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究極の二者択一 Root "H"~選択~

夢を見た。妙に断片的な。


◯◯:ほっ...本日よりお世話になります!よろしくお願いします!


__そうか、これは"彼"が入社してきた時の...


◯◯:...森田先輩...ご指導ご鞭撻の程...宜しくお願いします!


__ひかるでいいよ。


◯◯:えっ...そっ...そんな馴れ馴れしく...


__いいの。ある程度馴れ馴れしくなきゃ一緒に仕事出来ないけん。


そうそう...こんな感じだった。


今思えば、あんまり変わってないな。


初めて一緒に仕事した時も。


初めてミスして落ち込んだ時も。


__初めてキスした時も。


いつも同じ...同じ顔してた。


恥ずかしそうな、困り顔。


そんな顔の彼に何か言おうとした瞬間、夢から醒めてしまった。


ひかる:...ふふっ...好きやなぁ...


独り言ち、時計を見る。まだ支度をするには早い。


私は夢の続きが見られる事を祈って、目を閉じた。



言えなかった"大好き"を言う為に__

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Root"H"

選択
________

あれから約1ヶ月。

僕の日常はさほど変わってはいない。


表面上は。



ひかる:...◯◯くん、ここ...もうちょっと詳しく書いてくれる?


僕の作った書類に目を通し、検閲した後それを返してくれるひかるさん。


いつもなら斜め向かいの席からパソコン越しに渡されるのだが。


◯◯:あ...の...ひかる...さん?


彼女は僕の隣までやってきて僕の肩に顎を乗せ、マウスを持った右手に自身の手を重ねる。


ひかる:...この方が指摘しやすいんよ。ほら...ここ。


間違いの箇所を指し示すポインタはカタカタと震えている。


僕の緊張で。


ひかる:...どうしたん?もしかして具合でも悪い?


そんな訳ないのは彼女が1番分かっているはずだ。


肩に顎を乗せたままこちらを目だけで見るひかるさん。柔らかいほっぺたが当たる感触。


__冗談じゃなく心臓が口から出そうだ。


隣の席の山下さんの視線が若干痛い...ような気もするし。


◯◯:いっ...いえ...大丈夫...です。


ひかる:...集中しなきゃいかんよ?ふふっ...慌てんぼさん...?


そんな僕に構うことなく、ひかるさんは耳元で吐息混じりに囁く。


◯◯:はっ...はい...気を付け...ます...


よろしい、とばかりにゼロ距離で微笑むと、ひかるさんは席に戻って行った。


すると今度は隣の席から椅子ごと山下さんがスライドしてくる。


瞳月:...先輩。ここはもう一段改行した方が読みやすいと思います。


真剣な顔で画面を指差しアドバイスをしながらも、空いた手は机の下で僕の手をしっかり握っている。


◯◯:うっ...うん...そうだね...ありがとう...


瞳月:...困ったらいつでも言ってくださいね?


こちらを見てウインクしながら席に戻る山下さん。


__これが僕の今の日常。


1か月前。僕はひかるさんと山下さんの3人で行った居酒屋で、山下さんに告白されている。

『ウチは優しくて頼りになる◯◯さんのこと...好きです...ウチは..."そういう風に"...見てますから。』


彼女が入社してきた時から、その愛らしい見た目に惹かれていた僕には信じられない朗報だったのだが、嬉しさより驚きが大きく、その場では返事を言うことが出来なかった。






_いや...理由はそれだけじゃない。



その後、ひかるさんを送って行った彼女の自宅で...またしても信じられない出来事に見舞われた。


僕は彼女に...キスされた。


『ライバルが現れたけんね...私も負けんよ...ってこと。覚悟しといてね?』


今でも鮮明に思い出せるシーン。彼女の香りと感触。


"ライバル"とは言うまでもなく山下さんの事だろう。


__どうやら彼女たちはどちらも"僕の事が好き"らしい。



そして僕も...






