オタクの妊娠 エピソードスリー




梅雨の妊婦は辛かった。個人差もあるだろうが、既に言及したが、雨の日は頭痛が重く、その上眠気も凄まじかった。しかしそれを上回るくらい、夏の妊婦は辛い。妊娠前より多分汗をかいている。当社比胸が大きくなってその辺に汗をかくのが面倒だし、17週くらいから徐々にお腹が膨らんできて、それを支えるためにコルセットのようなものを着けているのだが、もうそれがなんせ暑い。なのにクーラーの風は辛い。そもそもつわりが終わったとはいえ体はだるいし疲れやすい。もう何重苦かわからない。


暑さを堪え忍びながら18週に入った頃、5月に注文した「Aぇ! groupはぴぬい 正門良規(15センチくらいのぬいぐるみ)」の発送通知が来た。ちょうどその時にお臍の下の方がポコポコと動いた。これが胎動というやつだと瞬時に確信した。こいつ、できる。正門のぬいとの邂逅の予感に喜びを表現しているに違いない。さすが京セラベビー(?)だ。これからは一緒にアイドルを応援しようね。先住の西畑ぬいと一緒に4人でおでかけしようね。アンタがはじめて触れ合うぬいは、もしかしたらアイドルのぬいかもしれないよ。壮絶な人生だね。



ぬいの外見を比較するのはルッキズム的にどうかと思うが(?)、我が家にやってきた正門ぬいはとてつもなくかわいかった。なにわぬいは西畑と恭平が2人、他メンバーがひとりずついるが、先住の彼らの誰よりもかわいく見えた。仕方ない。個体差があって、配送のぬいだと顔が選べない。まあみんなかわいいのは前提で、このこが異常にかわいいと言うだけの話だ。かわいい正門ぬい、うちに来てくれてありがとう。



ニューメンバー(ぬい)も増え楽しく過ごしていた18週の終わりごろ、配偶者と安産祈願のため神社に詣でた。妊娠5ヶ月を過ぎたはじめの戌の日にご祈祷を受けるのが伝統的な習わし。更にきちんと行う場合はその後神社併設の施設やしかるべき料亭で祝い膳を食べたりするらしい。うちはそもそも配偶者と予定が合わず、戌の日でも何でもない休日を選んだ。その後のご飯も孤独のグルメで五郎さんが訪れた安産に縁もゆかりもない飲食店に決めていたから形式もくそもない。ご祈祷には予約の必要な神社もあるらしいが、わたし達の選んだ神社では必要がなかった。


ふらっと出掛けて昼前に受付をして、10分くらい待ってから素敵な神楽舞などのご祈祷を受け、お祝いの品などを頂いた。神社によって異なるが、ここでは御神酒やお水、お煎餅、マタニティマークの絵柄のお守り、妊娠帯(これが安産祈願では重要でこれにご祈祷頂く。持ち込みが必要な場合もあり。)がもらえた。ちなみに安産祈願の初穂料は大体8,000から10,000くらいだ。この日は梅雨と夏の境目の珍しくすごく涼しい日で、戌の日を避けたからか待ちもほぼなくスムーズに終えることができて、かえって良かったと思う。とってもいい日になった。


その直後、義母も都内でいちばん有名な神社にてお参りしたらしく、ご祈祷を受けた妊娠帯を配偶者に預けてくれた。実母も妊娠が分かってすぐに地元の神社で安産祈願をしてくれて郵送でお祝いの品を送ってくれた。だからうちには妊娠帯が合計でみっつ。最近ではもうこういう畏まった安産祈願を行わない方々も多くなっているらしいが、ご祈祷を受けて、やっぱり素敵な習わしだなと思った。昔は病院での出産より家での出産も多かったと言うし、今よりももっともっと妊婦さんは不安だったと思う。それよりももっと昔はそもそも出産自体がかなり神聖な事象だったらしいから、神頼みが重要だったことも頷ける。今だっていつどうなるかわからない。できることなんてそんなに無いのかもしれないが、やれることはしておこうと改めて思った。



