
【一般人】演劇性に任して何者かを演じる人生
やっと期末テストが終わった。
と言っても2週間後に再試験、3週間後に基礎医学のめちゃくちゃ重い試験があるので気は抜けない、、、
取り敢えず最近思ってる事を書いていこうかなって。
1,演劇性に任せる人生
私はWikipediaとかで著名な人の経歴とか武勇伝的なのを見るの結構好きだ。
ラマヌジャンとかアインシュタインとか。
それを見て、ああ自分って普通なんだなぁとか、一生こうはなれないんだなぁとか。
さらに言えば
あ、あそこでこうしておけばどうにかなった。とか、もっとこうなれたはず。惜しいな。
とかでは無く、漠然とした閉塞感というか。
とにかく、ふとした時にこの始まってしまった自分の人生はもうどうにもならないんだろうなという虚しさ。
つまり私は特別なんかじゃ無い。
少なくとも自分は。
でも特別と思い込むのも悪く無いかなって。
つまり演劇性に任して、自分の人生を謳歌すればそれなりに楽しくなれるのかもなって。
多くの人にとって人生で一般的に成し遂げたなんて思われることは少ない。
でも成し遂げたという基準が何かなんて人によって違う。
お金という定量的な基準で勝負するか
家族を持ち子供を持つ事にするか
はたまた、暴力団の組長になるか
その人によって基準は変わる。
だからその基準を自分の性格とか得意な事とかから決めてそれを成し遂げられれば十分だななんて。
ただ大抵の人が世間体が気になるため、子供を持つとか、お金持ちになるとかそういうものに収束する。
ただ演劇性に任して、自分は特別だ。
自分は自分の決めた基準でやっていくんだ!と決めれば少しは世間体を気にせず生きていける強い心を持てるのかななんて。
2,自分はどうか
自分はと言うと実は全くそういうものを見つけられていない。今の所はお金持ちになりたいと言った煩悩まみれ。慶應じゃなくて医学部を選んだのも年収の期待値が高そうだったから。所謂世間体を気にした事しか考えられずにいる。
家族とか持てばまた変わるのかなって。
これからもずっと意味のないことばかりする。
無駄なことにたくさん時間を費やす。
死ぬまでくだらないことで一喜一憂したい。
私はそれを美しいとと言いたい。
3,演劇性に任せる人生はどうか
結局私達人間はただ生きて、その時が来たら死ぬ。
それだけ。
だってそれ以外に何かを残せる人はきっと一握りだから。
虚しいようにも感じるけど多分そう。
だから自分の好きな人と好きなことをし続けて、死ぬ時満足してれば良いのかなって。
その手段の一つとして演劇性に任せる事が入ってるのかなと思う。少し痛いとかそんな事は気にしなくて良い。
ではでは。
最近自分がちっぽけだなって思う事が多いです。
軽く鬱になっても実家のポカポカのこたつに入ればもう全て解決してしまって。
少し嬉しい様な悔しい様な。
自律神経に支配されている程度のちっぽけな存在だぁ(^O^)ってなります。
でもまた夜更かしとかをすれば色々考えたりして落ち込むんですけどね笑笑
まとまらないような文章でしたが最後まで読んでくださりありがとうございます。