Missing 第2話
__違和感。
いつから感じていただろう。
そもそも何に対して?
今のこの状況は何一つ正常ではない気がする。
__喋るうさぎのストラップと水族館に来ているなんて。
天:ひかるー!見て!タツノオトシゴ!
ひかる:...ふふ、そうやね。
あんなに不審がっていた割にはしゃぐ天を眺め、私は物思いにふける。
___この胸騒ぎは一体何なのか、と。
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第2話
~case H&T~
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結局あの後私たちは相談した結果、予定通りデートしようということになった。
お目当ての水族館は平日の為か、またはご時世か、人もまばらである意味助かる。
しかし違和感が消えない。何も起こらないといいのだけど。
ピーター:これが水族館...この世界にはこのようなものがあるのだな...何とも幻想的な空間だ...。
ひかる:いやあなたも普通に楽しんでるし...。
こちらはこちらで能天気。
ただでさえ意味がわからない状況に拍車が掛かる。
天:いいじゃない、少なくともその子がいることで私たちに悪いことはないみたいだし!可愛いペットだと思えば!
そう言って天は私の鞄に付けたピーターを撫でる。
うーん...最早気にしすぎている私が変なのかと思われるほどだ。
ピーター:ひかる、君の抱いている不安と警戒心は正しいが、戸惑うことはない。私は手掛かりが掴めればすぐに君達の元を離れるつもりだ、安心してくれていい。
私の心を読んだように彼が言う。
ひかる:...その手掛かりに、心当たりあるん?
ピーター:実は、君達と出会ってから常に不思議な力を感じている...今は微弱だが。すれ違った他の人間達からは全く感じられない。つまり君達2人だけの間で生まれている力なのだと思う。それが私の探しているものと無関係とは思えない。
さっき言ってた力...か。残念ながら本当に思い当たる節がない。
天:えー!やっぱり私達特別な存在なんだよひかるぅー!
そう言って天は私を抱きしめる。
...身長差のおかげで前が見えないんですけども。
でも嬉しいからいいか。普通に楽しめばいいんだ。
ひかる:モゴゴ...でも何が特別なんやろうね?
天の腕の中で彼女の顔を見上げる。
天:えー!?何それ可愛すぎひん!?その上目遣いが充分特別やろ!
ひかる:ねーえ?からかわんでよー!
ピーター:(...力の反応が強くなった...もしや...)
そんなこんなでイチャイチャしながら水族館を見て回る。何だかんだ楽しくなってきた。
しかし..."それ"は突然やってきた。
バチンッ
ひ・天「え!?」
何かが弾けたような音がして、急に館内が真っ暗になる。
天:やだ!停電!?
ひかる:...っ!
何も見えない。辺りは闇、そのもの。
ふと今朝見た悪夢を思い出してしまう。
眠っていた時よりも、やけに鮮明に。
(...は...には...んだよ)
(...の方が...)
(...)
声が聴こえる。途切れ途切れだが、私にとっていい意味の言葉でないことは感じられる。
ひかる:...天?
先程まで握っていたはずの天の腕も、肩にかけていた鞄もない。何も無い。暗闇。
(お前なんか...)
(...もう終わりだな)
無数に聞こえる声が徐々に鮮明になっていき、
それが自分に対する誹謗中傷だとわかる。
ひかる:...っ...うるさい...うるさいっ!
私は耳を押さえ蹲り、この恐怖が過ぎ去るのを待つことしか出来ない。
あぁ...なんでこんなことに?何故私に?
自問自答に意味はなく、どこからともなく浴びせられ続ける罵声に私はついに耐えられなくなり、走り出した。逃げよう...でも何処へ?
無我夢中で走った。
ここがどこかも、どこへ向かっているのかも分からない。
声はどこまでも追ってくる。
背後から感じる気配は私に明確な恐怖を与え、振り向くことを許さない。
ひかる:(...助けて...誰か...)
必死の全力疾走は長くは続かず、足がもつれ、私はついに転んでしまった。
ひかる:うっ!...はぁっ...はぁっ...
