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【童話】ポスト妖精のちいさな旅
ひらり、ひらり、どさり。
おちてくる、おちてくる、かるいもの、おもいもの。そのどれもが、紙でできていて、文字がかかれています。
封筒のかどで、ねむりからおこされたノリオは、はっとおき上がり、天井からぶらさがったひもをひっぱりました。
ぱちん、と音がして、うすぐらかったへやが、ぱっと、あかるくなります。ノリオはねむい目をこすり、すっかりたかくまでつもった手紙の山を見上げました。
「あれ、キミエ、おきてたのか」
「兄さん、おそかったね」
いもうとのキミエがいます。手紙の山をのぼった先で、小さなほそいまどから、そとを見ているようです。
「兄さん、今日は月がうんとあかるいから、でんきはけしてもだいじょうぶだよ」
そう言われ、ためしにもういちど、ひもをひっぱりながら、ノリオはこう思っていました。さては、さっきの封筒は、キミエがおとしたな……と。
ぱちん。へやはまた、くらくなりましたが、じっと目をあけていると、だんだんと、ようすが見えてきます。すっかり目がなれてしまうと、ノリオはなるほどと思いました。
「今日は満月なんだね」
「兄さんもおいでよ。よく見えるぜ」
まどからは、月のひかりが、ほそくながくさしこんでいます。ノリオもその気になって、手紙の山をのぼりはじめました。
「あ、満月といえば、また、あの人の手紙が入ってるかもしれないね」
「へへん、じつは、もう見つけてあるんだぜ。こっちにあるからはやく来なよ」
「おまえ、いったい何時からおきてたんだよ」
ノリオはあきれながら、わくわくしていました。ふたりは、満月の日にかならずポストに入れられる、ある人からの手紙を、とてもたのしみにしていたのですから。
「満月の日といえば」
「ハツ子さんから」
「ヨウ子さんへの手紙」
「まんまるの封蝋」
「まんまるのひかり」
「やさしい気持ちのこもった手紙」
ふたりはうたうようにして、月のひかりに近づいていきます。手紙は、山のてっぺんにありました、たどりついたとき、キミエが「あれ」とこえをもらしました。
「今日の手紙、なんだか、なにかがたりないね」
「どれどれ」
ここは兄さんの出番。山のてっぺんに、ハツ子さんの手紙はありました。おもてには、送り先である、ヨウ子さんのなまえ。うらには、ハツ子さんのなまえと、まんまるの封蝋。ノリオは首をかしげて、もういちど、手紙をおもてにかえします。
「あ、わかった」
「何がない?」
「切手だ、だいじな切手。ハツ子さん、はりわすれてしまったんだ」
「あちゃー、めっずらしい」
「そういうなよ、しってるだろ、ハツ子さん、たいへんなんだよ」
ハツ子さんは、もうすっかり、おばあさんなのです。ふたりはそのようすを、もう何度か、ポストのまどから見ていました。家からここまで来るのもやっとというぐあいで、ちいさなカートを両手でおして、えっちらおっちら、手紙を出しにくるのです。
「このままだと、おくりかえされちゃうだろうね」
「そしたらハツ子さん、また歩いてこなきゃいけないのかな」
それよりなにより、ふたりが思っていたしんぱいは、べつにありました。
きまって、満月の日。毎月、そうです。だから、この日に出すことには、いみがあるにちがいありません。
「ぼくたちでとどけにいけばいいんだ」
キミエは言いました。
「ゆうびん屋さんに見つかったらおこられるよ」
「兄さん、おとながこわいの? かんがえてもみなって。ぼくたちのほうが、ずっとずっと、ゆうびんのしごとをしってるんだぜ」
「それはそうだけど」
ノリオはこう思っていました。ぼくらをここに住まわせてくれているのは、ゆうびん屋さんだもの。だまってなにかをするなんて、わるいじゃないか……ううん、だけど、そんなことはあとからあやまればいいか!
