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甘いのもお好き

「はぁ...疲れたぁ...」


人目も気にせず大きな溜息をつく。


年明け最初の仕事ってなんでこんなに疲れるんやろ...休みボケだと言われればそこまでだが、やはり気持ちがついていかないのが原因か。


私は森田ひかる。
ようやく仕事や職場の雰囲気にも慣れ始めた社会人2年生。


年始最初の仕事ということもあり、珍しく今日は定時退社し、若干重たい身体を引きずりながら帰路についていた。


ひかる:カフェでも行こうかな...


カフェ巡り。私の密かな趣味だ。
雰囲気、流れる音楽、コーヒーの香り...どれも大好き。


そんな私が最近よく行くカフェがある。


もちろんコーヒーの味目当てではあるのだが、
実は人には言えない理由がもう1つある...



狭い路地に入ると見える小さな看板。
あまり主張しない文字で"cafe"とだけ書いてある。

少し緊張しながら店のドアを開け、中に入る。


??:いらっしゃいませ...あ、ひかるちゃん、来てくれたんだね。


ひかる:...っ...こんばんは...


外の淀んだ空気から一変。大好きな香ばしい香りと、落ち着いた声のトーンで出迎えてくれた女性。


このカフェのマスター、ユイさん。



ユイ:いつにも増して疲れた顔してるなー、まぁ座って?上着は預かりまーす。



そう言って私の後ろから脱いだ上着を預かってくれる。毎回心臓がうるさくて俯いてしまう。



ひかる:あっ...ああありがとうございます...


思いっきり赤面しながらカウンターに腰掛ける。


女性同士だからユイさんはあまり気にしていないのかもしれないが、私には拷問に近い。



ユイ:ご注文は?やっぱり"いつもの"?



ひかる:ひぁっ!?...はひぃ...おおおお願いします...


自分で思う...挙動不審過ぎると。



でも毎回緊張してまともに会話も出来ない。




...もう10回以上は来ているはずなのだが。


因みに"いつもの"とは、水出しアイスコーヒー。初めてこのお店に来てからそれしか頼んでいない。


ユイ:毎回思うけど珍しいよね。アイスコーヒー無糖で飲む女の子なかなかいないよ?


キリッとした顔立ちからは想像出来ない柔らかい笑顔を浮かべ、ユイさんは作業に取り掛かる。
そんな素敵な後ろ姿に見蕩れながら、コーヒーを待つ。


ひかる:なんか...コーヒーの味よくわかる気がして...

嘘。本当は甘いほうが好き。



ユイ:...通だね。ふふっ...まぁ私も無糖派だけど。


そう、ユイさんみたいな大人の女性に憧れて、無理して注文している内に、だんだん飲めるようになってしまった。最初は強烈な苦味に身体が震えたものだが...慣れってすごいんやね。



少し伏し目がちに作業を進めるユイさんを眺める。この時間が堪らなく好き。





___完全に一目惚れだった。


私と違って背が高く、スタイルもいい彼女。凛としつつも柔らかい雰囲気。


いつ見ても素敵な笑顔...全部大好き。



___もちろん、"恋愛対象"として、だ。



ユイ:はい、水出しアイスコーヒーお待たせ致しました。スコーンはもう少し待ってね?


ひかる:...はい、大丈夫です。ありがとうございます。


私は出来たばかりのコーヒーを1口飲み、ふぅ、と息を吐いた。


んんん...やはり苦い。でも最近この苦味の中に微かな甘味を感じるようになってきた。


スコーンは、ユイさんがいつもサービスでつけてくれる。苦いコーヒーにピッタリの甘いお供。



とりあえず落ち着かねば。気晴らしにきたカフェで心拍数上がっても仕方ない。


ユイ:今日は仕事始め?負のオーラ全開だよ。



ひかる:えっ...あっ、あの...想像以上に身体がなまってたというか...あはは...



この店はユイさんが1人で切り盛りしており、席もカウンター数席しかない為、よくこうやって話しかけてくれるのだが、なかなか上手く話せない。



...これでもマシになった方やけんね、ホント。

ユイ:...ふふふ、まぁ少しでもゆっくりしていってね?



笑ってそう言うと、ユイさんは奥の調理場の方へ行ってしまう。




少し寂しいが、気持ちを落ち着かせるチャンスだ。




私は鞄から読みかけの小説を出し、読み始めた__


どれくらい時間が経っただろうか。


読み始めた小説も終盤だ。


普段なら絶対に手に取らないであろう恋愛小説。


しかも女性同士の恋愛を描いた作品。





...自分でもわかりやすいなぁと思う。


ひかる:(...何で同性愛ってタブーなんやろ)



昨今は日本にも、ジェンダーレスが少しずつ浸透しているとは言え、またまだアブノーマルなイメージがあるのは否めない。




__私は小さい頃から女の人が好きだった。



学生の頃は男性とお付き合いしたこともあったが、長続きはせず、目が向くのはいつも女性ばかり。



...自分は"同性愛者"なんだ、と気付くまでにそう時間はかからなかった。



しかし、私のような人間はそう滅多にいるものではない。おかげで私はこの歳まで寂しく独り身、という訳だ。



ひかる:(...私もこの本の主人公みたいになれたらなぁ)



そう思い、読み終わった小説を鞄にしまう。




『...私の普通を決めるのは貴方じゃなくて、私なの』


作中で同性愛を否定された主人公が言い放った台詞がとても印象的だった。


クライマックスは、周りの反対を押し切った2人が、遠くの街へ駆け落ちして、幸せに暮らす...というもの。



憧れるシチュエーションではあるが、やはり現実的ではないと感じる。



私は少し悲しくなり、コーヒーを喉に流し込む。苦い...まるで私の恋みたい...なんてね。



ユイ:...読み終わった?





