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【連作ショートショート】「ツ・チノコ 2」

前回のお話はこちらから。↓

花梨(かりん)は友達数人と近所の公園内を通って学校から帰る。

この日はいつもの通り道に何かが落ちていた。

友達の一人でリーダー格のリナが

「きったねぇモン落ちてる!」

と前方を見つめて言った。

花梨以外の子はみんな見た目がギャルっぽく、口が悪い。

真面目な花梨はあまり一緒に帰りたくないのだが、

一緒の方向の人がクラスに居ないため、

どうしてもこのメンバーと帰らざるを得ない。

リナに続いて

「ちょっとグロいんだけど!」

と、リナの一番の子分である沙羅(サラ)が叫んだ。

その声に花梨も落ちているものに近づいてみた。

それはモノではなく、生物だった。

ただし、どんな生物なのかは分からない。

「なにこれ!動いてんじゃん!!」

リナが悲鳴をあげた。

「花梨、こういうの得意じゃん!どうにかしてよ!!」

沙羅に言われたのには理由がある。

花梨は生物が好きだ。

特にトカゲやワニ、カエルといった、

あまり女の子が好きではない生物。

目の前の生物はオオサンショウウオのような雰囲気に見える。

「あー!これ、あれじゃない?」

リナが得意気に

「ツチノコ!!」

「あーそうだそうだ!ツチノコだよ、きっと!!」

沙羅も頷く。

すると

「ツ・チノコ!」

という声が聞こえてきた。

リナの声でも沙羅の声でもない。

他にも数名の友達が居たのだが、誰一人、声を発していなかった。

「……誰か何か言った?」

リナの問いに全員首を振る。

花梨はこの謎の生物から聞こえてきたような気がしていたが、

何も言えなかった。

リナは

「げっ!もうすぐ『踊ろう大作戦!』の再放送が始まっちゃうじゃん!」

沙羅も

「野田ユウジがカッケーんだよね!」

と、話を合わせて急ぎだした。

二人は今、

夕方に再放送されている昔ヒットしたドラマを観るのが

日課になっているのだ。

リナと沙羅に従って、

他のみんなも公園の出口に急ぎ始めた。

花梨も彼女たちの一番後ろに続きながら、そっと振り向く。

謎の生物はじっとこちらを見ていた。

花梨は公園の出口で左に行くのだが、他のみんなは右に行く。

いつもここでバイバイ。

リナたちの後ろ姿が遠くなるのを確認してから、花梨は一人、

公園の中にダッシュで戻った。

どうしてもあの謎の生物が気になる…。

息を切らせながら元の場所へ戻ると、まだあの生物はそこに居た。

じっとこちらを見ている。

まるで花梨が戻ってくるのを察していたような…。



トカゲやカエルの扱いには慣れている。

オオサンショウウオ(らしきもの)は扱ったことはないが、

そっと両手で抱えて家に連れ帰ることにした。

その間、謎の生物は花梨の腕の中でおとなしくしていた。


家に連れ帰ったことには理由があった。

花梨は10歳上の兄と賃貸マンションで二人暮らしをしている。

両親は花梨が中学の頃に交通事故で亡くなった。

それからは兄が養ってくれている。

兄は近くの大学で働いており、

様々な研究をしている頭のいい人だ。

この生物のことも兄に聞けば何か分かるかもしれない。

そんな期待を胸に兄が研究室から帰宅するのを待つ。


まず、花梨は兄にLINEで謎の生物のことを報告した。

もちろん写真付きで。

「すぐ帰る!」

と、兄からの返信。

本当にすぐに帰ってきた。

研究者の兄から見ても謎の生物らしく、

帰宅後の兄はとても興奮していた。

これまでの経緯を話したところ

「これ、本当にツチノコかもしれない…」

兄のこの一言に

「ツ・チノコ!」

との声が……。

二人は顔を見合わせる。

「喋った……」

二人が「ツチノコ」と言う度に

「ツ・チノコ!」

と答える。

「ツ」で区切るらしい。

「お兄ちゃん、どうしよう……」

花梨がオロオロしだした途端、

「オ・ニイチャン!」

と、ツ・チノコが言い出した。

しかも、兄の方を向いている。

「もしかして、お兄ちゃんのこと、お兄ちゃんって認識したのかも…」

兄は考え込むような顔つきになり、しばらく黙り込んだ。

数分後、

「ツ・チノコは俺たちで守ろう!」

兄は新種発見かもしれないという偉業を捨てて、

ツ・チノコを人間の好奇の目から守ることを選んだのだ。

もちろん、研究者である兄はただツ・チノコを飼うわけではない。

生態を自分一人で研究するつもりだ。

「ツチノコっていうだけでも大騒ぎになる。

