【連作ショートショート】「ツ・チノコ 5」
前回のお話はこちらから。↓
『新種発見!』のニュースをテレビで観たのは、
私がツ・チノコと別れてから11年後のことだった…。
ツ・チノコ。
あれから一日たりとも忘れたことはない。
今頃どうしているのか、いつも考えていた。
ツ・チノコを最初に見つけたあの公園には毎日のように訪れている。
でも、再会することはなかった。
ニュースで観たツ・チノコは
「ツ・チノコ!」
と喋っていた。
まさしく私が一時期飼っていたツ・チノコだ。
20歳の麻莉亜という女性がこれまでのことを話している。
・祖父に飼われていたということ。
・その祖父が亡くなったことで世間に発表することにしたということ。
そして、
・ツ・チノコは祖父が数年前から飼い始めたということ。
…数年前というのは何年前なのだろうか?
私はツ・チノコのこれまでについて知りたくなり、
新聞やインターネットで情報を収集することにした。
情報をまとめると、
・ツ・チノコは私の元を去った後、花梨という女子高生の家で一年飼われていた。
・その後は幼稚園児の双子が居る家で拾われたものの、その家からは一日もしないうちに居なくなった。
・双子の家の後、麻莉亜という子の祖父がずっと飼っていたようだ。
インターネットで調べて驚いた。
ツ・チノコは最初に見つけたあの公園を中心とした
5キロ圏内を移動していただけだったのだ。
つまり、これまでツ・チノコと出会った私たちは
みんな近い地域に住んでいるということだ。
11年間会えなかったことが不思議なくらいだ…。
私が最初の飼い主であったことを名乗り出るべきか…
私は悩んだ。
ツ・チノコは現在、都内の有名動物園で飼われている。
入場料を取って世間にお披露目されている。
できることなら、私はまたツ・チノコと暮らしたい。
しかし、有名になってしまったツ・チノコとはも
う一緒に暮らすことはできないだろう…。
さんざん悩んだが、私は
「名乗り出ない」
という道を選ぶことにした。
休日、私は一人、
動物園で展示されているツ・チノコを観に行った。
妻と二人の娘には
「休日出勤」
と、嘘をついた。
彼女たちは私がツ・チノコと一時期暮らしていたことを知らない。
ツ・チノコとの再会は私一人で行いたかった。
…混雑していて立ち止まってじっくりと観ることはできない。
一人数秒という観覧。
全国からたくさんの人が観覧にやって来ていて、
動物園は連日大賑わいだ。
遠くからツ・チノコの姿がチラッと見えた。
ツ・チノコと視線が合ったような気がした瞬間、
ツ・チノコの目が光った。
そして
「カッ・プメン!」
「ゲー・ムセッ!」
と、私を見て言ったのだ!
その声に多くの観客が
「何、今の!?」
「何か喋った!」
と大興奮。
ただ私だけが涙を流していた。
ツ・チノコは私を覚えていたのだ…。
数秒見つめ合った私とツ・チノコ。
観客に押されて私はその場を離れた。
ツ・チノコ、喋る謎の生物。
『新種発見!』から数年経っても、
その詳しい生態はまだ解明できていない。
ただ、義理堅く人情深い生物である、
という点は判明している。
(了)