背後から迫る声。もう足が動かない。
ひかる:もう...だめ...
恐怖と疲労で上手く息ができない...ダメだ...意識...が...
意識を失う寸前。私を見下ろす誰かの影が見えた気がした。
天:...かる...ひかる!!
ひかる:...んん...
私を呼ぶ声に目を開ける。白い天井。どうやらベッドに寝かされているらしい。
傍らには涙を流す天の姿。
ひかる:...天...わたし...
天:うぅっ...よがっだぁ...
どうやらあの後停電はすぐ復旧したのだが、私は意識を失ったまま目が覚めず、水族館の医務室に運ばれていたらしい。
天:...ひかる...ずっとうなされとった。今朝も、その前もずっと。"私じゃダメなんだ..."、"逃げたい..."ってうわ言言って...私には相談してくれへんし、ずっと心配で...
天の言葉にはっとする。悪夢の正体。
___私は、私の弱い気持ちに追いかけられていた。
ずっと聴こえていた誹謗中傷は私の勝手な妄想だったのだ。
度重なるセンターの重圧。頼れる先輩達の卒業。
もちろん周りのメンバーが支えてくれていたし、自分でも無理はしていないつもりだった。
それどころか最近は楽しくやれていた...と思う。
しかし自分が成長すればするほど、比例して求めるものも大きくなる。
完璧を求める余り身体と精神を酷使していたようだ。
良くない癖だと分かっていたのだが、またやってしまった...
ひかる:...ごめんね、今まで話せんくて。
自分でも驚くほどすらすらと、今まで抱えていたことを話した。
未だに自分に自信が無いこと、グループに迷惑をかけたくなくて無理を続けていたこと、そしてそれを天にずっと言えなかったこと。
言葉と共に自然と涙が流れ出る。
申し訳なさと羞恥心で俯く私を彼女は強く抱き締めた。
天:...ひかるは輝いてるよ。どんな時でも。ひかるは私の中の1番や。今までもこれからも。
短い言葉だったが、充分だった。自分に自信がなくても、見守ってくれる人がいる。認めてくれる人がいる...私の心に掛かっていた枷がようやく外れた気がした。
ひかる:...うぅ...ありがとう…天…
もう言葉が出てこない。ただただ私は泣き続けた。
天は何も言わずに私を抱きしめ、頭を撫でてくれる。この時が永遠に続けば、と思った。
ピーター:...感動的な雰囲気に割り込むのは忍びないのだが...
申し訳なさそうな声に我に返る。声のした方を見て、私は目を見開いた。
ひ:...!?
そこにはストラップの姿ではなく、うさぎの姿をしたピーターがいた。彼の身体は眩い光を放っている。
天:なっ...何!?
突然の出来事に2人して唖然としてしまう。
ピーター:...どうやら私の考えは正しかったようだ...
ピーターの身体を覆っていた光はやがて小さな光へと収縮し、彼の額に落ちる。
彼の額にはピンク色のアザのようなものが出来ていた。
ひかる:...桜の...花びら?
彼の額にできたアザは桜の花びらの様な形をしていた。
ピーター:...どうやらこの印が、私の力を取り戻すきっかけになってくれるようだ。2人の強い想い...相手を思いやる絆...それらが集まって出来たものだと思う。
ひ・天:...絆...。
ピーター:そうだ。どちらか一方が相手を守るのではなく、お互いに守り支え合う関係...君達はやはり、"特別"なようだな。
ひかる:…!
そうか、私は天のことは誰よりも思いやっていたと思うし、助けてきた。が、自分から天を頼ったことは1度もなかった。
歳上の自分が守ってあげないと、そればかりだった。
天:...初めて話してくれたもんね。ずっと寂しかったで?私が歳下やから頼りないのかなって...悩んでた...。
ひかる:...ごめんね。こんなに私のこと想ってくれとったのに気付けんかった...ありがとう...。
互いに抱き合う。年齢など関係なかったのだ。
大切な人が困っていたら助け、自分も助けてもらう。
そうして互いの絆が深まっていく。
時には頼ることで、相手を信頼することも出来る。
こんな簡単なことに何故気付けなかったのか。
ピーター:君達を選んで正解だったようだ。私達の世界にはこのような絆...思いやりの心を持つものはいない。皆合理性ばかりを気にして他人に干渉しないんだ。思いやりとはこんなにも尊いものだと言うのに...