その翌週、19週5日での検診。今回も配偶者は仕事だったのでひとりでの通院。エコー検査では丁寧に赤の様子を観察。たったの4週間でまためちゃくちゃ人間に近づいていた。まず顔のパーツがしっかり確認できる。鼻があって、目があって、口…なんか口めっちゃ開いてる。悪いけどアホ面過ぎる。かわいいけど。わたしが見てもよくわからなかったが、「脳の組織も大丈夫、心臓もちゃんと部屋がしっかり分かれてる。現時点で目に見える障がいは無いよ。」と先生が言ってくださる。そんなこともわかるなんてすごすぎる。もっと詳しく羊水の検査とかをすれば大体の病気や障がいを妊娠初期に見つけることも出きるのだと言う。わたしは、それはしなかった。ちょっと、できなかった。


エコー検査は続く。内臓は申し分なし。脚の骨も腕の骨も綺麗。脚…。めちゃくちゃ脚を開いて座っている。アホ面なだけでなく態度がでかすぎる。母親そっくりである。「何か…めちゃくちゃリラックスしてますね。」と先生も笑っていた。そして大きく開かれた脚の間にしっかりと出っぱりがあり、あ…と思ったところで先生に「男の子ですね。この子はわかりやすい、脚閉じきっちゃってなかなかわからない子もいるんですよ。」と言われた。グッボーイ。わかりやすくしてくれてありがとう。なにより、元気でいてくれてありがとう。


正直性別は何でもよかった。興味がないのではなくて、何であれ、そのひとはそのひとだと思うから。いやー、何を好きになるんだろう。かつての10代のわたしのように女子ドルを愛したりするのかな?わたしと一緒に男性アイドルのコンサートに行きたいと思ってくれたりするのかな。それとも配偶者の趣味に惹かれてギターやベースを彼から学んだりするのか、はたまたわたしも配偶者も忌避してきたアウトドアやスポーツを嗜んだりするのか。いや、わたし達の知らない何かに夢中になって、その楽しさを教えてくれるようになるのかも。何でもよかったけど、身体の性別がわかるとまだ見ぬ赤の姿が少しだけ具体的になって、想像が膨らむばかりである。色々勝手に想像はするけど、どんな風になってもいいよ。



そのあと久々の経腟での検査をして終了。だいたいこの時期に実施することが多いらしいが、子宮の入り口の長さを測った。問題ないとのことだった。これが短いと早産のリスクが高まるらしい。何の問題もなく検査を終えられると安心でどっと疲れる。ちなみに22週未満までは流産、それより後は死産と呼ぶ。後、20週まで(特に12週まで)に妊婦が風疹や麻疹にかかると胎児に重篤な影響があるらしい。わたしは2回ワクチンを打っていたが、抗体はできていなかったため、特に用心が必要だった。


そして迎えた20週。出産は個人差はあれどだいたい40週前後。つまり妊婦生活も折り返しである。意外と早かった。実際お腹が出てきてるね、と言われるようになったのは最近で、まだマタニティマークをつけてなければ服の上からでは気付かれないくらいなので、妊婦らしくなるのはこれからな気がする。35週を過ぎれば赤はこの世に生まれでた後、自分の力で呼吸ができると言う。それより前だと、呼吸器でお手伝いが必要。逆にあんまりにも出てくるのが遅いとそれはそれで良くないらしく、40週を過ぎると促進剤を打つこともあるとのこと。



これから長くても20週前後しかこのひとと身ひとつで一緒にいられないのかと考えると少し寂しさがある。既にお腹は普通に邪魔だし、しゃがむのも体を曲げるのもしんどいし、お腹が更に大きくなったら靴下ってどうやって履くんだろうとか色々思うところはあるし、もう後半分を待たず早く会ってみたいような気もするけれど、こんな風に安全な場所で守ってあげられるのは今だけだ。そう思うと、この不便さもまとめて愛しく感じるような気がした。とはいえやっぱり意味不明なシステムであることは間違いないので、医学もここまで進歩したのだから、もっといいシステムを構築してくれと願うばかりだ。



現在に追い付いたので、しばらく先になるが、つづく。


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