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究極の二者択一 Root "S"『貴方の瞳に...』

あれから1週間。


僕の頭の中は"彼女たち"の事でいっぱい。


『好きです...ウチは..."そういう風に"...見てますから...』


『私も負けんよ...ってこと。覚悟しといてね?』


夢でなければ僕は今、2人の女性にアプローチされている。


そう、文字通り夢でなければ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Root "S"
貴方の瞳に...
_________

ひかる:2人ともお疲れ様。定時だよー。


後ろから声を掛けられて我に返る。時計は17時を指していた。


瞳月:お疲れ様です!


◯◯:あ...あぁ、お疲れ様です。


ひかる:...◯◯くんなんか疲れよる?大丈夫?


真横から顔を覗き込まれると、ひかるさんの香りで"あの事"が鮮明に思い出されてしまう。





__先週の金曜日。僕はひかるさんにキスをされた。



彼女の舌がやや激しめに僕の舌と絡み合う感覚...


柔らかい感触と脳の痺れが頭から離れず、あれからひかるさんの目を見ることが出来ない。


◯◯:そっ...そうですね...今週も疲れたなぁ...んーっ!


わざとらしく伸びをして誤魔化したことがバレたのか、ひかるさんは僕にだけ見えるように妖しく微笑むと、山下さんの方を見た。


ひかる:...今日は最後まで辿り着いたみたいやね。素晴らしい!最近頑張っとるね!


瞳月:えへへ。ありがとうございます。


ひかる:...さては何か良い事あった?今週ずっとニコニコしとるけん。


瞳月えっ!?いっ...いやそんなこと...ないです...


顔を真っ赤にして俯く山下さん。こちらをしきりに伺っているのは気の所為ではなさそうだ。


先週。僕は彼女に告白されている。


その場で返事が出来なかったのは僕の意気地の無さ以外の何物でもない。


___彼女の事は...好きだ。それは間違いない。


でも。


ひかる:...もう...2人して何か変やない?まぁいいか。2人ともこの後時間あるならどこかご飯いこ!


◯◯:...はっ、はい!もちろんです!


瞳月:...行きます!ありがとうございます!


微笑むひかるさんと目が合う。また心臓が跳ねた。


こんなことあってはいけない。分かってる。


僕は...山下さんが好きだ。



でも。





___ひかるさんのことも...好きだ。


________________

職場を後にした僕らがやってきたのはいつもの居酒屋。


先週まさにこの席で僕は山下さんに告白されている。

違和感は席に座ってすぐやってきた。


◯◯:あ...あの...


ひかる:ん?


瞳月:...どうかしましたか?


『どうかしましたか?』ではない。


今僕はひかるさんと山下さんに挟まれる形で席に座っているのだ。しかも2人とも僕の腕に抱き着くような形で密着して。


◯◯:あの...えと...何か...いつもと違うなって...


緊張を超えた謎の感情に襲われながらも辛うじて吐き出す。


ひかる:...言ったやろ?"負けんよ"って。


瞳月:...です。


何だろう..."こういう状況"って羨ましいものだと思ってた...いや、嬉しいは嬉しいんだけども。


上目遣いでこちらを見上げて不敵な笑みで笑うひかるさんと、無言で僕の腕を離さない山下さん。


◯◯:あの...お2人の気持ちはよくわかりましたが...これだと何も出来ないので少し離れて頂けませんでしょうか...


ひかる:何か食べる?ほら、食べさしちゃるけん。はい、あーん♡


僕の提案などなかったかのように刺身を醤油に漬け、僕の口の前に差し出すひかるさん。


◯◯:あっ...ありがとう...ございます...


まさしく夢のような状況だが、口に入れられた刺身の味など感じられる余裕はない。


__心臓が口から飛び出しそうだ。


瞳月:んー!これ美味しいですよ先輩!ほら、半分どうぞ♡

◯◯:...えっ!?でもそれ食べかけじゃ...

瞳月:...ウチの食べかけじゃ嫌ですか?


◯◯:そっ...そんなことないよ...いただきます...


小さい齧り跡のある唐揚げを目の前に差し出され、恐る恐る頬張る。


瞳月:おいしいですか?


◯◯:う...うん...


瞳月:えへへ...良かった♡


何度も言うが、こんな夢のような状況を喜べる余裕は僕にはない。


今はただされるがまま差し出される料理を食べ、2人の香りに気を失いそうになるのを必死に堪える事しか出来そうもなかった。



ひかる:ふーん...瞳月ちゃんもなかなかやりよる...これはますます燃えてきたわ。


◯◯:...あの...真面目に状況が飲み込めないんですけど。


瞳月:...ひかるさんと2人で話したんです。先輩の事。それで正々堂々勝負しようって。勝っても負けても恨みっこなしにしようって決めたんです。


ひかる:...そ。だから◯◯くんはどっちがいいか選ぶだけ。どうなっても今まで通り接するけん心配いらんよ?


