。
稲津:...安い!このお店の経営が少し心配ですがここはお言葉に甘えて...
500円玉を彼から受け取り、私は1つ深呼吸をした。
決意は決まった。
いや、覚悟を決めたのだ。
和:あ...あのさ!稲津くんって...今日は1人で回ってる?もしそうなら...一緒に...見て回らない?もうすぐ店番交代だから...あっその迷惑だったら別に...
しどろもどろな私を見て彼は少し目を見開いた後、いつものように笑ってくれた。
稲津:...よろこんで。実は僕もお誘いしようか迷っていたんです。
胸が高鳴る。
目の前の甘ったるいチョコレートの香りも今は好きになれそうなくらいに。
和:そっ...それは良かった...じゃ...じゃあもうちょっと待っててくれる?
??:和ちゃーん、お待たせー、交代だよー。
しかし背後から聴こえる声に少し身体が固くなる。
笑顔で隣に現れたのは弓道部の"マネージャー"。
次の店番は彼女だったか。
...せっかくいい気分だったと言うのにここで彼女の顔を見る羽目になるとは。
まぁ私が"あの事件"から強烈な苦手意識を抱いていることはあなたは知りもしないでしょうけど。
そんな私の気も知らず、彼女は私と稲津くんを交互に見比べ、意味深に微笑むと私にそっと耳打ちした。
マネ:..."新しい彼氏"...かっこいいじゃん。"今度は"上手くいくといいね...
和:...っ!!
この場に稲津くんがいてくれて本当に良かった。でなければ拳の1つくらい平気で出ていた事だろう。
本当に人の気分を逆撫でするのが上手い人だ。
まぁいいや、それこそどうでもいいこと。私はエプロンを脱ぎ、チョコバナナを片手に不思議そうに佇む稲津くんの手を握った。
和:...行こ。
稲津:えっ...あっ...はい...
彼の顔が心做しか赤く見える。
いいよ、お望み通り上手くいってやろうじゃん。
今度こそ...
__幸せになってやろうじゃん。
まだ何やら意味深に微笑むマネージャーの顔を無視して私は彼と2人、賑やかな文化祭の人混みに飛び込んだ__
________be continued.
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