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【ショートショート】「手紙からの恋」
17歳の男子高校生ともなると、恋愛に興味が出る年頃。僕もまさにそれで、漠然とではあるものの「彼女が欲しいなぁ」と思っていた。友達という友達も居ない。部活をやっているわけでもない。毎日ただ学校へ行って帰宅し、適度に勉強するだけ。ボッチというわけではなく、学校ではそれなりに誰かと会話をする。でも、気を許せるような相手は誰も居ない。だからこそ、誰か特定な人ができたらいいな、それが恋人だったらいいな、そんなふうに思うようになった。
そんな時、手紙を交換できるサイトを見つけた。そのサイトに手紙のような文章を掲載して異性とやりとりをするのだ。相手の探し方は簡単。プロフィールを参考にして、良さそうだと思った相手に手紙を送る。マッチングアプリのような交換日記のような、ちょっと面白そうなサイトだ。文章を書くのは好きだし、面と向かって話すよりもこの方が話しやすそうだなと思い、早速登録。無料で利用できるところも手軽でいい。
プロフィールには嘘もあるかもしれない。できるだけ年齢の近い人を重点的に探したが、最初にやりとりした相手は実は50歳のおじさんだった。女子高生と偽って書いていたらしい。でもすぐに見抜けて良かった。
数名とやりとりをして自然消滅する人が多く、実際に会おうということになった人も居ない。だんだんと、このサイトを利用する意味が見えてこなくなった。そんな時、一人の女子高生を見つけた。プロフィールを偽っていなければ僕と同い年。引きこもりで学校に行けず、毎日、家でネットサーフィンをしているとのこと。友達が欲しくてこのサイトを利用しているとのことだった。彼氏が欲しい、というわけではないようだが、何となくプロフィールに惹かれてその女子高生と手紙サイトのやりとりを始めることになった。
最初は普通のやりとり。簡単に自己紹介。少しずつ自身のことを書き始める。僕は正直に学校での生活や家での生活などを書いた。すると、相手もいろいろと書いてくれるようになった。
他愛のない話も多い。僕は学校帰りに近所のベーカリーで焼き立てパンを買うのが楽しみなのだが、その話を書いたら相手もパンが好きとのこと。「何パンが好き?」「メロンパン」「僕も」「フワフワしていて表面に面白いキャラクターが描いてある」「えっ!僕が買うベーカリーで人気のメロンパンに似ているかも!」「どういうの?」
この手紙サイトでは写真も添付できる。僕はメロンパンの写真を添付した。
すると「私が好きなパンもこれ!」との返事が…。
このベーカリーはテレビでも取り上げられるほどの人気店で、近所の人なら知らない人は居ない。特殊なキャラクターが描かれているので、他店で見かけることもない。この出来事から、その女子高生が近所に住んでいることが判明した。
そうすると会ってみたくなるもの。しかし、相手は引きこもり。無理強いすることはできない。さり気なく聞いてみると、ほとんど家から出られないようだ。メロンパンはよく母親が買ってきてくれるとのことで、自分で買いに行ったことはないという。
しかし、いつか自分を変えたい。外に出られるようになりたい。そんな彼女の訴えに僕はこんな提案をした。「一緒にメロンパンを買いに行ってみない?」僕にとってはかなりの勇気が必要な文章だった。ほぼ毎日のようにやりとりしていた彼女から返事が来なくなったのは、この文章の後から。やはり引きこもりの人には酷な文章だったのだろうか?自己嫌悪に陥る。
1週間後、彼女の返信が手紙サイトに載っていた。「私でも行けるかな…」僕はすぐに「行けるよ!」「焼き立てメロンパンを買って一緒に公園で食べよう!」
彼女からの返事は「うん」
僕たちは待ち合わせをしてベーカリーへ行くことになった。
まず、一歩も外に出られない彼女がどうやって外へ出るのか。これが難問。彼女は何でも母親に話をするようで、僕との手紙サイトでのやりとりも話していた。そこで彼女の母親が協力してくれることに。とりあえず、車でベーカリーまで彼女を連れ出してくれることになった。車になら何とか乗れるらしい。
目印の車種をベーカリーの前で待つ僕。僕の容姿は手紙サイトを通して彼女に伝えてある。そもそも、ベーカリー前で待ち合わせをするカップルは滅多に居ないはず。目印の車がやって来た。母親らしき人が運転している。後部座席に誰かが乗っているようだ。
母親らしき人が車から降りてきて挨拶してくれた。僕も自己紹介。やはり彼女の母親だった。少し時間はかかったが、母親に手を借りて降りてきた彼女は想像以上に美しい女子高生だった。外に出ないからだろう。色白で線が細い。誰かに守ってもらわないと生きていけないような子に見えた。軽く挨拶をして一緒に店の中へ…。心配して彼女の母親も中に入ってきた。目当てのメロンパンを買い、車の中で食べる。「焼き立てパンをすぐに食べるのは初めて」と彼女。「いつも買って帰る間に冷めちゃうものね」と母親。彼女は「とっても美味しい」と微笑んだ。その笑顔を見て僕は自分が恋に落ちたことを実感。恋に落ちる瞬間を自分で感じ取れたのは珍しいことかもしれない。
その後、彼女の母親ともLINE交換をして連絡を取れるようにした僕は、少しずつ彼女を外へ連れ出すようになった。
最初の待ち合わせから半年経った今、彼女はベーカリーと近所の公園までなら一人で出られる。僕たちは定期的にベーカリーで待ち合わせて焼きたてメロンパンを買い、一緒に公園のベンチで食べる。これを今繰り返しているところだ。これがいつしか、学校へ行ったり水族館へ行ったりと、いろんなところへ一緒に行けるようになることが僕たちの目標だ。
直接の連絡先を交換した僕たちにはもうあの手紙サイトは必要ない。一緒に退会した。でも、僕たちを引き合わせてくれたあの手紙サイトはいつまでもなくなってほしくない。僕たちのように、ステキな出会いをどんどん作ってもらえる場所として存在し続けてほしいと願っている。
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