ひかる:...っっっ!?



突然声を掛けられ顔を上げると、カウンター越しにユイさんがこちらを覗き込んでいた。



えっと...顔が近すぎて目のやり場に困るんですけども。



ドキドキしすぎて身体震えてるんやないかなこれ。



ユイ:ごめんごめん...驚かすつもりはなかったんだけど。はい、スコーンお待たせしました。



そんな私を意に介せず、ユイさんは私の目を見て微笑む。湯気の経つスコーンが目の前に置かれた。



私が読み終わるタイミングを待っててくれたんや...優しすぎるでしょ...




...うるさいけん心臓止まってくれんかな、いっその事。



ユイ:本...いつも読んでるよね。何読んでるの?




ひかる:えっ...と...今日は恋愛小説を...読んでました...




何故わざわざ白状したんだろう。




でも好きな人を前に嘘が付けない。



ユイ:へーっ!いいじゃん!私も好き。



ひかる:......えっ?



待って、聞き間違いかな。今私も好きって...


ユイ:ん?恋愛小説でしょ?好きだよ、私も。



...これは恥ずかしいですよ森田さん...?



ひかる:あっ...そそそそうなんですね!私恋愛小説って初めて読んだんですけど、結構好きでした。自分もこんな風になれたらいいなぁなんて...あはははは...



恥ずかしさのあまり、自分でも驚くほど早口でいらないことまでまくし立ててしまった。落ち着け、自分よ。




ユイ:へー...良ければちょっと見せてもらってもいい?


ひかる:あっ、はい!



そう言ってから気付く。



...これ見せたらヤバいのでは?



しかし変に拒んでも不自然かもしれない。



それに、少し見られたくらいでは内容まではバレないだろうし、女性同士の恋愛小説を読んでるからって同性愛者だとはわからない...よね?



私は観念して読んでいた小説を鞄から出し、ユイさんに手渡した。



ユイ:...!!



表紙を見て、ユイさんの表情が少し強ばる。そしてしばしの沈黙。



ひかる:あの...どうかしましたか?



ユイ:...えっ?あっ...ううん...何でもない。ありがと。


沈黙の理由は分からんけん、表紙見たくらいじゃ内容まではわからん...はず。


少しほっとした私に本を返し、ユイさんは少しだけ息を吐くと私の目をまっすぐ見つめた。

ユイ:ひかるちゃんってさ...


ひかる:...はい?



急に歯切れが悪くなるユイさん。何か言いたげな顔はしているんやけど...



どうしよう、何か話したいが言葉が出てこない。



そもそもこの状況で何話せばいいん?



私は手持ち無沙汰になりひたすらコーヒーを喉に流し込み続けた。氷が熔け、苦味も薄れ始めている。

皿の上で寂しそうにしているスコーンさんの出番はなさそう...



ユイさんは伏し目がちにこちらを伺いながらおずおずと切り出した。


ユイ:...ひかるちゃんってもしかして...女の子が好きなの...?


ひかる:...っ!?



予想外...でもないか。



バレてた。だから気まずくて沈黙が流れたんだ...



私は動揺を隠すため、咳き込むふりをして誤魔化そうとした。



ユイ:大丈夫!?ごめんごめん、変な事聞いちゃったよね。



ユイさんは慌てて私の背中を摩ってくれる。



しかし私にはそれを喜ぶ余裕はなかった。


ひかる:(...終わった...)



呆気なかったな、私の恋。



まぁでも最初からわかっていたのだ、こうなることは。




残りのコーヒーを無理矢理喉に流し込むと、その場に居ることすら耐えられなくなり、私はカウンターにお金を置いて逃げるように店を出た。




ユイ:あっ、ちょっと!ひかるちゃん!待って!



ユイさんの声が背中にぶつかるのも気にせず、走り出す。どこへ向かうでもなく。


__今までもそうだった。ずっと。




『ごめんね...ひかるのことは好きだけど、友達としてだから...』



『私のことそういう目で見てたんだ...引くわ』

『...女の子同士でなんて...普通じゃないよ...』


おあつらえ向きに昔の記憶が蘇る。



わかっとるよ。自分が普通やないってことくらい。


でも好きなんだもん。どうしようもなく。


自分を抑えられない。これ以外やり方を知らないんよ。



ひかる:...はっ...はっ...




