待ち人来たりて、されども 〜短篇〜
『待ち人来たりて、されども』
私はこの風景が好きだった。
私の生きて来た原風景のように思える、この景色が何よりも好きだった。
最近は映画のロケとかに使われたとかで聖地巡礼の人が多くなって来たけれど、それでも時間によっては静けさがやってくる。その時が、何よりも好きだった。
信じたくはなかった。
信じたいはずがなかった。
だから、私は今でもここに居るし、私は今でもあなたを待っていた。
私が大好きなこの場所で。
すっかりモノクロになってしまったこの場所で。
あなたを待っていた。
今日もいつもと同じように、ゆったりとこの風景と時間の流れにたゆたうように身をまかせる。何も考えなくていい、というわけではないけれど、少し行ったところにある目抜き通り沿いとは時間の流れが違っている気はしてくるし、思考をゆっくりと巡らせる程度のことはできる。
ふんわりとした、夢を見るような心地で、空を見つめて。
その視線をゆるやかに下ろし、大きな川にかかる橋を眺めていた。
その時だった。
ひとかげが、ひとつ。
それも、ただの人影では無い。
一瞬気のせいかとも思ったが、そんな感情はすぐに掻き消えた。
足元がおぼつかないことになんとか気付きながらも、ゆっくりと歩を進める。
遠くからでも見間違うはずのないその姿は、近づいてもやっぱり彼だった。
歩道についていた段差に少しだけつまづきそうになる。
靴が地面とこすれる。
風が吹く。枯葉が舞う。
その音に気づいたように、こちらを向いた。
間違いなく、彼だった。
もう目の前にはあなたの笑顔がある。
とても懐かしくて、とても優しくて。
とても悲しい笑顔。
手を伸ばせばすぐ触れられる距離にあるのに、私の手は自分の涙を抑えるので精一杯だった。
あふれて、あふれて、とまらない。
そのまま、この下を流れる川の水になってしまいそうだ。
もう、全然止まらない。
諦めて、彼を見つめる。
優しくて、寂しそうな笑顔をこちらに向けたままで。
彼は、こちらへと腕を伸ばした。
抱きしめて。
そう思いながら、自分の身体を預けようとして。
抱きしめられるその懐かしい感触は、なかった。
目の前には、彼の胸。
肩越しには、彼の腕。
少し見上げれば、彼の整った顔がある。
それなのに。
ああ、そうか。
ようやくわかった。
あなたは、私がここで待つことを許してはくれないこと。
だからこそ、今。
こうしてここに、あなたが現れてくれたということ。
だけれど。たとえそうだとしても。
今、ここから、あなたから離れることはできなくて。
涙を抑えることも、抱きしめ返すこともせず。
手のひらに爪が食い込むくらいに、自分の手をひらすら握りしめた。
あとがき
お読みいただきまして、ありがとうございました。
今日は悲恋系のお話でした。
これ、一応、死者を愛する者の話です。
でも、どちらが「どちら」なのかは一応暈かしたつもりでした。
私的にはどちらにでも受け取れるように書いたつもりです。
ということで、御子柴でした。