Missing 第1話
2人で朝食を食べながら窓の外を見る。空が白けてきている。もうすぐ日が昇る頃だ。
天:じゃあ...まず公園でお散歩してー、その後水族館にしよー!
ひかる:賛成!
食事をしながら2人で話し合い、今日の予定が決まった。
久しぶりのデートに、気持ちがだんだん高揚してくるのを感じる。空の食器を片付け、お互い準備もそこそこに、まだ薄暗い中部屋を出た。
天:早朝からお散歩なんて健康的やん!
ひかる:んー、涼しくていい気持ち...
私たちは近所の公園を散歩する。早朝の空気は昼間の湿っぽさもなく、実に過ごしやすい。
天:それにしても最近は大変やったわー。
ひかる:本当やね、でも忙しいのは嬉しいかも。
天:それなー?
実際、今年は去年に比べ忙しい。ライブに始まり、レッスン、TV番組と、有難いことに引っ張りだこである。
天:今年はもっと櫻坂をビッグにするでー!
ひかる:ふふっ...いつにも増して元気やね?
天:だって!ひかるとお出かけ久しぶりやから!
そう言って天は微笑む。可愛い。
私の彼女は可愛いのだ。世界一かも。
ひかる:...あ、自販機。何か飲みもの買ってもいい?
天:うん!私も買おー。
遠くに自販機を見つけ、2人して駆け寄る。
自販機の前に立ち、お茶にするか水にするか...などと考えていた私を違和感が襲う。
自販機の裏から白い何かが飛び出てきた。
ひかる:...うさぎ...よね?
天...私の見間違いじゃなければ。
私たちの目の前には真っ白なうさぎがおり、こちらをじっと見ている。
普段なら可愛いなぁとか、野生のうさぎなんて珍しいなぁとか考えるのだが。
今回はそんなことを考えている余裕はなかった。
ひかる:...何か...大きくない?
そう、目の前のうさぎはどう見ても1メートル近くある。大型犬と見紛う程の大きさだ。
天:...私が寝惚けてるわけではないってことやね。
2人して目を擦り、目の前の生物がうさぎであることを確認したが、にわかには信じられない。
あまりの異様さに少し距離を取る。
ひかる:どうしよう...飲み物買えない...
天...いやそこじゃないやろ絶対。
天の鋭いツッコミも虚しく、私はどこか惚けていた。
有り得ない___頭ではわかっているのだが。
そうこうしていると、こちらをじっと見つめていたうさぎが、少しこちらに近づくような素振りを見せた。私たちは本能的に後退ろうとしたが、足が竦んで動けない。
ひ・天:...っ!
早朝の清々しい散歩はどこへやら。
目の前にいる謎の生き物に感じる恐怖。
__しかし、事態は私たちの想像を遥かに超えていた。
??:...そう怖がることもないだろうに。この姿は君たちに馴染みのある姿だと思っていたが。
ひ・天:しゃ...喋ったあああああ!?!?
__________
第1話
~出会いと始まり~
__________
確かに声が聞こえた。
その"うさぎのような生物"から。
??:喋るうさぎは珍しいか。
男性とも女性ともとれる中性的な声。
どちらかは分からないが、口調からして男性...なのかな?
ひかる:...いや...珍しいどころの騒ぎじゃないし、何よりサイズが...デカすぎるんですけども。
??:おや、そうなのか。まだこの世界に知見が浅くてな、驚かせてしまったなら申し訳ない。
"彼"はそう言うと自身の体長を半分ほどの大きさに変えた。
??:この世界のうさぎとはこの位の大きさかな?
ひかる:...まだ大きい...かな。もう半分くらい。
天:...ていうかひかる...なに普通に会話してんの...
ひかる:...確かに。
天:いや確かに...じゃないやろ!?何この状況!?ヤバいやん絶対に!逃げよう!?
...ごもっともです。でも先程までの恐怖は不思議と薄れつつあった。
私は逃げようとする天の腕を掴んで制止する。
??:ふむ...やはり怖がらせてしまったか...しかし見られてしまったからにはこのまま逃がすことも出来ない。私の話を聞いてくれると助かるのだが。念の為に言っておくが、君達に危害を加えるつもりはない。安心してくれ。
ひかる:...天?とりあえず話だけでも聞いてみん?怖い生き物じゃないみたやけん...