彼はしみじみと語る。
天:...これでピーターは自分の世界に帰れるの?
ピーター:いや...残念ながらこれではまだ足りない...少なくとも私が元の姿に戻れるくらいの力がなければ。
ひかる:じゃあ...まだまだ一緒にいられそうやね。
天:ええやん!何か燃えてきた!ピーターを元の姿に戻すでー!
...何かテンション上がってるけど...まぁ、いっか。
彼と出会ったことで私たちは大切なことに気づけたのだから。
それからしばらくすると、水族館の職員らしき人が来て、私はいくつか質問をされたあと、医務室を出た。
天:大変な一日やったわ...。
ひかる:...ほんとやね。
帰りの電車、並んで座った私たちは、今日の信じられない出来事を改めて振り返る。
天:...でもさ。
ひかる:...ん?
天:...やっぱりひかるには私しかおらんってことがよくわかったんやない?
天が満面の笑みで覗き込んでくる。
ひかる:...初めから私には天しかおらんよ?
天:うわーっ!またその上目遣い!卑怯やー!!!
緊張感の解けた私たちはそんな風にたわいもないやり取りしながらいつの間にか眠ってしまっていた。思っていたより疲れていたらしい。
ひかる:...ん...。
目が覚めると、部屋のベッドの中だった。
ひかる:うわ...汗やば...。
どんな夢を見ていたのだろう、来ていたパジャマはびっしょりと濡れている。
ひかる:シャワー浴びなきゃ...。
そう呟きベッドを出る。そこであることに気がついた。
ひかる:...あれ?今日って...
スマホを確認すると、時刻は朝の3時過ぎ。日付は変わっていない。ということは...
ひかる:...夢...だったの?
天:んん...ひかる...?
天が起きてきた。こういうのをデジャヴ、というのだろうか。今朝の記憶そのままだ。しかし...
天:...あれ?なんで私たち部屋で寝てるん?電車乗ってたはずやのに。
どうやら夢ではないらしい。しかし、日付も時間も今朝のまま。天にもそれを説明する。
天:...えっ?じゃあ今までの全部夢だったの?2人で同じ夢見てたってこと?
ひかる:そうとしか思えんよね。不思議...。
しかし、私の心にはハッキリと今日のことは残っている。
曖昧な夢などではなく、間違いなく現実だった。
天:...ひかる...あれ...!!
天がなにかに気づいたのか、ベッドの脇のサイドテーブルを指さした、するとそこには…
ひかる:...うさぎの…ストラップ...!
そこには白いうさぎのストラップがこちらを見ているような形で置かれていた。
___私の胸が高鳴る。きっと天もそうだろう。
天:夢じゃなかったんや...ピーター...
ピーター:もちろん夢ではない。少し時間を巻き戻させてもらった。大切なデートを邪魔してしまった詫びだ。
彼はそう言って、うさぎの姿に戻った。額には桜の花びらの形のアザが2つ並んでいる。
ひかる:なかなか粋なことするんやね。
ピーター:少しではあるが、力が戻ってきた。これからも協力して欲しい。もちろん礼はするつもりだ。
天:えー?お礼なんてそんな...何がいいかなぁ...
ひかる:...貰う気満々やね...でもまずはちゃんとピーターを元の姿に戻してあげんとね?
天:そうやね!これからもよろしく!ピーター?
ピーター:ふふ...君達は本当に不思議だ...出会えたのが君達で良かったよ。
__これがある夏の日に起きた信じられない出来事。
…しかし、これがこれから始まる壮大な物語の序章に過ぎないことを、私たちはまだ知らない__
_____________be continued.
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