衝動に任せた全力疾走が長く続くはずもなく、私は近くの公園のベンチに倒れ込むように座った。




身体と頭が急激に冷え、コートを置いてきてしまったことを思い出す。もうどうでもいいか、そんな事。




ひかる:...やっぱり上手くいかんね...結構好きだったんやけどなぁ。



わざと口に出してみる。自分を嘲笑うように。






冷たい頬を暖かいものが伝う。




『...いつも来てくれるよね?良かったらお名前教えて?』


『...ひかるちゃん...可愛い名前だね』


『...私の事はユイでいいよ』


『...』


何で今思い出が蘇るん?もう思い出したくない。




もう、終わったんよ...だからお願い、出てこないで。


口の中に残ったコーヒーの苦味が強くなった気がした。


いっそ思い切り声でも上げて泣いてやろうか。そんな事を思っていた矢先。下を向いていた私の肩に何かが被せられた。



ユイ:...忘れ物。風邪ひくよ。



顔を上げると、ユイさんが少し寂しそうな顔で立っていた。コートを届けに追いかけて来てくれたんだ...


ひかる:...すみません...さっきのことは...


ユイ:...ううん、私が変なこと聞いたから。気にしないで。


そう言って私の頭を優しく撫でてくれる。



ひかる:...いえ...ユイさんは悪くないです。私...ユイさんのこと..."そういう目"で...見てました...気持ち悪いですよね、本当にごめんなさい...もう二度とユイさんの前には現れませんから...


何故か胸中を吐露してしまったことに自分でも驚いた。でも曖昧なままにしておくのも悪いと思った。



ユイ:...そんな事言わないの。気持ち悪くなんかない。嬉しいよ、ありがとう。


ひかる:...いいんです...気を遣ってもらわなくても。普通じゃないのは自分が1番よく分かってますから...



ユイ:..."私の普通は貴方が決めるものじゃない"



微かに聞こえたユイさんの声は震えていた。



ひかる:えっ...?何でそれを...



間違いない。あの小説の台詞。驚いて顔を上げると、ユイさんの顔が目の前まで迫っていた。


ひかる:!?



唇に柔らかい感触。予想外の展開に私は目を見開いたまま受け入れるしかなかった。


__微かに感じた甘い味...



数秒だったのか数分だったのか分からないが、ユイさんの唇が私の唇から離れる。



ユイ:...私も"ひかるちゃんと同じ"だって言ったら信じる?


動悸が激しくて言葉が耳に入ってこない。



私...今キス...されたよね?ユイさんに?



ひかる:...私と...同じ?



ユイ:うん...私も女の子が...いや、ひかるちゃんが好き...ってこと。



そんな...そんなバカな。



こんなこと...あっていいんやろか?夢?



驚きと喜びが半々位の割合で私を襲い、先程より大粒の涙が溢れ出す。



ひかる:うぅっ...くっ...嬉し...い...です...



ユイ:えっ...ちょっ...そんなに泣いちゃう!?



慌てながらも私を抱きしめ、頭を撫でてくれるユイさんの体温を感じながら、私は彼女の顔を見た。



ひかる:ユイさん...



ユイ:...ん?




ひかる:...もう1回...もう1回欲しい...です...



ユイ:...意外に欲しがりなんだね。可愛いけど。



照れくさそうにした後再び顔を近づけて来るユイさんを、私は目を閉じ受け入れた___



__________________


由衣:...そうそう...ゆっくり"のの字"を描くように...いいよ...上手。



ひかる:...





閉店後の喫茶店。



真剣な顔で集中する恋人に思わず見蕩れそうになる。



由衣:いいね...ひかるはやっぱセンスあるよ。



ひかる:えへへ...ありがとうございます...


あれから数ヶ月後。



ひかるは仕事を辞め、私の店で働いている。


冗談半分で『ここで働くか』って言ってみたら、次の日には『辞表出してきました!』なんて真顔で言われて...愛されてるなぁ...悪くない。



由衣:...今日はここまで。お疲れ様、何か飲む?



ひかる:じゃあ...アイスコーヒー!



由衣:はーい。



2人分のアイスコーヒーをカウンターに置き、ひかるの隣に腰かける。


ひかる:むむっ...



由衣:苦い?


1口飲むや否や、身体を震わせる彼女が愛おしい。

私はカウンターの奥からガムシロップの入った小さなグラスを取り出した。



それを一気に飲み込み、強烈な甘さを感じたままひかるに口付ける。




ひかる:由依さ...んっ!?...んんっ...んっ...ふっ...


舌を絡めると、ひかるの腕が私の背中に回ってきた。



由衣:...甘くなった?



ひかる:...甘過ぎて...もっと欲しくなっちゃいました...



由衣:...続きは後でね。片付け終わってから。



ひかる:もー、由依さんずるい...大好きです...



あっぶな。上目遣いで理性飛びかけた。



照れ隠しに被りを振って立ち上がる。


由衣:...私も好きだよ。



ひかる:えっ?何か言いました?



由衣:秘密ー。



ひかる:えへへ...ちゃんと聞こえてましたよー。



私はコーヒーは無糖派。


でも彼女となら...甘ったるいのも...悪くない___


________________end.

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