いや...そうは言っても...なかなかに酷な話である。


ひかるさんと山下さん...正反対のようにすら思える2人だが、とても魅力的だという点では全く同じ。


間違いなく今までの人生で1番難解な二者択一。


僕は...どうしたら...


ひかる:...やっぱり困っとるね。でもこればっかりはどっちかに決めてもらわんといけん。"どっちも好きなんです"なんてのは漫画の中だけでしか通用せんけんね?


瞳月:...私は...先輩が好きです。例えウチが選ばれへんくても...先輩には幸せになって欲しい...それが..."私たち"の気持ちです。

◯◯:...わかりました。


2人の気持ちはよくわかった。そして僕の気持ちも。


◯◯:...ごめんなさい、ひかるさん。僕は...


ひかる:...何で断る方を先に言うんよ...全くどこまで優しいんだか...最初から分かっとったよ、後輩くん?


◯◯:...ひかるさん...


ひかる:...そんな顔しないの!言ったやろ?恨みっこなし!それに...いい男なんて他にも沢山おるけんね?


悪戯っぽくウインクして、僕から離れるひかるさんが一瞬だけ寂しそうな顔をしたような気がして胸が痛む。


でもまだ僕には言わなければいけないことがある。


◯◯:...山下さん。君が入社してきてくれた時からずっと...好きでした。こんな僕だけど...付き合ってください。


彼女の目を見てはっきりと言う。


僕のことだけが映ったその瞳に。


瞳月:...ありがとうございます...ホンマに嬉しいです...ひとつだけ...お願いがあります。


◯◯:何?


瞳月:...これからは...瞳月って...呼んでくれますか?◯◯...さん。


耳まで真っ赤な彼女が愛おしい。


◯◯:...もちろんだよ、瞳月ちゃん。


ひかる:...おめでとう2人とも。ただ、仕事に私情は持ち込まないこと!約束やけんね?


瞳月:はい!


◯◯:...もちろんです。


いつの間にか反対側の席に座ったひかるさんはいつもの笑顔をくれた。無粋なことを考えるのはもうやめにしよう。


ひかる:...さぁ!そうと決まれば飲み直しやね!カップル誕生のお祝い!今日は私の奢りやけん!

◯◯:...ひかるさん...本当にありがとうございます。


ひかる:...ふふ...でも2人にひとつだけ。私も諦めたわけじゃないけんね?2人の邪魔はもちろんせんけど、隙あらば...ふふふ...


不敵にウインクする先輩はジョッキのビールを派手に煽る。


今夜もきっと飲み過ぎてしまうことだろう...

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瞳月:◯◯先輩、ここ...誤字してますよ。

◯◯:あっ...あぁ...ごめんよ...しづ...いや...山下さん。


瞳月:...もう...最近多いですよ。しっかりしてください、このまま提出したらひかるさんに迷惑かかるんですから...


◯◯:...すみません。


ひかる:あっはっは!!これじゃどっちが先輩かわからんね!


あれから数ヶ月。


僕らの立場は完全に逆転してしまった。


瞳月は立派に成長し、今では僕のケアレスミスを指摘するほどだ。


瞳月:全く...そろそろウチのチェックなしで書類上げられるようになってくれないと困ります!


◯◯:...すみません。


瞳月:謝ってないで手を動かす!


ひかる:あっはっはっはっ!!いいぞ!もっと言ってやれー!!くふふふふ...


情けないことに毎日こんな調子だが、僕は全くストレスを感じていない。


なぜなら...


◯◯:ただいまー。


瞳月:おかえり!残業大変やったやろ?お疲れ様♡


玄関を抜けると、先に帰宅していた瞳月が満面の笑みで抱きついてくる。


◯◯:...ありがとう。


瞳月:ねぇ、ただいまのチューは?


◯◯:あぁ...そうだったね...


上目遣いと甘い声でせがむ彼女に軽く口付ける。


瞳月:...えへへ...今日は◯◯の好きなハンバーグやで。


◯◯:やった!楽しみだ!


会社での様子とは全く違う、甘えん坊モード。


家に帰ると途端にこの調子になる彼女に最初は戸惑ったが、今では可愛くて仕方ない。


瞳月:...それで...お腹いっぱいになったらその後は...久しぶりに...ね?最近忙しくて"ご無沙汰"やったし...


またしても破壊的に可愛い上目遣い。


__今夜はどうやら長くなりそうだ。


__________end.

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