見出し画像

"消しゴムのおまじない"

人間と言うのは面白い生き物で、自らの力でどうにもならないであろう願いや夢を神やそれに準ずるものに願う。


"おまじない"などはその最たるものだ。これを読んでいる貴方の周りにも様々なものがあるだろう。



__例えば僕の通っている高校ではこんなものが流行っていた。


『消しゴムのおまじない』



これはもしかしたら貴方も聞いた事があるかも知れない"恋のおまじない"のお話__


_______________

△△:おい◯◯!聞いたか!?××のやつ、消しゴムに松田の名前書いてたってよ!


休み時間、興奮気味に隣の席の友人が捲し立てる。


◯◯:...また"消しゴム"の話?物好きだね、ホント。



△△:...おいおい...釣れねぇじゃんよ...


◯◯:...だって毎日のように消しゴム消しゴムって...流石にもう飽きたよ。


『新品の消しゴムに好きな人の名前を書いて誰にも見られず使い切れればその人と両想いになれる』


誰がいつから言い出したのかは知らないが、いつの間にか生まれた噂。


まぁ所謂、"恋のおまじない"と言うやつだ。



ちなみにこの他にも『シャーペンを好きな人の名前の画数だけノックし、出てきた長い芯でその人の名前を書き切れれば両想いになれる』だの、『枕の下に好きな人の写真を入れて寝るとその人と夢で逢える』だの...数えたらキリがないほどの恋のおまじないが今まで現れては消えてきた。




こういう類の噂に共通していること、それは






"誰もが一度はやってしまう"ということ。




不思議なものだ。


皆分かっているはずなのに。そんなもので恋が叶うわけがないと。


それでもやらずにはいられないんだ。好きな人に振り向いてもらう為に...

そんな訳で目の前の友人が今専らお熱なのが、先程の"消しゴムのおまじない"。


△△:じゃあそういうお前はどうなんだよ?興味無いツラして実は書いてんじゃねぇの?


ニヤつく友人に少し苛立ち、僕は自分の消しゴムのカバーを外して彼に放り投げた。


もうだいぶすり減ったそれにはもちろん誰かの名前など書いてあるはずもない。


◯◯:..."興味無いツラ"してるんじゃない。興味無いの。もう高校生なんだからそんな事したって両想いになんかなれる訳ないってわかんない?


△△:あーはいはい!分かったよ...悪かったって...そんな怒んなよ。


??:なになに?何の話?


騒ぎを聞き付けてやってきた女子。

森田ひかる。同じクラスで、ことある毎に何かと僕に絡んでくる。


◯◯:...別に、何も。森田さんには関係ない。



ひかる:...ふーん...相変わらず冷たいやん...◯◯の消しゴムには誰の名前も書いてなかったって話よね?


ニヤニヤしながらこちらを伺う彼女と目を合わせることが出来ない。


△△:...全部聴こえてんじゃんか。


ひかる:そりゃあんなどデカい声で喋りよったら嫌でも聴こえるけんね。それにしても"消しゴムのおまじない"なんて...高校生にもなってちょっと恥ずかしいんやない?なんなら私の消しゴムも見てみる...?なぁんて...ね...あははははははっ!!


◯◯:...ほらね?これが普通。


△△:なっ...何だよ2人して同じようなこと言いやがって...わーったよ。もうお前らには教えてやんねぇからな!


ひかる:...くひひ...だから興味無いって...ぷっ...あははははっ!


豪快な笑い声を上げ、彼女は自分の席の方へ歩いていく。



完全に負かされ、肩を落として去っていく友人の背中を眺めながら思う。



◯◯:...ホント物好きだよなぁ...


投げ返された消しゴムを眺め、僕はいつも通り始まった退屈な授業に頬杖をついた__




放課後。


誰もいなくなった教室で1人僕は自分の席に腰掛ける。


スクールバッグの内ポケット。チャックの付いたそこから"あるもの"を取り出す。



__まだ使っていない新品の消しゴムを。



◯◯:...物好きだよなぁ...本当に...


大きなため息を吐き、消しゴムのカバーを外す。そこには






『森田ひかる』



とはっきり書かれている。


もちろん僕が書いたものだ。



言うまでもない。好きなのだ、彼女の事が。


同じクラスになってから何かとちょっかいをかけてくる彼女を最初は鬱陶しく感じていた。


しかし、普段のおちゃらけた陽気な彼女がふと見せる女性らしい一面、実は気遣い上手で優しい性格、授業中窓の外を眺める儚い横顔...



