君だけを...ずっと。
??:◯◯!何してんの!早くー!
◯◯:あぁ...今行くよ。
数メートル先からこちらに呼びかける人物。
__村井優。幼い頃からの知り合い、所謂幼馴染と言うやつだ。
まぁ"幼馴染"とは言っても、そこまで仲がいい訳じゃない。
僕が引っ越してしまってからは、1年に1度帰省するこの夏の時期にだけ会う仲。
__ただ、それだけの間柄だ。
目の前に聳え立つ無数のビル、眩しすぎるコンクリートの照り返し。目眩がしそうなほどの人混み。そしてこの暑さ。
東京は嫌いだ。
だから大学は地方を選んだ。田舎ののんびりとした生活に憧れて。
待っていたのは想像した通りの静かで穏やかな毎日。
本当は東京になんて帰ってきたくはない。
しかし、両親から『せめて1年に1度くらいは』と苦言を呈され、仕方なく帰ってきているのだ。
__この目の前の幼馴染にも。
優:...何か去年より元気なくなってない?大丈夫?それに...ちょっと痩せた?ちゃんとご飯食べてるの?向こうで友達出来た?
やっと隣に追いついた僕の顔を下から覗き込みながら早口で捲し立てる彼女。
◯◯:そっ...そんなに一気に聞くなよ...大丈夫。ちゃんとやれてるよ。
優:それならいいんだけど...全然連絡もくれないしさ、心配じゃん?
◯◯:...ごめん。
優:...◯◯は私の...大事な人なんだから!忘れないでよね!
◯◯:っっ!!あ...あぁ...分かってるよ。
突然腕に抱き着かれ、何も考えられなくなる。
幼い頃から彼女はずっとこう。
『◯◯の事大事』だの『特別な人』だの...
それこそ幼い頃からずっと同じようなセリフを聞かされている僕じゃなきゃ勘違いのひとつもしてしまう。
__彼女にはちゃんと..."好きな人"がいるのだ。もちろん僕ではない。
...初めて見たのは中学生の頃だった。
放課後の教室で1人熱心に何かを書いている彼女が気になって何気なく覗き込んでみる。
◯◯:...優?何してんの?
優:っっっっ!?
僕の声にバネ仕掛けのように身体を起こした彼女は、慌てて書いていた紙を腕で隠した。マンガみたいに耳まで赤くして。
しかし、僕にははっきりと見えてしまった。
『好きです』
確かにそう見えた。
優:も...もう!いるなら言ってよー!びっくりするじゃん!あは...あはは...
笑いながら紙をカバンにしまい、彼女は立ち上がる。
優:...帰ろ!
聞けなかった。
『誰へのラブレターなの?』と。
高校に入ってからも、似たようなことがあった。
長い進路相談を終え、帰ろうと下駄箱へ向かうと、そこには彼女の姿。
しかし、少し様子がおかしい。
彼女は下駄箱の前に立ち周りをキョロキョロと伺いながらもじもじしている。
遠くてはっきりとは見えなかったが、その手には小さなピンクの封筒。
すぐに分かった。"それ"が何なのか。
僕は何故か身を隠し、彼女をしばらく物陰から観察した。
しかし、結局彼女は"それ"を誰かの下駄箱に入れることはせず大きなため息をつくと、帰って行った。
確信した。
彼女には好きな人がいる。
__そしてそれは僕じゃない。
いつも僕に向けてくれる眩しい笑顔の裏で、誰かを想っていたんだ。
不思議とショックではなかった。
そりゃ好きな人の1人や2人、いて当然だ。
ただそれが
__僕じゃなかっただけ。
そうして僕は高校を卒業し地元を離れ、今に至る。
彼女が"あの後"ちゃんと好きな人に想いを告げられたのかは分からないし聞く気もないが、僕は何となくモヤモヤした気持ちを抱えたまま今この時も彼女と過ごしている。
◯◯:...あんまりくっつくなよ、暑いから。
優:...いいじゃん。1年に1回しか会えないんだし...しかも今日帰っちゃうんでしょ?だったら今日くらい...
さっきまで楽しそうだった彼女の顔が急に曇る。
そう、今日僕はまた、下宿先に帰るのだ。
◯◯:ま...まぁ...そう...だね。ごめん。
優:...ううん、ありがと。
むくれた顔のまま、僕の腕にさっきより強くしがみつく彼女と共に、露店の並んだ通りを歩く。
__傍から見たら、恋人みたいに見えているんだろうか。
だが残念ながら、僕らは恋人などではない。
胸がちくりと痛む。
何故彼女は好きでもない僕にこんな事?
優:あっ!ねぇ!あれ食べよ?
バレないように小さく溜息を吐く僕を他所に、彼女が嬉しそうに指差した先には虹色の綿菓子。
SNS等で人気のアレだ。
◯◯:....あんなでかいの食べられる?
優:2人で食べるの!だめ?
◯◯:おっ...おう...別にいいけど...
上目遣いと少しの期待に負け、随分並んでやっと買えた顔よりも大きな綿菓子。
それを嬉しそうに眺める彼女。
否が応でも鼓動が早まる。
まるで虹色の雲みたいなそれを彼女は少しちぎって口に入れた。
優:んんーっ!美味しーっ!ほら!◯◯も!
指に残った砂糖の残りを軽く舐め取り、僕の分をちぎる彼女。
...もしかしてこれって...そ...その...
◯◯:い...いいよ...自分で取るから...