__"彼女たち"の事が好きらしい。


________________

ざわざわと騒ぐ心臓を抑えつけ、何とか仕事を終えると、スマホが震えた。


ひかるさんからのメッセージだ。




『終わったら付き合ってくれん?今日は2人で』


必死に抑えていた筈の鼓動が一気に動き出す。


あれから何度も3人で食事には行っているが、"2人きり"は久しぶりだ。


僕は『行きます』とだけ返信し、急いで帰り支度をする。


すると背後から


瞳月:せっ...先輩...今日...お時間ありますか?


山下さんに呼び止められた。


◯◯:...ごっ...ごめんね...今日...は予定が...


しどろもどろな僕の言葉に少しだけ沈黙した後、彼女は笑顔を見せる。





__入社したばかりの頃よく見たぎこちない笑顔。


瞳月:...そうですか。ではまたお時間のある時で大丈夫です。


踵を返して去っていく後ろ姿に少しだけ名残惜しさを感じる自分を心の中で殴りつけ、僕も反対方向へ歩き出す。


__待っていてくれる人の元へ。



伝えなければ。僕の気持ちを。

______________

待ち合わせ場所に指定したバーのカウンターに座り、少しそわそわしながら彼を待つ。


いつも行く居酒屋とは違い、小洒落たジャズの流れる店内には私とマスターの2人だけ。


たまには"こういう場所"もいいだろう。


マスター:...お先に...何か飲まれますか?


初老のマスターが問い掛ける。


ひかる:...そんなに強くないやつで。


マスター:...かしこまりました。


別に怖気付いた訳じゃない。


ただ、この間のように今日は酒の勢いに任せたくなかった。


まだ彼にちゃんと言えてないんだから。




『君のことが好き』と。


気恥しかった。何年も一緒に仕事をして、何度も2人きりで出掛けて。


今更"好きでした"なんて言うのが。


鈍感な彼もその内気付いてくれると思ってたし、今の曖昧な関係を楽しんでいる自分もいた。



__しかし。そんな悠長なことを言っていられない緊急事態が発生した。


今年入社してきた女の子。山下瞳月ちゃん。


女の私から見ても飛び抜けて可愛い子。入社初日から社内は色めき立っていた。



__もちろん彼も例外ではなく。


しかも彼は山下さんの教育係に任命され、デスクも隣。


そうして一緒に仕事をする2人の姿が、彼が入社したばかりの頃の私と彼に重なり、私は立場を忘れそうになるほど嫉妬した。





...バカバカしい。この歳になって嫉妬なんて。



彼女は私にもよく懐いてくれているし、頼ってくれている。真面目で熱心ないい子だ。



そんな風に考えたら可哀想じゃないか。



しかしこの気持ちはなかなか目を背けられるものではなくて。



__彼を取られたくない。


その想いだけが日に日に募っていった。




そんなある日。



瞳月:...ひかるさん。お話があります。


就業後急に呼び止められ振り向くと、そこには神妙な面持ちの瞳月ちゃん。


『ついに来た』



直感で分かった。



__彼の事を話すんだな、と。


瞳月:...ひかるさん。◯◯さんのこと...好きなんですよね?



真っ直ぐな問いかけと視線からは逃げられそうもなかった。



でも、その後の彼女の言葉は私の想像とは違った。


瞳月:...実は私も...◯◯先輩の事...好きなんです...だから...ライバル...ですね。


恋敵に向けるとは思えない言葉と顔。


私はいても立ってもいられなかった。



ひかる:...そうやね...じゃあ...正々堂々...勝負しよっか。どっちが選ばれても...選ばれなくても...恨みっこなし。どう?



今思えば卑怯な提案だ。仮にも先輩である私の提案に彼女が反対出来るはずは無いのだから。



瞳月:...わかりました。ひかるさん...やっぱり優しいんですね。私...ひかるさんのことも...ずっと大好きやし...尊敬してますから!



顔を真っ赤にして走り去っていく彼女の後ろ姿を見て素直に思った。



__これは勝てない。と。




しかも先手を打たねばいけないと思っていたのに、先に告白したのは...瞳月ちゃんだった。


その後勢いに任せ彼にキスしてはみたものの、手応えなし。


だから今日、はっきり言うんだ。


『君が好き』だって。


私だって負けてないって...伝えなきゃ。





...本当はこんな大人げないことしちゃダメだって分かっていても。



マスター:...お待たせ致しました。


目の前に置かれたマティーニグラスには、鮮やかなピンク色の液体が注がれている。


私はそれを一気に煽る。少しは不安も飛ぶだろうと思って。


しかし飲みきった後感じたのは違和感。



ひかる:...あれ...これ...


