あなたがいれば ~好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集~
『あなたがいれば』
夕暮れ時。買い物帰り。
「『君さえいれば何もいらない』、なんて言葉があるけどさ」
「……どしたの急に」
怪訝な顔を隠すことなく見せつけてくる。
そりゃそうか。
TPOを考えろ、って話だ。
「わざわざそんな前置きをするってことは、そうじゃない、とでも?」
「それだけじゃ、なんとなく足りないよなぁ、って」
「へえ……。じゃあ、何があればいいの?」
「『君と、君が幸せであるという事実』? ……綺麗な言い回しが思いつかないけど、『君が幸せで居続けられる未来』があれば、それで十分だ」
「なるほどね」
そう言って、買ったものがたっぷりと入ったカバンを肩に掛け直した。
会話が途切れる。
そこまで会話が多い方ではないけれど、なんとなくいつもとは違うような色の無言だった。
「なんだよ。夢見すぎだ、とか思ってるか?」
「ううん。……私にもそう思ってくれてるかな? って」
「そりゃもちろん。……というか、他になんか居るわけないし」
「ありがと。でも、私にとってはそれでも足りないよ?」
「おっと……」
手厳しい意見だった。
「じゃあ、何が必要?」
「大丈夫、あなたは特別なことは何もしなくていい。いつも通りでいいの」
「そうなの?」
「そうなの」
てっきり、先立つ物は金! とかって宣言されるかと思っていたが、そういうことでもないらしい。
もちろん、そういうものは必要だとは思うけど。
だったら、なんだろうか。
「莫迦ね……。なんでこんな単純なことがわからないのかしら」
顔にそんな思いが出ていたのだろう、彼女は苦笑いしながら続けた。
「……私にとっては、あなたがいなくちゃ、お話にならないから」
あとがき
今回も自作の小説集、「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」からのご紹介です。
いつだって彼女が一枚上手なんです。
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