【連作ショートショート】「ツ・チノコ」
帰宅途中、近所の公園の横で不思議な生物を見つけた。
一見、ヘビかと思ったのだが、ヘビよりも頭が平たい。
今まで見たことのない生物…もしやこれは『ツチノコ』!?
ツチノコは幻の生物と言われており、未だにその実態は明らかになっていない。
もし、私が最初の発見者になったとしたら、これは大騒ぎとなることだろう。
よく見てみると、まだ生きているようだ。
少し動いている。
素手で触っていいものなのか、ツチノコの生態が分からない私は走ってひとまず家に帰った。
そして、子どもの頃に使っていた虫取りカゴや虫取り網などを持って元の場所へ戻る。
幸いにもツチノコらしきものは、まだそこに居た。
多少は移動したようだが、その歩みは遅い。
もしかしたら、怪我をしているのかもしれない。
虫取り網を使って、そぉ~っと虫取りカゴに入るようにツチノコらしきものを移動させる。
少し時間はかかったが、ツチノコらしきものはちゃんと虫取りカゴの中に入ってくれた。
慎重に家に持ち帰り、自室の中でじっくりと観察をする。
見れば見るほど、よく世間で言われているような形状のツチノコのように見える。
「やっぱりツチノコだよなぁ……」
思わず独り言をつぶやいてしまった。
すると、
「ツ・チノコ!」
と、ツチノコらしきものから返事が!!
…まさか喋るツチノコだとは!!
ビックリしたもののよくよく考えてみるとこれはツチノコの形をしたロボットなのでは?と思い直した。
ところが、
「ツ・チノコ!」
と、またしてもツチノコロボットは声高く言う。
「ツチノコ」と通して言うのではなく「ツ」で一度区切るようだ。
では、我々が日頃から認識しているツチノコとは違うのだろうか?
「失礼」
と言って、私はツ・チノコの身体を素手で触ってみることにした。
感触としては少しヌメヌメしている。
魚を素手で触っているような感じで、何となくオオサンショウウオだったらこんな感触なのだろうなと思った。
…そう。見た目もヘビというより、オオサンショウウオに近いかもしれない。
そして、確実にロボットではないということが分かった。
私がツ・チノコを調べている間に、ツ・チノコは糞をしたからだ。
しかも臭い!
こんな緻密なロボットは現代技術では作れないだろう。
ツチノコではないようだが、新発見の生物であることは間違いないと思う。
私はとりあえず、自宅で飼ってみることにした。
ツ・チノコは「ツ・チノコ」としか喋らない。
しかし、私の言っていることは理解しているようだ。
なので、しつけはとても楽で、日中、私が会社へ行っている間も家でおとなしくしている。
私は一人暮らしなので家族に迷惑をかけることはない。
しばらくこのまま、誰にも知られることなく飼い続けることができるだろう。
餌は何でも食べる。
人間の食べるものも食べるので、私の残りご飯がツ・チノコの餌だ。
あまり食費はかからず、犬のように散歩をする必要もない。
フローリングの上でいつもヌメヌメと動いている。
ツ・チノコを飼いだしてから3カ月が経った。
何となくツ・チノコの元気がない。
それにヌメヌメ感が少しなくなったような気がする。
そんなことを思っていたある日、ツ・チノコが居なくなった。
会社から帰宅したらフローリングの上に居なかったのだ。
私は猫を飼っていたことがある。
どうやら猫用出入口から外へ出て行ってしまったらしい。
私は近所を探し回った。
移動の遅いツ・チノコだ。
それほど遠くには行けないだろう。
そんなことを思いながら、ツ・チノコと出会ったあの公園にやって来た。
何となくここに居るような気がしたからだ。
だが、ツ・チノコは見つからない。
どこを探しても何時間かかっても見つけることはできなかった。
あれから10年が経ち、私には妻と娘が二人できた。
今でも同じ家に住んでいる。
リフォームをして少し広くなった。
猫用出入口はもうない。
あの公園には娘たちを連れてよく遊びに行くが、ツ・チノコに再会することはなかった。
ツ・チノコ=不思議な生物。
今のところ
『新種発見!』
といった情報はない。