オタクの妊娠 エピソードエイト





妊娠中期も後半に差し掛かり、自分の状況に慣れてきたのか、比較的穏やかな日々が続いた。毎日無理の無い程度の仕事と家事をし、駅では電車が来るまでは基本ホームの椅子でゆっくり休む。外で歩いてるときは疲れたらとりあえず立ち止まる。椅子があれば座る。を心がけた。会社は外出がほぼなくなってその分ずっと座りっぱなしになり、それはそれでキツかった。15時過ぎから徐々に疲れがでてきて、仕事が終わる頃にはお腹の張りがまあまあ。横になれたらいちばんいいけれどなかなかそうもいかない。時短にしようかなと思わなくもないが、あと少しだからもうちょっと頑張ろうと言う気持ち。エッセンシャルワーカーゆえにリモートができないのは本当に痛い。比較的穏やか、といってもやはり妊婦なので、妊娠していないときと比べればしんどさは天と地ほどの差がある。



家では夜ごはんは配偶者がいるときはお任せして、いない時は本当に簡単なものを作るか買って帰って、お風呂とご飯を済ませたら主にベッドに横になりながらのんびり過ごした。夜中に中途覚醒することは度々あるけれど、前まではあったそういうときに感じていた怖さは無くなった。気持ちが多少ブレても「乱れてきてるけど、体の仕組みだから仕方ないんだ。」と思えばちょっとだけ落ち着いた。悲しいことや嫌なことを思い出しても、切り離して考えられるようになってきた。



26週の妊婦健診では、糖の負荷検査というものを行った。法事で出てくる烏龍茶とかオレンジジュースみたいな瓶入りのサイダー的飲料を1本飲みきる。1時間後に血液検査をしますと言われ、一旦待合室に放流された後通常の検診同様診察室に呼ばれてエコー。赤の成長はとても順調。もう1キロくらいの重さはあるようで、今日もうにょうにょしていた。今日はお腹の方を向いて仰向けになってますねと言われた。自由そうでなによりだ。次回検診時、妊娠後期に入るタイミングで心臓等の大事な臓器をエコーで詳しく診てくださるとのこと。もう既に逆子ではないと言われちょっとだけ安心した。頭が上にある状態である「逆子」が出産直前までなおらない場合は帝王切開になるとのこと。またもや恐ろしシステム。とはいえこの時期に逆子でも、まだ子宮内に余裕があるのでそのうちくるりと下を向いてくれることが多いらしい。



それからきっちり1時間後に採血し、血が止まるまでの間妊娠後期への心構えを助産師さんから伝えられる。これから血液量はピークになり、心拍数も最大になるから動悸や息切れなどの症状がみられることもあるとのこと。最悪である。変なシステムに拍車がかかるらしい。また、お腹の張りはこれからも頻度が増えるけど、それがあまりにも長く持続したり、痛みや出血が伴う場合、尿漏れではないような異常な水が自分の股から排出された場合(尿漏れでなければ破水らしい)はとにかく電話して相談してほしいと言われる。早産はもちろん怖いが、1年に数ケースしかないけど、早期胎盤剥離という胎盤が早く剥がれてしまう恐ろしいケースがあり、その場合は母体と胎児に重篤な合併症が起きる可能性があるとのこと。とにかく無理はしないでねと優しく言われる。翌日新幹線に乗る旨を話し、基本的には疲れたら休んでくれれば特に制限はないと返答があった。何をするにしても、とにもかくにも無理は禁物ということだ。


翌日、来月に控えた里帰りの準備の為の1泊2日の帰省の日をむかえた。一応新幹線の座席はトイレのすぐ近くを予約した。ちなみに行きからいきなり人身事故で新幹線が止まり、かなりの時間を車内で過ごすことになった。初手から大ダメージ。エコノミー症候群にならないように足をあげたり無理ない程度で立ち上がったりして気を付けた。問題なく地元の駅に着き、改札で待っていた母親と合流。お茶をしてから母親の家に行った。わたしは産後すぐ2週間くらいは母と母の配偶者が暮らす家に滞在する予定のため、必要物品や物の位置などを確認した。母の配偶者にも改めてご挨拶した。



