禁断の三国志 topsecret threekingdom

第二話 王佐、闇に堕ちる 後編


「何を飲ませたっ⋯⋯」

 床に突っ伏しながら、呂布ら迫り来る男を睨みつけた。声も満足に出せない今は、それが最大限の抵抗だ。
 
 王允は問いに答えず足を止め、呂布が普段使う牀褥の枕元に目を向けた。
 鞘から刀身が僅かに顕になった短刀、寝込みを襲われないよう、つねに傍に置いているのだろう。
 枕元に立った王允は、片手でそれを持ち上げた。
 さすが呂布が使うだけあって、柄も刃も重量感があり、老体には持つだけでも苦労だ。

「李儒が皇后や帝に飲ませた毒⋯⋯」

 ようやく王允が答えると、呂布の顔がみるみる青ざめ、恐怖で瞠目した。 

「ち、鴆毒ちんどく⋯⋯王允⋯⋯」

 鴆毒とは、李儒が皇后と先帝である少帝弁に飲ませたとされる毒だが、その存在は実証されていない。
 予想通り顔を強ばらせる呂布を、王允は鼻で笑う。

「まさかあの猛将がこれほど恐れてくれるとはな。安心しろ。そんなもの使っていない。ただの痺れ薬だ」

 鞘を外し枕元に放り、短刀を持って王允は呂布に迫った。
 痺れ薬だと聞いて安堵の様子を浮かべた呂布だが、王允の手に握られた白刃が蝋燭の火に照らされ、刀身に自分の姿が写ると、また顔を引き攣らせた。

 王允は呂布の上に跨ると、仰向けにさせ、身体を大の字に開かせた。

 本来の呂布であれば、右手1本でも動けば、この異常としか思えない老人の首を掴み、絞め殺すことができた。
 だが今は、手はおろか指の1本すらも満足に動かせない。徐々に指を閉じることは出来るが、腕を持ち上げることはできない。

「俺を⋯⋯その短刀⋯⋯で⋯⋯殺す⋯⋯か?」

「まさか、そのつもりなら最初から酒に痺れ薬など混ぜん。死に至る毒を飲ませておる」

「な⋯⋯なら⋯⋯なにを⋯⋯」

 王允は虚ろな目を、呂布の整った顔から下腹部へ向けた。
 目的のためには、腹に巻いた帯が邪魔だ。
 王允は帯と着物の間に指を入れ隙間を作ると、そこに刃を当てた。
 帯は紙を割くように容易く切れ、続けて着物の裾を切り、手で引き裂いた。

 乗馬で鍛え上げられた呂布の足を辿ると、犢鼻褌たふさぎだけになった下腹部が現れる。
 王允は用済みになった短刀を放り投げると、躊躇無く犢鼻褌を両手で掴み、勢いよく脱がせた。

「き⋯⋯きさまっ」

 あらんかぎりの怒気が込められた声も、王允の耳には微かに入る程度だ。
 王允は呂布の声無き憤激を無視すると、机に転がっていた筆を偶然目にした。

「以前妙な噂を聞いたことがあってな」

 下半身をさらけ出した呂布の前から、筆のある机へ移動し、手にする。
 それほど太くもなければ、決して細くもない、文書を認めるにはちょうどよい大きさのそれを持って、呂布の元へ戻る。

「なぜ皇帝宏が張譲などに逆らえなかったのか。それはあの男が皇帝の恥部を握っていたからだと、口々に噂する者が現れた」

 大柄な呂布の身体と床の間に手を挟むと、王允は全身に力を込めて、横向きに寝かせ、左手を骨盤に添えた。

「ではその恥部とはなにか⋯⋯皇帝が悪事でも働いたというのか、そしてそれを張譲が目にしたというのか。いいや違った」

「お、おい貴様っ!」

 掠れた声で呂布は抵抗の声を上げる。
 王允が握りしめた筆の冷んやりとした尾骨の部分が、呂布の菊紋に触れる。
 骨の髄まで震え上がる悪寒がしても、身体は大した反応を示さない。
 ただ呂布の顔だけは、怒りなのか恥ずかしさなのからか、炎上した洛陽のように赤く染まっている。
 
 呂布の額に汗が滲む。王允が語る噂は、呂布も耳にしたことがあった。
 ただ以前は興味がなく、真剣に耳を傾けることはなかったが、今やっと、張譲の行動原理が理解出来た。