上げだしたらキリがないほど気付けば彼女に惹かれていた。


自分でもわかってる。"こんなおまじない"なんて無意味だと。


しかしだからと言って真正面から想いを伝えられる程自分に自信はない。


フラれると分かっているのに告白できるほど楽天家じゃない。





__こんな自分が嫌いだ。


友人にあんなことを言っておきながら、隠れてコソコソとこんな事をしている自分が。



でも今この消しゴムを眺めている時間は嫌いじゃない。



それを強く握り締め、彼女の事を想うのだ。





誰とでも仲良く話す人気者の君は、一体誰の事を想っているのだろうか、と。






あわよくばそれが僕であればいいのに、と__






ひかる:...1人で座って何しよるん?


突然後ろから聞こえたよく知る声。


◯◯:...っっ!?!?なっ...!?えっ!?森田さん!?いいいつからそこに!?


振り向くとそこには彼女が立っていた。


ひかる:...いつからって...忘れ物取りに戻ってきたから今来たばっかやけん...何?そんなに慌ててなんか見られたらまずいことでもしよった?



◯◯:いやっ...そんな...何でもないよ...あっっ!!!


ニヤニヤしながら近付いてくる彼女に動揺し、僕はポケットに隠そうとした消しゴムを落としてしまった。



___あろう事か彼女の目の前に。



しかし幸いな事に、彼女の足下に転がった消しゴムは彼女の名前が書かれた部分を下にして止まる。



ひかる:...そんなビクビクせんでもいいのに...ほら...なんか落としたよ?消しゴム?



◯◯:あっ!ちょ...ひっ...拾わなくていい!拾わなくていいから!



しかし僕の静止も虚しく、彼女は怪訝そうな顔をして足下に転がった消しゴムを拾い上げ、眺めた。



ひかる:.........えっ?何でこれ私の名前...





__終わりだ。



誰にも見られないようわざわざ"使いかけのダミーの消しゴム"まで用意して気を付けていたのに。


寄りにもよって本人に見られてしまった。


ひかる:.........


恥ずかしさと絶望で項垂れる僕の前にゆっくりと近づいてくる彼女。


あぁ、一体何を言われるんだろう。



いつものようにさぞ豪快な笑い声が聞こえてくるに違いない。



そして明日から僕は...学校中の笑いものになるんだ。





さようなら。僕の恋と平穏な学生生活...


しかし彼女は笑うことも、僕を揶揄うこともしなかった。


彼女は僕の消しゴムを自らのカバンにしまうと、代わりに僕に何かを差し出した。


◯◯:...え?


ひかる:...ん。


"受け取れ"と言わんばかりに目の前に突き出されたそれが消しゴムだという事に気付くまでそう時間は要らなかった。


◯◯:...あの...これは?


ひかる:...カバー。取って。


俯いたままこちらを見ない彼女に言われるがままピンク色のカバーを外す。


◯◯:.........!!!!





__そこには僕の名前が書かれていた。


◯◯:...な...んで...僕の名前が...?



呆然と見上げる僕に彼女は肩を竦め、大きなため息を吐く。


ひかる:...はぁ...自分も"同じ事"やっとる癖にわからんの?


◯◯:...えっと...その...これはつまり...


信じられない目の前の現実。際限なく大きくなり続ける心臓の音。


そんな僕を見た彼女はもう一度大きなため息を吐き、肩に提げていたカバンを手近な机に置く。


そして



僕におずおずと抱き着いてきた。


呼吸が止まる。二つの意味で。


◯◯:っっっ!!!も...森田さ...


ひかる:...これでわかった?...わかったらちゃんと教えて。...こう言うのは男子から言うもんやない?


俯いていて表情は分からないが、耳まで真っ赤な彼女が何を言わんとしているかは分かる。


夢でもイタズラでもない。



彼女も...僕の事...


僕は一度大きく深呼吸して、慎重に言葉を吐き出した。


◯◯:あ...あの...森田さんの事が...好きです。僕と...僕と付き合ってください!


爆発しそうな鼓動と彼女のいい香りに耐え、何とか吐き出した言葉に彼女は僕の胸の中で顔を上げ、恥ずかしそうに笑った。


ひかる:...喜んで。私もずっと大好きでした。


◯◯:っ!あぁ...ありがとう...これからも...よろしく...


ひかる:...こちらこそ。



喜びの余り飛び上がりたいほど浮かれた自分と、まだこれが現実なのかを疑う自分。


しかし腕の中で恥ずかしそうに微笑む彼女があまりにも愛おしくて、僕はしばらく彼女を抱き締め、頭を優しく撫でた。



ひかる:えへへ...それ好き。


僕にしがみつきながら満足そうに笑う彼女に昂りを抑えられそうにない。



どれくらいそうしていただろう。


ひかる:...ねぇ。


◯◯:...ん?