優:いいの!ほら...口開けて?
またしても上目遣いに押され、黙って口を開ける。
そこに押し込まれるフワフワとした甘い綿菓子。
言うまでもない。彼女が舐めた自身の指先。その指でちぎった綿菓子の欠片...
◯◯(これって...やっぱり...か...間接キス...って事になるのかな...)
またしても鼓動が早くなる。
しかしそんな僕に気付くこともなく、彼女は綿菓子を食べ進め、時折僕に食べさせ...といった感じであっという間に完食した。
優:綿菓子はやっぱいいねー!お祭りって感じ!
◯◯:まぁ...この通りは年中祭りみたいなもんだしな...
すれ違う奇抜な服の人々。カラフルな食べ物を売る屋台。若者向けのヘンな雑貨屋。
__よく昔2人で遊びに来たものだ。
またしても胸が痛んだ。
何故?僕は別に...彼女の事...
そうこうしている内にあっという間に日は暮れ、気付けば帰りの新幹線の時間が近くなっていた。
優:あーあ...あんなに楽しかったのに...もう帰っちゃう...また1年会えないのかぁ...
わざわざ新幹線のホームの入場券を買い、ホームまで着いてきてくれた彼女は名残惜しそうに僕にしがみつく。
僕は困惑と、ほんの少しの期待の入り交じった不思議な感情に飲まれていた。
__彼女の気持ちが分からない。
君には...ラブレターを渡すのも恥ずかしいくらいに好きな人がいるんだろ?
だったら...なんで...そんなに寂しそうな顔...
◯◯:...こまめに連絡するよ。約束する。それに...もう少し帰省の頻度...増やすよ。
優:...うん。
とうとう涙目にまでなってしまった彼女にいても立ってもいられず僕は言った。
ずっと蓋をしていた気持ちを隠す事はもう無理そうだ。
__会いたかったよ、僕だって。
__ずっと大好きだった...君に。
__でも忘れなきゃいけないとも思ってた。
__だって君には好きな人が...
"僕より好きな人がいるんでしょ?"
ホームに響く発車を予告するメロディ。名残惜しいが、行かなければ。
勇気を振り絞って優の頭をそっと撫で、彼女から離れる。
すると彼女は、持っていたカバンから何かを取りだした。
優:...これ。発車したら読んで?
彼女が差し出したのは3通の...手紙?
◯◯:えっ?...う...うん...またね...
涙目で手を振る彼女に詳しく聞く時間は残念ながら無い。
そんな僕たちに構うことなく、車両のドアは閉まり、僕らを隔てた。
動き出す新幹線を小走りで追いかけながら、彼女は必死に手を振ってくれた。
今日1番の胸の痛みが襲う。
__また、言えなかったよ。
__君が好きだって。
意気地無しめ。いくらでもチャンスはあっただろ。
奥歯を噛み締め席に座り、とりあえず渡された手紙を見る。
ピンク色の封筒にはそれぞれ彼女らしい丸文字で1.2.3...と番号がふられていた。
一旦疑問は棚上げし、1の封筒を開ける。中に入っていた小さな紙は書いてから随分時間が経っていたようで、少しくたびれているように見えた。
◯◯:.........!!!!!!!!!
宛名も表題もない、その小さな紙の真ん中には
『好きです』
と小さく書かれていた。
自分でもはっきり分かるほど身体が震えた。
見間違える筈は無い。絶対に。
"あの時"見たものに間違いない。
震える手で2の封筒を開ける。可愛らしい装飾のされた便箋には、彼女の字で短い文章が綴られていた。
『◯◯へ。
ずっと好きでした。
もしよかったら、付き合ってください。
優』
震えが止まらない。信じられない。
恐らく"あの時下駄箱に入れられなかった"ものだろう。
彼女は...優は...ずっと僕の事...
初めに襲ってきたのは後悔。
気付かなかった、いや...本当は心のどこかで気付いていたのかも知れない。
でも、どうしてもそれを認められるだけの自信が僕にはなかった。
次の手紙が最後だ。
しかし、これ以上何がある?
期待と不安に押し潰されそうなまま、3枚目を開く。
『◯◯へ
いきなり手紙なんて渡してごめんなさい。
直接だとどうしても勇気出なくて。
順番通りに読んでくれたならわかってると思う。
私は、あなたの事が好きです。
今までずっと言えなかった。
でも、◯◯が遠くへ行ってしまって
この気持ちがどんどん大きくなって
やっぱりちゃんと伝えなきゃって思ったの。
◯◯は私の事どう思ってる?
嫌われてないといいな。
私と同じ気持ちだといいな。
返事は次に帰ってきた時でいい。
私、待ってるから。
大好きだよ。
優』
目を背けることの出来ない現実。
◯◯:......僕...だったんだね...優...
目を瞑り、仰いだ車内の天井は少しだけ滲んで見えた。
そして僕は座席から立ち上がり、歩き出す。
__やらなければならないことがあるんだ。
もう君を待たせる訳にはいかない。
ずっと大好きだった...君を。
自動ドアを抜け、携帯電話専用スペースに入る。まだ震える手で僕は...スマホを操作する。
そのままそれを耳に当て、聞き慣れた待機音の後。
優『......もしもし?』
恐らく泣いていたのだろう。鼻にかかった声。
僕は1度だけ大きく深呼吸をして、口を開いた__
"僕もずっと...好きでした"
____________end.
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