自分でもびっくりするくらい落ち着いていた。
目の前で起こる非現実の数々。
恐怖より興味が勝っていたのかもしれない。
天:ひ、ひかるぅ...ホンマにぃ...?
唯一の頼みを失ったとばかりに涙目になる天。
ひかる:大丈夫、なんかあっても私が守るけん。とにかく、聞いてみよ?
天:うぅ...わかった...
天を安心させようと微笑み、"彼"の方を見る。
??:物分りが良くて助かる。早速だが本題に入ろう。見ての通り私はこの世界の者ではない。
ひかる:...まぁ、そうでしょうね。
??:小難しい話は省かせてもらうが、君達で言うところの"異世界"から来た、と言えばわかりやすいかな?
確かに喋るうさぎなど見たことも聞いたこともないし、何より大きさを何らかの方法で変えてしまうなど、まさに御伽噺...ファンタジーそのものである。
天:...い...イセカイ...?
ひかる:...なんかもう何聞いても驚かん自信あるかも。
天:...私はこの状況でそんなに落ち着いてるひかるに1番驚いてるわ...
最早天も驚いたり怖がったりすることに疲れたのか、先程よりいくらか落ち着いているように見える。"彼"はそんな私達に構うことなく続けた。
??:単刀直入に言う。私の頼みを聞いて欲しい。
ひかる:...頼みって?
??:私を元いた世界に戻して欲しいのだ。
もしかしたらまだ夢の中にいるのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
突然目の前に喋るうさぎが現れ、自分は異世界から来ただの、元いた世界に戻せだの言われている。正常な人間なら当然夢だと気付くだろう。
試しに頬を抓ってみる。痛いだけ。
...どうやら夢ではないらしい。
隣を見ると、これでもかと頬を抓る天の姿。
どうやら考えることは同じだったらしい。
ひかる:戻して欲しいって言われても...どうやって?
天:せやで!ウチらみたいな普通の女の子に何が出来るん?何も出来へんよ...
??:私には確かに感じられたのだ...君たちから他の人間にはない何かを。そして、君たちは"サクラ"と言っていた...
ひ・天:...??
そういえばさっき天が『櫻坂をビッグに』みたいなこと言っとったなぁ...
??:私の世界では、"サクラ"は希望の象徴なのだ。君達はそれを知っているのだろう?
桜が希望の象徴?まぁ確かに桜の花は綺麗だ。私たちの"櫻坂"というグループ名もあり、思い入れのある花ではある。
天:知ってる...と言うか知らん人の方が少ないと思うねんけど。
ひかる:...あなたを桜のあるところに連れていけばいいってこと?
??:"サクラ"が存在する場所を知っているのか!?やはり君達から感じたものは確かだったようだ!私をそこへ連れていってくれるか?
"彼"の声色が明らかに興奮している。それほどまでに桜の木が重要なのだろうか?
天:...でも、今の時期じゃもう桜なんてどこにも咲いとらんで。木の下にでも連れていったらええんかな。
ひかる:確かこの公園にもあったよね、桜の木。
??:この世界では"サクラ"とは木のことを言うのか?
ひかる:そうだよ、この近くだから行こ?
具体的な目標があると案外気が楽なものだ。
天の手を引き公園の真ん中にある大きな桜の木へ向かおうとした私の頭にふわっとした感触が。
ひかる:へっ!?
??:済まないが、このサイズだと移動も大変でな...運んでくれるか?
思わず変な声が出てしまった。
確認するまでもない。頭の上に"彼"が飛び乗ってきたのだ。
しかし不思議なことに重さは全く感じない。
ただふわふわした感触が頭にあるだけだ。
天:えっ...ちょっと可愛いやんひかる。
ひかる:...天もだいぶ慣れてきたみたいやね...
頭にうさぎを乗せた私をスマホのカメラで撮影する天。もう何が何だか分からないが、ひとまず目的地に向かうことにした。
ひかる:これが桜の木だよ。
数分で辿り着いた場所には大きな桜の木が。
木の周りは柵で囲われており、柵に付いた大きな札には、"ソメイヨシノ"と書かれていた。
時期的にもう花は咲いていないが、間違いなく桜の木だ。
??:これが..."サクラ"...??