マスター:...ノンアルコールカクテルです。何か大事なお話がこの後あるのでしょう?でしたら平常心の方が良いかと...要らぬ気遣いでしたか?


ひかる:...何故...私がこの後...大事な話をするって分かったんですか?


マスターはグラスを磨きながら遠くを見つめる。


マスター:...こういう仕事をしていますと、本当に色々なお客様を目にするもので...いつからか分かってしまうようになったのですよ...ふふ...当たっていましたか?


ひかる:...図星です。凄いですね。


ぐうの音も出ない。


マスターの経験や人を見る目が本当かは分からないが、顔にまで出てしまっていたんだ。


ひかる:...ふふっ...お恥ずかしい...


被りをふって誤魔化す私にマスターは変わらず微笑みかける。


マスター:...人生とは"選択の連続"です。無数の枝分かれした選択肢から選べるものはひとつ。だとすれば、後悔のないものを選ぶのがよろしいでしょう。差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした......おや?


背後で扉の開く音。


振り向くと、肩で息をする彼の姿が。


マスター:...いらっしゃいませ。


◯◯:はっ...はっ...すみません...遅くなっちゃって...


ひかる:...いいんよ。急にごめんね?


隣に座るなり、ペコペコと頭を下げる彼がおかしくて、愛しくて。


私の鼓動はだんだんと早くなっていく。


マスター:...ご注文はいかがなさいますか?


◯◯:あっ...はい...ええと...


ひかる:...彼にも"同じもの"を。


マスター:...かしこまりました。


私にだけ見えるように少しだけ笑って、マスターは私に出してくれたものと同じピンクのカクテルを彼に差し出す。


彼はそれを一気に煽り、私の方を向く。


◯◯:...ひかるさん。その...


ひかる:...その前にひとつだけいい?


マスターが私たちから少し離れた位置へと去って行く。


◯◯:...え?


少し困惑した様子の彼の目をしっかりと見据え、私は言葉を吐き出した。


ひかる:...まだちゃんと言えてなかったけん。私...◯◯くんの事...◯◯くんの事...好き。だから私と...


言い終わらない内に、彼は私の手を取る。


◯◯:ひかるさん!僕もです。僕も貴女が...好きです。これからもずっと...一緒に...いてくれますか?


ひかる:っ!!!



言葉などでは形容出来ないほどの感情が湧いてくる。後から後から。


私は彼の言葉にただ頷き続けた。何度も。


彼は私を選んでくれた。他の誰でもない私を。


路地裏にひっそり佇むバーには気恥しくて俯くふたりと、遠くで優しく微笑むマスター。


そしてカウンターには、2人して一気飲みした空のグラス。


確かにノンアルコールだとマスターは言っていたはずなのだが、彼の顔は真っ赤だ。


私の顔も、きっと___


______________

◯◯:...ただいまー。


今日も長い一日が終わり、帰宅する。


自分で言うのもなんだが、毎日毎日同じことの繰り返しによく耐えられるものだ。


靴を脱ぎリビングへ入ると、そこには笑う妻の姿が。


ひかる:...おかえりなさい。今日も随分疲れた顔しとる。頑張ったね...よしよし。


目いっぱい背伸びして僕の頭を撫でてくれるこの瞬間、全ての疲れは消える。


ひかる:ご飯出来とるよ?それとも先お風呂入っちゃう?


◯◯:...その前に...ひかるさんをください。


ひかる:ふふっ...相変わらず甘えんぼさん。ほら...おいで?


両手を広げる最愛の妻を抱き締める。至福の時だ。


◯◯:んんん...好きですひかるさん...


ひかる:...んもう...そんな子供みたいに...ふふふ...


昔どこかで聞いた。"人生とは選択の連続だ"と。






__僕の選択は、間違っていなかった。


今この胸の中にあるじんわりとした暖かさ。


僕を抱き締め、笑う最愛の人。


___それが紛れもない、答え。



____________end.

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