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少年

チャイムの音とともに
少年は教室を出て
大好きな場所に向かった

いつも両側から狛犬が迎えてくれる
その間を抜けて階段を少しだけ上がり
大きな木の前に立って
見上げる

少年は知っている
空は国で、分かれている?
「空は世界中つながっている」
大地は、海で分かれている?
「大地も海の下でつながっている」

少年の目の前にある大きな木
それはクスノキ
この木は原爆が落とされても死ななかった
樹皮はまるで、老人のしわのように見えた

木には大きな穴がある
少年は木のしわに両手を置きながら
中を覗いた
真っ暗な闇が続いていた
吸い込まれそうだ

少年は暗闇に向かって言う
「君は長生きだね」
「君は何を見たんだい?」

すると突然、闇の中に光が走った
きのこ雲が沸き上がり、その下が炎に包まれた

少年は驚いた
炎と煙が消えていくと
ある男が見えた……

ある国の王様が大きな石でできた建物に住んでいる
庭に出て
大きな木の前に立った

その大きな木はクスノキだ

木には大きな穴がある
王様は中を覗いた
真っ暗な闇が続いていた
吸い込まれそうだ

王様はしわのような樹皮に片手を置き
暗闇に向かって言う
「どうすればいいのか」
「この戦いでたくさんの人が死んだ。敵も味方も」
「軍人も、そうでない人も」
「私は怖い、戦いを続けることが」
「でも止められない、止めたら私の命が危ない」

すると突然、闇の中に光が走った
きのこ雲が沸き上がり、その下が炎に包まれた
そこには街があったが燃えつくされた
炎と煙が消えると巨大な人間の像が見えた
右手をまっすぐ上に挙げ、左手を水平に伸ばしている
王様は思った
これは長崎だ
あのきのこ雲は原爆だ

巨大な人間の像が消えると少年が現れた
何歳なのか分からない
きっと長崎の子なのだろう
何かを自分に話しかけているようだが、聴こえない
やがて、少年は消えていった

王様は思った
この庭のクスノキの根っこと
遠く離れた長崎のクスノキの根っこは
地球の地殻を通してつながっているのだと

そして、少年が何を語りかけたのか……

ふと、王様は思い出した
自分が子供の頃に驚いたこと
「地球は丸いってこと」
「人間は死ぬってこと」

子供の頃何をしたかったのだろう?
何がうれしかったのだろう?
しばらく大きな木を触りながら思った
「そうだ思い出した」
「ただ母に褒めてほしかった」
「だから、褒められそうなことをした……」

「そして、手を握ってほしかった……」

「その手のぬくもりは今でも忘れない」
「今の自分を天国の母が見たらどう思うかな……」

王様は張り出した木の根に腰を掛けた
そして、大地にそっと手を触れた

その時、風が強く吹いた
王様が見上げると、どこまでも青い空に、真っ白な雲が勢いよく流れ出した

(このコンセプトで絵本を作れないかと考えています)
注:長崎の被爆クスノキ(長崎市ホームページより引用)
この大クスは、1945(昭和20)年8月長崎市上空で炸裂した原子爆弾により、幹に亀裂が入り枝葉も吹き飛ばされ、熱線で焼かれ一時は枯死寸前となりました。しかしその後、奇跡的に再び新芽を芽吹き次第に樹勢を盛り返して蘇り、焼け野原から復興に向かう被爆者らを勇気づけました。平和や再生のシンボルとして親しまれ現在では長崎市の天然記念物に指定されています。



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