「張譲は奪ったのだ。皇帝から男としての⋯⋯いや、人としての尊厳を」

「んんっ!?」

 言い終えると同時に、呂布の菊紋に筆の柄が突き刺さる。
 
 中ほどまで刺さった筆を、王允はじわじわと円を書くように回した。 
 体中が異物によってかき混ぜられ、呂布は感じたことの無い感覚に困惑していた。

 屈辱⋯⋯その言葉でしか表せない感情が呂布の脳内を支配するが、それと同時に、自分がこの恥辱に快感を覚えていることに気がついた。

 臀部に感じる不思議な快感⋯⋯もがく事も出来ない呂布は、唇を噛み締めたまま、必死に抗おうとした。

「聞いたことがあるか。宦官は性的な快感を得るため、尻穴を使うそうだ」

「そ、それがっ⋯⋯くぁっ」

「どうだ、官能は沸き立つか?」

「だ⋯⋯だまれ⋯⋯」

「ふっ⋯⋯常に弱者を睥睨するその眼も、今は儂の慈悲を期待するしかないようだな」

 筆がさらに奥まで突き刺さる。
 筆の見えている部分が短くなるのと対照的に、呂布の股間にぶら下がった陰茎は長く逞しくなっている。

「どんな気分だ。身体に力が入らぬのに、その部分だけ固くなる様は」

 嘲笑しながら王允は、筆を回す手を早める。

「がっ⋯⋯んっ」

 呂布は気力を振り絞り、頭上に手を伸ばして這いつくばってでも逃げようとするが、手は力無く床を滑るだけだ。
 
「こ、殺してやる⋯⋯王允⋯⋯」

「よいのか? 儂はこの後、貴様の麻痺が解ける前に屋敷へ戻り、この事を従者に伝えるぞ」

「なんだとっ!?」

「たとえ貴殿でも、儂の従者全てを皆殺しにするのは不可能だ」

「くぁっ⋯⋯な⋯⋯何が望みだ⋯⋯」

 王允の手が止まる。
 呂布は部屋の入口を縋るように見たが、人どころか鼠の気配すらない。
 暗闇が広がる外に助けを求めるのは、声もまともに出ない今では不可能だった。 
 
 王允は呂布の器に残った漬物を指で摘んで食べた。酒にも手を伸ばしかけたが、痺れ薬のことに気づいてやめた。

「儂の願いはひとつ⋯⋯あの逆賊を滅ぼすのに力を貸せ。さすれば我が娘貂蝉も貴様にくれてやる」

「くっ⋯⋯そ、それは⋯⋯おぉっ!?」

 前立腺への刺激が再開され、呂布は刺激に反応して仰け反った。
 
(まさか⋯⋯もう薬が⋯⋯)

 呂布のような大男の動きを止めるには、薬の量が足りなかったのか、慌てた王允は勢いよく筆を上下に反復させ始めた。

「がっ⋯⋯あぁっ⋯⋯ああっ!?」

 筆が菊紋を出入りする度、呂布の息は荒らげ、快感が波のように押し寄せた。

「わ、わかった⋯⋯董卓は⋯⋯、お、俺が殺す⋯⋯お前達に協力⋯⋯しよう⋯⋯」

「まことか?」

「ああ⋯⋯んぐっ」

 約束の言質が取れたなら、この狂気に満ちた行為を続ける必要は無い。
 筆を呂布の中から抜くと、体液がついた筆を放り投げた。

 自分は一体何をしていたのか。
 冷静に向き合うと臓物がまろびでる気がしてたまらない。
 今すぐにでもここから立ち去りたい。下半身を顕にしたまま倒れる呂布を一瞥し、慌てて服を整えながら立ち上がった。

「ま、待て⋯⋯」

 突如、呂布の身体が反転し、右手が王允の足首を掴んだ。
 
(もう薬がっ!)

 王允は急いで引き剥がそうと足を引くが、呂布の握力の前には無力だった。
 しかし呂布もこれ以上動けないのか、立ち上がる気配も、王允を引き摺り倒す気配もない。

「このまま⋯⋯帰る⋯⋯つもりか⋯⋯」

「は⋯⋯?」

「こんなっ⋯⋯生殺しにして⋯⋯帰るつもりかっ!」

「⋯⋯⋯⋯」

 
 

 その後、寝室から一晩中聞こえる男の喘ぎ声に恐怖し、ひとりの女中が実家に帰ることになった。

 彼女は猥談の語り手として絶大な人気を外したが、それは呂布と王允がこの世を去ってからの話だ。

 

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