オタクの妊娠 エピソードセブン





この夏1回目のコンサートから7日。2回目のコンサートから2日。朝起きると喉がやられていた。あれだけ対策かどうのとウダウダ言っていたのにもかかわらず普通に風邪を引いた。会社の隣の席の人が1週間くらい咳をしていたからそれもある気がする。熱はなく喉の痛みのみだったので市販のアズレンスプレーという妊婦でも使える喉スプレー、トローチや龍角散で対応。トローチも龍角散もおいしくて大好き。仕事は難なく終わったが夕方になって微熱があり、お粥を食べて早めに寝るぞと意気込むがお粥を戻してしまう。妊婦生活二度めの嘔吐がこことは思わなかった。胃がびっくりしていた。赤に栄養がいかないのは困るから落ち着いてからバナナを食べる。その日はぐっすり眠れた。



目覚めると何となく倦怠感は残っているが発熱はなし。抗原検査は2回して2回とも陰性だったため通常通り仕事へ行った。午前も午後も結構歩く仕事。喉の痛みはじんわりと継続しており、夜に予定していたフォロワーとのヒプステのライブの同時視聴会をキャンセルさせてもらう。本当に申し訳ない。できる予防は徹底して7ヶ月をむかえるまで体調を崩していなかったけれど、妊婦は本当に免疫力が皆無だった。



翌日も熱はなく喉も比較的落ち着いていたが、昼頃からお腹が張ってきた。痛みはないが、突っ張る感じ。休み休み仕事をするように心がけたけど、この日も午前午後と歩く必要がある依頼の対応中だったためにしっかりは休めず。そのまま大して良くなることはなく、何となく気になったので仕事終わりに一応産婦人科に電話し指示を仰ぐ。痛みはないことは伝えたが、念のためと受診を促され配偶者に車を出してもらい時間外で受診した。内診の結果、子宮口はしっかり閉じており頚管長は43mmと概ね良好な数値。特に問題ないが、少しよくなったとは言え長時間にわたる張りが気になるとのことでウテメリンという張り止めの薬を処方され様子を見ることになった。1週間くらいで一応経過見せてとのこと。この薬、副作用に「動悸、頻脈、振戦、吐き気」などヘビーな症状が連なっていて、飲んだら30分から1時間は安静にしていた方がいいとの指示でドキドキしながら飲んだが、特にそのような症状があらわれることはなかった。ホッとした。ひどいと入院措置になりこれを24時間点滴することになるらしいので、もしかしたらそういった場合で出やすい副作用なのかもしれない。服薬してからは張りは休めば収まったり、また動くと張ったりといまいち良くなった感じはしなかった。そう言えばコンサート前日まで張りがあるなと思ってここにも書いて先生にも言ったんだったと思い出した。赤が大きくなってる最中だし、胎動もすごい。胎動でも張るらしいし、それも原因のうちだと思う。毎日からだが変化する。この妊娠期間、じぶんのからだはじぶんのものと思わない方がいいのかもしれない。



翌日から喉の痛みがぶり返す。恐らくウイルス性のターンが終わり細菌性に移行したものとみられる。声がガサガサになり喋るのが難しくストレス。熱や鼻水は一切なし。免疫が落ちすぎて細菌に勝ててないらしい。弱すぎ。そしてそんな状態のわたしを見て、仕事や家事をそこまでセーブせずにやっていることについて配偶者からここではじめて言及がある。今きみは普通じゃないのだから、と。日中そこまでつわりもなく元気だったからやりすぎたなと私自身も反省し、会社にて上司に相談した。バランスを崩したら怖いので自転車に乗れなくなってからは毎日のように15分ほど歩いてお客さんのところに行っていたりしたが、今後そういったことは難しいだろうと話す。基本は事務仕事に移行の方針。家事もこの1週間くらいは基本配偶者が担当、重い荷物を持つのは本当によくないようで、仕事帰りの買い物はもうひとりでしないでと念を押される。「これに関しては俺が気が回らなかったよ、ごめんね。」と謝られ、こちらこそ不甲斐ないと謝ると、「こどもの事はふたりの事だから頑張りすぎなくて大丈夫。」と返される。それもそうだ。仕事は管理者という立場だし、新人が増えてやることが多かった。家事も今まで生活が不規則な配偶者よりは自分がするのが当たり前だ、と勝手に思い込んでやってきたが、配偶者に言われた通り、「自分は今"状態異常"なんだ」とわかっていたはずの認識を改めた。赤、ごめんね。



とは言え暇だと困る。わたしは夜眠れないのが怖くて休みの日は外出したり、家事をしたりして気を紛らわしていたふしがある。

画質低めの拾い画だがこの神崎になった。
やることがないと困るのである…!