それが喋るツチノコともなれば日本中、いや、

世界中からたくさんの人が集まるぞ。

実験材料になってしまうかもしれない。」

その言葉に花梨も納得。

ツ・チノコが解剖されたり、実験されたりするのは可哀想…。

兄の言うとおり、二人で密かにツ・チノコを飼うことに決めた花梨は、

早速、ツ・チノコに自己紹介をした。

「花梨です。よろしくね!」

「カ・リン!」

と、ツ・チノコ。

どうやら最初の一文字で区切りながら喋る生物のようだ。

こうして、兄と花梨とツ・チノコの生活が始まった。

ツ・チノコは何でも食べる。

大好物はカップラーメン。

なぜ、こんなジャンクなものを食べるのか?

どこかで食べたことがあるのだろうか…。

花梨は不思議でならない。

兄は日々、研究を続けている。

兄によると、ツ・チノコは花梨たちの元へ来る前にも人に飼われていた可能性が高いという。

カップラーメンがその証拠だ。

しかも、ツ・チノコは、兄がカップラーメンを食べているのを見て

「カッ・プメン!」

と言ってきたのだ。

どこかでカップラーメンを食べている人を見て覚えた言葉なのだろう。

「前の飼い主はカップラーメンばかり食べていたんだろうな。
きっと、一人暮らしの若い男性なんじゃないだろうか…。」

兄の推理はよく当たる。

花梨もきっとそうなのだろうと思った。

元の飼い主が探しているかもしれない。

花梨はその後、何度も公園内をうろついてみたが、

何かを探しているような人と出会うことはなかった。

ツ・チノコは畳の部屋よりも床の上が好きだ。

特にひんやりしているところが好きで、

エアコンの冷風が当たりやすい床の上によく居る。

一日中そこに居る。

特に世話をする必要もない。

花梨が世話をすることといえば、糞の始末くらいだ。

花梨たちがツ・チノコを飼い始めて半年が経った。

ツ・チノコはいくつもの言葉を習得し、

どんどん知能指数が高くなっている。

学習方法は主に兄と花梨との会話だ。

二人の会話に出てくる言葉をどんどん習得している。

花梨にとって、ツ・チノコはもう立派な家族の一員だ。

しかし、時折、寂しそうな顔をすることがある。

最近は、リビングの大きな掃き出し窓から外を眺めることが多くなった。

前の飼い主が恋しくなったのだろうか。

前の飼い主のことを問いかけてみても

「カッ・プメン!」

「ゲー・ムセッ!」(ゲームセットのこと?)

しか言わない。

これらの言葉から想像すると、

やはり前の飼い主はカップラーメンが好きでゲームばかりしている

若い一人暮らしの男性だったのではないか。

兄も花梨もそう思っている。

ツ・チノコが来てから一年が経ち、季節も一巡した。

いつもの公園内をいつものメンバーで帰る。

リナが

「ねぇ、去年の今ぐらいにさぁ、ここらへんに変なの落ちてたよね?」

と言い出した。

沙羅が

「あー、あったねそんなこと!グロかったよね~!」

周りの友達も思い出したらしく頷いている。

「あれ、どうなっちゃったんだろ?」

リナの問いかけに

「さすがに死んだでしょ!」

と、沙羅。

……いや、あれから一年、ツ・チノコは元気に我が家で生きています…。

そう答えることのできない花梨。

元気……なのか!?

最近は元気そうに見えないツ・チノコ。

あれから一年。

ツ・チノコはどのくらい生きられる生物なのだろうか?

その点はまだ兄も研究できていない。

そんな出来事があってからしばらくして、

突然、ツ・チノコは居なくなった。

あっさりと。

マンションのどこから抜けだしたのか、全く分からず。

ベランダから落ちてしまったのかと

ベランダ下の花壇などを探してみたが見つからず。

兄がよく玄関ドアを開けっ放しにしているため、

隙間から出てしまったのかもしれない。

マンションの共通出入口は管理人も居ない。

オートロックだが、誰かが開けた時に

スルッとツ・チノコなら出ていけるかもしれない…。

兄も花梨もしばらく落ち込んだ。

ペットロスのような感じ。

どこから来てどこへ行ってしまったのか。

ツ・チノコ。

実態を解明できないまま居なくなってしまったことに対しても

兄はガッカリしている。

花梨はとにかく

ツ・チノコが良い人に拾われて幸せに生きていてくれればいい。

ただそれだけを願っているところだ。


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るみ♪
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