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読切小説〜1〜
——桜って、思っていたより白いんだよね。
夏と秋と冬と過ごすと、前の春のことなんて忘れちゃっていてさ。
だから毎年、木にポップコーンみたいに咲いているのを見るたびに、感動する。
大袈裟でもなく、純粋に、心が感じる。
*simple, smile, spling*
「……あったか」
春の朝。誰かに言うでもなく、眠りから目覚めてぽろっと呟く。
ひとりしかいない空間を、寝起きで掠れた自分の声が横切った。
大寒波で大変お世話になっていた暖房器具も、もう使わなくてもいいかな。
そんなことを思いながらベッドを抜けて、薄いレース地のカーテンを左右に開いた。
窓の外、見慣れた景色のひとつに、少し遠くで小さくうつる桜の木。
今年は暖かい日が続いたからか、すっかり咲き誇っていた。
そうだ、今日はちょっと公園にでも行こうかな。
そうしよう、ここ数年は巷の流行病の対策だとか、ほんと色々なことでがんじがらめ、身動きもとれなくて息苦しかった日々だったから。
ようやく、少しずつ自由を手にして、まるで微睡の中の様にゆっくりと過ぎる時間を味わっていて。
季節も、解放を象徴するような頃合いとなり、ちょっと親近感を覚える。
淡々と、でも軽快に身支度を整えて家を後にした。
春の日差し、土と草の匂い、肌をなでる風の柔らかさ、遠くではしゃいでいる春休みの子供の声、五感のアンテナが喜びに震える。
近所の公園は、遊具で何人かの子供たちが遊んでいて、近くに親御さんらしき——ママかな。女性が2人ほどいた。
遊具から少し離れた木のベンチ——日陰だな。そこには白髪のお爺さんが座っている。
僕は遊具の広場を抜けて、芝生が広がったエリアへと向かう。
お花見をしている人とかいるかなぁとよぎったけど、まだ少し時間が早かったのか誰もいなかった。
嬉しい。ラッキーだな、とか思いつつ何本か桜の木が集まっている近くの、ベストな位置のベンチを見つけた。
——あ、ちょっと濡れてるかもしれない。
そういや昨夜、にわか雨が降ったような?
そう思うと、この辺りだけなんか土がぬかるんじゃっているような気がする。
どうしよう、スニーカーが汚れてしまう。泥汚れはちょっと……
思考を巡らせていると、サアッと風が強く吹いた。
「あ……」
思わず上を見上げると、早咲きの桜の枝が揺れて、花びらを舞い落としていた。
花吹雪、桜吹雪?そう、桜吹雪だ。
もう散るような日だったっけ、まだ早いような気もするけれど、でもそっか、今年はそうなんだね。
なんで、とか理由はないけど、僕は微笑む。
肩の力を緩めて、両手を上に掲げ少しのびをする。
さっきよりも、春を強く感じとれる気がした。
まぁ、気をつければいいだろう。
ということで、ちょっと湿っているベンチの端っこに、お尻だけ乗っける様な形でとりあえず座った。
うん、大丈夫。だと思う。足元も、気をつけたから大丈夫だ。
風が吹くたびに、白い花びらが枝から離れ、舞っては空に、思い思いに飛び回り、やがて緑や茶色の地に降り立っていく。
——探してたものはシンプルなものだった。
有名なバンドの歌詞がよぎる。空は白っぽい青をしていて、まさしく青春というか、卒業式の空みたいだ。
卒業、旅立ち、その次はきっと、新しい日々へのスタートを切る。
もうそんな、学校だとかとは縁はない歳だけれども、いつだって誰だって、何かあってもなくても、仕切り直したって良いわけで。
桜も毎年花を咲かせて、散っていって。同じ様なことの繰り返しかもしれないけれど、でもきっと、変わっているんだろうな。
それは誰かに知られなくても、わかってもらえなくても良くて。
そう、自分が自分を知る、向き合って過ごせているなら……
僕は、ひとり深呼吸をして、桜の木をしばらく見つめていた。
End.