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フタリシバイ

___秋の風が少し冷たい日。


仕事帰りの交差点。車道を挟んで反対側。




___君を見つけた。


半年前は2人で歩いていた帰り道。不意の出来事に胸が傷む。


僕の好みでプレゼントしたグレーのコートを羽織り、信号待ちにスマホを見つめる彼女。


◯◯:(...捨てていいって言ったんだけどな...)


未だにそのコートを使ってくれている嬉しさと、理由の分からない寂しさ。


もちろん声を掛ける勇気などあるはずもなく、人混みの中に消えていく小柄な彼女を見つめ続けることしか出来なかった。


部屋へと帰り着き、電気もつけずに座り込む。


___冷静になってみれば一方通行だった。


告白したのも、デートに誘うのも、苦労して考えたサプライズも。




___全部僕の独り善がり。



君はいつも黙って僕の後を着いてきてくれた。君の好みすら聞かない僕に嫌な顔ひとつせず。


だから知らない。


君の好きな音楽も食べ物も趣味も。




___僕への不満さえも。聞いた事がなかった。


今更こんなこと考えても仕方ないと分かっているのに。



彼女の姿と1枚のコートが僕に問い詰める。


『何故別れてしまった?』と。


理由など本当にくだらない。


"彼女の事が分からなくなってしまった"から。


でも今ならわかる。違ったんだ。


僕は"知ろうともしなかった"。彼女の事。



スマホのアルバムを開くと、山の様に出てくる彼女との写真。


消そうと思いながらも1枚も消す事が出来ていない。


◯◯:...やっぱり...可愛いな。


薄暗い部屋でタバコに火をつけ、独り言ちる。



いつもより重たい煙が肺を満たした__


_______________

金木犀の香りが仄かに香る秋の夜道。


交差点の向こう側で彼を見つけた。


最後に見たのは...半年前位だったっけ。


少し髪が伸びたかな。でも、全然変わってない。


相変わらず季節外れの分厚いコートを着ている彼に、懐かしさと、寂しさを覚える。


ひかる:...だからそのコートはまだ早いんやって...


考えもせず口から出た独り言。




___そう、全部独り言だった。


いつも何も言わずに彼の後ろを着いて行った。



彼の好きな音楽、映画、食べ物、趣味。中には私が好きじゃないものもあった。


でも私は黙って受け入れた。


彼に嫌われたくなくて。






__物分かりのいい女のフリをし続けた。



彼がふと腕をまくって時計を見る。私のプレゼントした時計。まだ使ってくれてるんやね。


人混みの向こうへ消えていく彼を目で追いながら、彼との想い出を振り返る。


__ねぇ、違う未来もあったんかな、私たち。


言えなかったこと、いっぱいあるんよ。



ホントは行きたかったデートの行先。食べたかったもの。



__ホントはタバコの臭いが苦手だったこと。










___君の事、ホントに大好きだった事。




今なら、はっきりと言える気がするんよ。


翌日の朝。


クローゼットにしまいこんであったグレーのコートを引っ張り出し、羽織ってみる。


君が似合うと言って買ってくれたコート。もう着ることはないと思ってた。


これ着て歩いてたら、見つけてもらえるかな。


もしかして、声なんかかけられちゃったりして。



そんな淡い期待を抱いて、私は仕事へと向かった。


_________________

2日後。


仕事終わり、昨日と同じ交差点。同じ時間。


彼を見つけた。


昨日は見つけられなかったから嬉しくなったけど、気付いていないフリを貫いた。


人混みの中、周りをキョロキョロと見渡す彼が何だか可愛くて。


そんなに慌てて...私の事探してるんかな?


そんな彼を見つめていると、急に目が合った。


その時の顔があんまりにも面白くて。愛しくて。


人混みで見えなくなるまで、私は彼を見つめ続けた。

________________


君を見つけた日の翌日。


昨日と同じ交差点。街灯の下で、また君を見つけた。


しかし今日は立ち止まり、誰かを探すように辺りを見回している。


◯◯:(...誰か待ってるのかな...)


彼女ははっきり言って可愛い。僕も初めはその容姿に惹かれた。


そんな彼女に新しい恋人がいても何ら不思議ではない。


胸に残る寂しさが更に強くなる。


今日も見かけたらあわよくば声を掛けようと思ってた。


そのコートをまだ着てくれている君なら。



もしかしたら...もしかしたらまだ僕の事...


淡い期待が崩れそうになる。



その時だった___


ひかる:......!!


2車線道路の向こう側、かなり離れた距離にいる彼女と目が合った。


咄嗟にどうすればいいか分からず、僕は彼女の目を見たまま立ち尽くしてしまった。


そんな僕に彼女は...笑った。



口元に手を当て、困ったように笑う癖。



__心臓が跳ねる。


僕は走り出していた。彼女の元へ。


くだらない事などどうでもいい。


僕は君が___


君の事が...まだ___


今度こそ...君を___


突然目の前を遮る人混みを掻き分けながら君の方へ進む。


君のいた街灯の下まで来ると、そこには君の残り香さえなかった。


◯◯:...くそっ...!


辺りを見回しても彼女の姿は見当たらない。


いつもそうだ。気付くのは全部終わってから。


やっと気付けたのに。悪いのは僕だって。


元に戻れなくてもいい。ただ一言、謝りたかった。


◯◯:...ひかる...


弱々しく吐かれる溜息混じりの声。


ひかる:......呼んだ?


◯◯っっっっ!?!?!?!?


突然傍で聞こえた声に振り向くと、すぐ後ろに君が立っていた。


◯◯:...ひか...る...


ひかる:...えっと...その...久しぶり...?


◯◯:...うん...そうだね...


言いたいことは沢山あったのに、何一つ口から出てこない。


そんな僕のコートの袖を少し引っ張りながら、彼女は笑う。


ひかる:...あのね...この近くに..."私の好きなカフェ"があるんやけど...今から...行かない?オムライス...美味しいんよ。


◯◯:...うん...そっか...オムライス...好きだったんだね...


ひかる:...うん!それと...お寿司も好きやし...ホントはタバコの臭いはキライ...それから...


◯◯:...うん...うん...全部聞くよ...今までの分も...全部...


込み上げる気持ちと涙を必死に堪え、彼女の手を取り僕は笑う。




僕たちは今やっと...歩みはじめたんだ。






___今度こそ"フタリ"で。

______________end.


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