「よし、ひさしぶりにひとしごとだ」
「そう来なくっちゃ」
ふたりはまどから外へとびだしました。
いちばんだいじな手紙はって? だいじょうぶ、ちゃんと、ふたりのあとからついてきています。まどを、するりとぬけて、ひとまわり。そうして、いちわのうさぎになりました。ノリオとキミエはとてもちいさいので、うさぎはその十倍くらいあります。
ふたりといちわは、外に出たとたん、まぶしさにひっくりかえりそうになりました。なんておおきな月、なんてまるい月! とても、ことばでいいあらわせないかがやきです。
「みち、わかる?」
キミエがうさぎのおしりあたりをなでながら言いました。うさぎは首をかしげています。
「ええ、手紙なのに、わかんないの?」
「キミエ、そういうなよ。さいきんの手紙は、みんな、ゆうびん屋さんにはこばれているからね。じぶんで送り先まで行くのはむずかしいだろ」
「あ、そうか。じゃあ、どうやってとどけるのさ」
「ぼくにきくなよ」
ふたりはあせります。つい、むかしそうしていたように、手紙にあんないしてもらう気になっていたのです。だけどどうでしょう、うさぎのすがたをした手紙は、はなをひくひくさせるばかりです。きょうだいは、うでをくんで、うなりました。ノリオ目をとじて、いっそううなりました。
「……あ、キミエ、これ、すごいよ」
「なになに」
「ふしぎだよ。目をとじると、まぶたのうらに、せんが見えるんだ。一本のせんだよ。ぼくらのいるところからのびている」
「ほんとに?」
キミエもまねをします。
「ほんとだ!」
「大はっけんだ」
「ねえ、あんたもわかる?」
キミエがかたりかけると、うさぎは、耳をぴくんとふるわせて、く、と、上をむきました。
「上?」
ふたりが月に目をほそめたそのとき、ふわりとうかんだうさぎのからだが、かげをつくりました。
「あ、そうか!」
今度はキミエがはっけんする番。
「このひかりのせんが、みちなんだ。ぼくたちがみちをおしえて、うさぎが空をとんでいくんだ。よし、のりこむぞ!」
ふたりは、うさぎのせなかに、とびのりました。
よるの町は、月あかりにてらされて、ぴかぴかとまぶしくかがやいています。目をとじれば、そのなかに、ひとすじのみちが見えてきます。
ふたりといちわは、まようことなく、よぞらをかけていきました。
ヨウ子さんの家は、ちいさな丘の上にありました。まぶたのうらで、ふと、ひかりのせんがきえたので、すぐにそこだとわかりました。
うさぎはしなやかに、おりたちました。
あいらしい家です。月とむかいあうようにして、まるいまどを、きいろくそめています。水いろのかべ、ももいろのやね。そして、まるっこいドア。そのもうすこしてまえに、ポストがありました。やねとおなじ色をした、まるいポストです。
もう、よるもおそいじかんでした。ヨウ子さんはねむっているでしょう……そう思い、ふたりといちわは、なるべく音がでないよう、ひたひたと、ポストに近づいていきました。うさぎは、ビーズのような目を、まどと同じようにきいろく光らせて、あっという間に、いちまいの手紙にもどりました。
さあ、あとはこの手紙を、ポストに入れるだけです。てがみはふわふわとうかんで、ふたりにみちびかれるのを、まっています。
しかし、どうでしょう。ノリオも、キミエも、なんとなくだまっています。
「キミエ、言いなよ」
「兄さんこそ」
「わかった。こいつをポストに入れるのがさみしいんだろ」
「兄さんこそ」
ふたりは、うつむきました。たったひと晩とはいえ、ひさしぶりの旅でした。だからでしょうか。手紙とのわかれなんて、まいにち、山のようにしているはずなのに、今日はおしい気がします。
「こうなったら、さいごの、さいごまで手紙をとどけようか」
ノリオのことばに、キミエははずむようにうなずきました。
あさ、ふたりといちまいの手紙は、ポストの下でめざめました。はて、ねいるときは、たしかポストの上にいたような……。
「兄さん、見えたよ」
ひとあしさきにおきていたキミエが、ひとさしゆびを立てました。
クローバーのしげみから、ヨウ子さんの家の方を見ますと、ひとりのおばあさんが、ドアをあけて出てくるところでした。
おばあさんは、かべをつたい、木のみきをつたって、すこしずつ、ポストに近づいてきます。きょうだいは、いきをひそめて、そのようすを見まもっていました。
はじめて見る、ヨウ子さんのすがたです。ハツ子さんと同じくらいのおばあさんに見えます。やさしいハツ子さんが、やさしいきもちをこめて、手紙をかくあいてですから、きっとすてきな人なのでしょう。
「今日は来てないわねえ」
ヨウ子さんはポストに手をいれて、手紙がないことを知ると、ドアへともどりかけました。
「いっけない、手紙はここにあるのに!」
「おうい、ヨウ子さん!」
見つからないようにだなんて、かまっていられません。ふたりがちいさな体でせいいっぱいの声でよぶと、ヨウ子さんはようやく足をとめました。
「はて、子どもの声かしら?」
「ヨウ子さん、もどってきてえ」
「ふふふ、はいはい、いまもどりますよ」