その後母に実家まで送ってもらった。病気が超悪化し、3日後に検査入院予定の余命が短くなったっぽい実家の父はしんどそうながらものんびり暮らしていた。お土産を一緒に食べながら今後のスケジュールについて話し合う。来月里帰りしてからすぐに10日ほど父は入院予定。その為その期間は母親や近所の人、兄が家に来てお手伝いをしてくれるとのこと。それ里帰りの意味ある?と思うかもしれないが、出産予定の病院にはどちらにしろその時期には通院を始めなければいけないし、本来であれば産休前の期間なので家でゴロゴロしている分にはひとりでもそこまで危なくないだろうという楽観的な判断である。それに父親のいない間の猫の世話もしてあげたいので良し。



里帰り準備として、自室とリビングの掃除機がけ、クイックルワイパーがけを休み休み行う。カーペット類もコロコロで綺麗にした。帰省前に父と共同で購入した空気清浄機もついているし、換気もマメに行っているからかそこまでアレルギー反応は出なかった。鼻水は出るが、苦しくなるほどではない。そのままリビングで夜までゆったり過ごし、その日は今までどうやってこれで寝てた?レベルで暑いクーラーのない部屋で扇風機をフル稼働し気絶するように眠った。



翌朝の目覚めはまあまあ悪かった。新幹線での移動の疲れもある上、ベッドが固すぎる。古いからスプリングもギシギシ言う。敷布団をプラスで敷いた方がいいかもしれない。でももしかしたら今家で使っている抱き枕で何とかなるのかもしれないので要検討。カーテンとシーツを全部剥がして自室の扉を開けると、猫が待ち伏せしており朝ごはんをねだられてかなり癒された。その後父親を起こして車を出してもらい、コインランドリーで剥いだカーテンとシーツ、父のシーツ等を大型洗濯機でぶんまわした。待ち時間は優雅にコメダでモーニング。父親はテレビっ子のため、Aぇやなにわのメンバーについて結構知っており、今度こんなドラマにでるよ~、パパが好きなシリーズの映画に出るから機会あれば観に行ってね等、意外にもアイドルの話で盛り上がった。わたしが妊婦の癖にコンサートに行ったよと話すと「すごいやん」と笑っていた。帰省したらめちゃくちゃコンサート映像を流すよと伝えると「それは別に好きにしろ」と言っていた。昔からAKB48とか流してたし問題ないらしい。帰りはゲリラ豪雨に見舞われたが、コインランドリーで雨よけのカバーをもらえて助かった。



その後は兄がプロポーズ成功したらしい彼女を実家まで紹介しに来てくれたので祝福し、ついでに里帰り中に家の掃除を一緒にしようと勧誘しておいた。配偶者が来る時に泊まる部屋として兄の部屋を確保したい為だ。面倒だろうけど頼れるものは何でも頼りたい。そのまま夕方までのんびりすると、最終的には咳やくしゃみがまあまあ出るようになっていた。猫アレルギーは許容範囲内で発症することがこの2日間でわかった。本帰省したら毎朝出来る程度の換気と拭き掃除をして、寝る前に猫をブラッシングしてお風呂に入ることをルーティンにして、自分の部屋は泣く泣く猫を出禁にすることとした。起きる頃に枕元でにゃーにゃーとご飯をねだられるのが好きだったけどまあ仕方ない。帰りは父親に駅まで送ってもらい、新幹線でうなされながら帰宅。なぜか悪夢を見て汗だくになった。余談だが駅弁に箸が入ってなくてめちゃくちゃガッカリした。



妊娠時はアレルギー反応が普段よりも顕著に出るケースがあるらしく、一応その不安の解消のための一時帰省だったが、そこまで顕著な反応は出ないこともわかり、今後の話を家族とゆっくり出来て、わたしの様子が気になってたであろう家族に元気な姿を見せられ、産院の確認も出来た。移動は大変だったけど来てよかったなと思った。早めに帰省するから正門の舞台は断念したし(その頃は9ヶ月だからそもそも気持ち的にもちょっと行けない)満を持して帰ろうと思う。実家の家族と長い時間を過ごす最後のチャンスだろうから変なシステムに抗いながら楽しみたい。つづく。




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