ひかる:そうだよ。これで戻れるの?
"彼"は私の頭から飛び降り、桜の木に近づく。
木の周りを回ったり、眺めたりすること数分。
戻ってきた"彼"は言った。
??:...申し訳ないが、これは私の探しているものではないようだ...
天:ちゃうかったんかぁ...
ひかる:でも...桜って言いよったよね?
??:...そもそも私達の世界では"サクラ"とは植物ではない。
ひかる:そうなん?
??:"サクラ"に実体はないのだ。概念に近い。
天:...えっと...ごめんひかる通訳して?
ひかる:私にもわからんけど...少なくともこの世界の桜とは全然違うってこと...かな?
??:ああ...先程話した通り、"サクラ"とは私の世界の希望の象徴...言わば伝説のようなものだ。
大きな災厄が訪れし時、昔から人々は"サクラ"に助けられ、困難を乗り越えたとされている。
だが、それこそ神のような具体的なイメージなどはないのだ。
どうやら桜の木と"彼"の言う"サクラ"は違うらしい。
天:...でも、ウチらこれ以外に桜って言われても...
??:しかし、君達から不思議な力を感じたのだ。華やかで儚く、それでいてとても強い力を。だから私は君達の前に姿を現した。
ひかる:うーん...不思議な力かぁ...なんか漫画みたいな話になってきたね...今更だけど。
こういう場合は大抵、主人公である私たちには実は不思議な力があって、異世界から来た謎の生物と壮大なファンタジーを繰り広げるのだろうけど、生憎私たちは普通の女の子だ。"彼"の言う"サクラ"が何を意味するか、検討もつかない。
天:でも...自分の世界に帰れへんのも可哀想やね...
最初は完全に疑ってかかっていた天が呟く。
不思議と私も同じ気持ちだった。
??:ではこういうのはどうだろう?頼み事ばかりで済まないが、しばらく君達と行動を共にさせてくれ。君達から感じた不思議な力の正体を知ることが出来れば、何か手掛かりになるかも知れない。
ひかる:うーん...行動を共に...かぁ...
こんな異常な状況にも関わらず、私はせっかくの恋人とのデートを邪魔されたくないなぁ、とか
呑気なことを考えていた。
...後から考えても正気の沙汰ではない。
天:ひかる...どうする?
ひかる:...そうやね...確かにこのままにしておく訳にもいかんし...一緒に行こうか、うさぎさん?
??:感謝する...君達の邪魔にならないように姿を変えておこう。
そう言うと、"彼"はうさぎの姿からまた更に小さくなった。
その姿からは生き物の気配はなくなり、もっと硬質な物へと変化していく。
天:...ストラップ?
そう、"彼"は可愛らしいうさぎのストラップに変化し、私の手の中に落ちてきた。
??:これなら大衆の面前に出ても騒ぎにはならないだろう...
ひかる:じゃあ鞄に付けておいてあげるね、うさぎさん。ただ出来るだけ大人しくしててね?
急に喋ると周りの人がびっくりするかもしれんけん。
??:承知した...それと私の名はうさぎさんではない...真の名は...
天:じゃあ...ピーターは?
"彼"の言葉を遮り、天が言う。
ひかる:いや...それはいくらなんでもあからさますぎん?うさぎやからピーター?
天:ちゃうもん!ラビットやなくてパーカーの方やもん!!
...いや...そっち?もう"ピーター・パーカー"はうさぎと何の関係もないじゃん...そして誰がわかるのこのネタ。
??:ピーターならピーターで構わない。どちらにせよ私の真名はこの世界の言語では表すことの出来ないものだから、君達の好きに呼んでくれ。
...じゃあ別にうさぎさんでも良くない?まぁいいや、情報量多すぎてツッコミも追いつかないし。
ひかる:じゃあ...これからよろしくね、ピーター?
天:私は天!こっちはひかる!よろしくね!
ピ:あぁ、よろしく、天、ひかる。
何だか本当にファンタジーな世界に入り込んだような展開に戸惑いつつも、私は...いや、私たちはこの先起こるかもしれない非現実に少しだけ胸を躍らせるのだった...。
______________be continued.
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