ヨウ子さんはおかしそうに言って、また木のみきをつたいながら、ポストまでもどってきました。
「あしもとだよ、よく見てよ!」
「どれどれ」
ヨウ子さんはしゃがみこんで、クローバーのしげみあたりをやさしくなでていきます。そこで、きょうだいは気づいたのでした。ヨウ子さんは、目が見えないのです。
「あら、もしかして」
ヨウ子さんの手が、おちていた手紙をひろいます。封筒を、ていねいにさわり、ゆびの先が、まるい封蝋にとどくと、にっこりとわらいました。
「やっぱり、夕べは満月だったのね」
ノリオとキミエは、ヨウ子さんの家の中にまねかれました。
「朝早くから、はいたつ、ごくろうさま。よかったら、朝ごはんをたべていって」
ノリオはことわろうとしましたが、キミエがすっかりその気でくいついてしまったので、しかたなく、ふたりいっしょです。
ヨウ子さんは、やわらかいパンを手でちぎって、バターのはいったびんも出してくれました。どうやらヨウ子さんは、人間の子どもがとどけにきてくれたと思っているようです。
「わ、こんなにおおきなパンにありつけるなんてはじめてだ!」
キミエはむしゃむしゃとたべはじめます。
「ねえ、もしかして、今までも毎月あなたたちがとどけてくれていたの?」
いいえ、これがはじめてです。しかしパンで口がいっぱいのふたりは、こたえそこねてしまいました(ノリオだっておなかがすいていたのです)。
「毎月、たいへんでしょう。ハツ子さんの手紙はとってもうれしいのだけどねえ……」
「……だけど?」
パンをのみこんだノリオがききました。
「ハツ子さんは、毎月、満月の日を手紙でおしえてくださるの。だけど、わたしは目が見えないのよ」
「手紙、よめないの?」
キミエがバターまみれのほおをぬぐいながら言いました。
「ええ。ハツ子さんは、わたしの目のことも知ってらっしゃるから、きっとなにもかかれてないんじゃないかしら。そうはいっても、毎月、封筒をかって、封蝋をつくって、ポストまでとどけるのはたいへんでしょうにねえ。もう、むりなさらないでと伝えたいけど、この目じゃあ、おへんじも出せないからねえ」
きょうだいはだまってしまいました。ノリオはテーブルのすみにおかれた手紙をちらと見ます。ふうは、あけられていません。
だけど……手紙にこめられた、ハツ子さんがヨウ子さんをおもう気持ちは、とてもとてもつたわってくるのです。
それに、きょうだいは知っていました。封筒には、しっかりと、びんせんが入っているのです。
「ヨウ子さん、この手紙、ぼくたちであけてみてもいいですか?」
ノリオがききました。
「ええ、どうぞ」
キミエがポケットからはさみを出して、封筒をていねいに切ります。やっぱり、中には手紙が入っていました。ふたりはうなずきあい、しんちょうに、三つおりになった紙をとりだしました。
ひろげるのにも、ひとくろうです。すこしだけ、紙のはしにバターがついてしまいましたが、キミエは見なかったことにしました。
「なあんだ、まっしろだ」
キミエが言いました。
びんせんには、ひとつの文字もかかれていませんでした。
ヨウ子さんがそれを聞いて、「ふふふ」とわらいます。
「ハツ子さん、変わった方よねえ。わざわざまっしろのびんせんを、三つおりにしてくれていたのねえ。ね、その紙、わたしにさわらせて」
ヨウ子さんが手をのばしました。ノリオはそっと紙をもちあげ、ヨウ子さんの手にふれるようにしました。ヨウ子さんの両手が、紙をひろげて、まるでそこにある文字をよむように、かおのまえに、かかげます。
「ね、まっしろでしょ?」
キミエが言いました。
ヨウ子さんはずっとほほえみをうかべていましたが、ふと、首をかしげました。
「どうしたの?」
ノリオは、しんぱいになって、ヨウ子さんを見上げます。
「これ……ほんとうに、まっしろなの?」
ヨウ子さんは、おどろきでいっぱいのかおで、言いました。
「どういうこと?」
「だって……見えるわ、文字が。ちゃんと文字が見えるのよ」
ヨウ子さんのかたがふるえ、とじられた目から、水がこぼれおちました。
「ちゃんと、ハツ子さんの文字でかかれているわ。わたしへの手紙……! ああ、文字が見えるなんて、いつぶりかしら」
きょうだいはわけのわからぬまま、ヨウ子さんのなみだをかわるがわる、ふいてあげました。
かえりは、ヨウ子さんからハツ子さんへの手紙です。ノリオとキミエがてつだって、みじかい手紙をかいたのです。手紙はふわりとうかんで、きょうだいをのせると、ハツ子さんの家の方へとむかいました。こんどは、ノリオがみちをおぼえているので、あんしんです。
「あ、もしかして!」
空のまんなかで、キミエが声をあげました。
「どうしたの」
「ヨウ子さんに見えていた、文字、だよ。あれは満月のまほうだったんじゃないかな。ぼくたちだって、目をとじたときに、みちがひかって見えただろ? 目をとじても見える、ひかりのまほうだよ」
「……そうか、うん。そうかもしれないね」
もうすっかり、たいようが町ぜんたいをてらしています。いちにちがはじまる、町のせわしなさを、ふたりはのんびりとながめています。
満月のまほうは、また、来月までのおたのしみです。