でもそんなことは頑張って腹の中で育とうとしている赤には関係ない。赤を留めておくためにもわたしは極力休まなければいけないから、と読み終えた漫画やNetflixで配信になったWE ARE!(STARTO社全体コンサートの配信映像)をみたりして土日の日中を主にベッド上で過ごし、夜は喉の違和感もありややパニックになりながら家の中で踏ん張って過ごす。配偶者は仕事しながらわたしのケアもして大変だと思うが、もしかしたら夫婦ってこういうものなのかもしれない。自分本意かもしれないが。仕事もわたしができなくなったことで他のひとがてんやわんやで、かといって何か出来る訳でもないから、すみませんと言う他無かった。誰もわたしを責めることはなく、とにかく休んでねと言ってくれた。歯がゆいものだった。



今回わたしはそこまでではなかったが、お腹の張りがもっと強かったり出血したり、子宮口が開いてしまったりという、もしかしたら産まれてしまうかもしれない「切迫早産」は、名前が怖すぎて重大な病気のように感じるが、聞くと5~7人にひとりの妊婦に起こる、想像よりも身近なことらしい。職場の経産婦たちも2/3に経験があり、ひとりは3人産んで3人ともそうだったと話していた。「普通の動き」をしてしまうと、こうなる可能性が高いということらしい。まあ、ならないひともいるのだけれど。切迫流産で初期のうちから産まれるまで入院しっぱなしだとか、わたしのように中期に急にお腹が張り出したパターンで受診し絶対安静→職場に復帰できずそのまま産休まで自宅安静、というのも少なくはないらしい。リスクを減らすためにも社会全体で妊娠が発覚した時点で基本的には仕事はもうお休みというシステムに変更した方がいいのではないだろうかと思うレベル。退職を選択できるひとは限られているし。妊娠が男女ランダムだったらどういうシステムになっていたのかちょっとだけ知りたい。



今回少し休む時間を与えられ、家ではゆっくり過ごすようになって、配偶者が家事をする姿をみて何だかやっと「こどもの事はふたりの事だから」という配偶者の言葉の意味を本当に理解できた気がする。何となく全部わたしひとりでしようとしてたなと思った。実際、負担になりたくないな。そうできたらいいな。と思ってたのもある。でもそれじゃ何の意味もない。それこそ自分本意だ。いろんな理由でひとりでがんばる妊婦さんもいらっしゃるのだろうけど、わたしには助けてくれる配偶者がいるし、仕事も調整ができる環境なのだから、甘えないのは損だし、なにかあったとき全員が悲しむ。それをちゃんと心から理解した。ここまでお腹が大きくなったのに、どこか他人事だったような気がする。少なくとも家族を蚊帳の外に置くべきではない。正直オタクとしてやりたいことをやりつくして(全然まだやりたいが)、やっと向き合えたのかもしれないなと思った。ぜんぶの存在にありがとうと思った(スピリチュアル)。



一応1週間後みせに来てと言われていたので、極力の安静の後、指示通り産婦人科へ。子宮口は閉じているし、頚管長さも40㎜以上あるから早産の兆候は見られないとの事。頓服で張り止めを出すので気になる張りや痛みがある場合は飲んで安静にするようにと指示。あれ以来張っても休めば治っていたので大丈夫だろうとは思っていたが、先生のお墨付きをいただけて安心した。コンサートもいっちゃったし…という少しの罪悪感?もあって少し大袈裟にしてしまった部分は否めないが、妊娠時期は小さい不安も潰していくのが大事だと思うし、安静にするための心構えができたので、ヨシ。(❓️)前回は時間外だったから無かった支払いなどもまとめてした。このお薬は保険適用で助かった。



というかそもそも妊娠は病気じゃないからというが、補助が出るとはいえ妊娠関連のほとんどが保険適用外なのは本当に気に入らない。腹立つ。こどもを産んでほしいと言うのなら絶対に絶対に今すぐ保険適用にするべき。仕事柄、使わない湿布や鎮痛剤を大量に溜め込んでいる老人をみるたび、やるせない気持ちになる。ていうか政府支援の婚活とかより絶対にこっちだろ。変なシステムなんて言葉で括りたくないなと唐突にイラついたので一応記しておく。今回たくさんの事を学んだので、わたしは社会のめちゃくちゃさを一旦見て見ぬふりしてほどほどに動き赤を慈しむことにする。



次回、今度こそ多分里帰り準備のはなし。


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