ひかる:...もうちょっと欲しがってもいい?


◯◯:...え?


まだ真っ赤なままの顔を上げ、彼女はゆっくり目を閉じた。




これは...そういう事...だよね?



目を閉じ、震える唇をほんの一瞬だけ彼女の唇に触れさせる。


人生初のキスは全身の毛が逆立つのでは無いかと思う程の緊張と興奮を僕に与えた。



目を開けると、苦笑いする彼女。


ひかる:...もう...そんなんじゃ足らん...もっと...もっとちょうだい?


◯◯:...!!う...うん...


再び彼女に口付ける。さっきより長く、彼女の唇を食むように何度も。


お互いを抱き締めていた手を自然と握り合い、僕らは無心に求め続けた。



その内彼女の舌が僕の唇を押しあけ、中に入ってくる。


◯◯:...んんっ!?


快感で脳が痺れる。


ひかる:んんっ...ふぅ...んっ...



間近で聴こえる彼女の吐息。舌同士が絡まり合う何とも言えない心地良さ。



息が止まりそうな程長いキスが終わると、彼女は再び僕の胸に顔を埋めた。


ひかる:...◯◯の心臓...すごくドキドキいっとる...


◯◯:...当たり前だよ...まだ信じられない...森田さんが...僕のこと...んっ!?


言いかけた言葉をキスで堰き止められる。



ひかる:ねーぇ?もう彼女やけんちゃんと呼び捨てしてくれんと嫌よ?


頬を膨らませる彼女が可愛くて、僕はもう一度彼女に口付けた__

_______________

△△:...あれ?お前消しゴム変えた?


とある日の放課後。周りの生徒が続々と帰っていく中で性懲りも無くまた"消しゴム"の事が気になる友人。


◯◯:...前のやつもうボロボロだったしね。


△△:...にしてもお前...男のくせにピンクのカバーなんか付けて...あっ!さては...お前もしかして...


だよね、そうくると思ってたよ。


◯◯:...ほら。


言葉を遮り、友人の顔の前に消しゴムを差し出す。


△△:......なんだ、お前の名前書いてあるだけじゃん。


◯◯:...言ったでしょ。"興味無い"って。


つまらなそうに帰って行く友人の少し向こう側に、こちらを伺う彼女の姿が見えた。


僕の視線に気付くと、照れくさそうに笑ってくれる君の机の上には"君の名前が書いてある消しゴム"。



僕らを繋げてくれた2つの小さな小さなラブレター。


ひかる:...帰ろ?


◯◯:...うん。


誰もいなくなった教室で互いに荷物をまとめ、昇降口を出る。

ひかる:...ちょっと...寒いね。


◯◯:そうだね。


呟いて僕の制服の袖を遠慮がちに摘んできた彼女の手を僕はしっかりと握った。


"このおまじない"の効果が、どうかいつまでも続きますようにと願って__

________________

ひかる:...んんん...あっ!もう...また失敗...


22時。自分の部屋の勉強机に座り、もう一度精神を集中させる。


ひかる:...△△...〇...〇...


手に持ったシャーペンを"彼の名前の画数分"押し込む。


当然文字などかけるはずもないほどの長さの芯が出てくる。


私はもう一度精神を集中させ、震える手で長い芯をノートに触れさせた。


__大好きな君の事を考えながら。


いつもより随分薄く、うねる文字でゆっくり...ゆっくりと書き進める。


ひかる:.........っっ!!!出来た...出来た!!!

子供が書いたのかと思えるほど見辛い君の名前。


何百回したか分からない無謀な挑戦が、遂に成功したんだ...


私はそれを、愛おしい気持ちでしばらく見つめ続けた。


ふと、机の上に出しっぱなしだった新品の消しゴムが目に入る。


誰かに見られることが怖くて学校に持っていくことが出来なかった消しゴム。


ピンク色のカバーを外し、"自分で書いた彼の名前"を眺める。


くだらないとバカにしていた"おまじない"。


でもどうしても自分を止められなかった。


君に振り向いて欲しくて。


いつも素っ気ない、でも大好きな君に。


私は消しゴムにカバーを付け直し、それをカバンの内ポケットへと入れた。


今なら...君の名前を書ききれた今なら...



君に想いを伝えるチャンスが来るかも知れない、と淡い期待に胸を躍らせながら__


____________end.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?