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インドでケトン食療法④シェファリとの関係崩壊!?

はるるん、タマンナのセラピーが最近は順調だ。OT(作業療法士)で脳性麻痺の子のトレーニング経験豊富だったハルミットが産休に入って、PT(理学療法士)のシュウェッタが担当してくれるようになり、明らかに改善したと思う。最初はシュウェッタに対しても警戒していた私(美人だから…)だったけれど、彼女がトレーニングを担当するようになって、彼女は子供との接し方をよく知っている、ということがわかってきた。ハルが泣けばあやすし、歌を歌ってくれるし、ハルが着ている服を褒めたり、母親の私に対しても会話を投げかけてくれた。私は価値観の違いと戦わなければと意気込んでいたけれど、何のことはない、もしかしたらハルミットは子育ての経験がなかったから、子供との接し方や母親との接し方がわからなかっただけなのかもしれない。(そうではないかもしれないけれど…)

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その点、シュウェッタは母親だった。そしてハルは、そのことを敏感に感じ取って、反応しているように見えた。ハルは学校でも泣かずに体操ができるようになったし、トレーニング中に笑顔さえ見せるようになった。シュウェッタは家でもできる簡単な体操も教えてくれた。

ケトン食療法も、一応始める前に比べたら発作の数は減ったし、割といろんなものが順調に進んでいるような気もした。

シェファリのコンサル

ところが、ケトン食療法を担当してくれている栄養士のシェファリとのやりとりが思うように進んでいなかった。7月13日にシェファリが家にきてハルのためのケトン食レシピを作っていったあと、割と忠実にそのレシピにそってやってきたつもりだった。約1ヶ月後、そろそろ受診をして状況を教えて、と言われたので、病院での栄養相談を予約した。

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私がバサ(サバじゃないよ!)やエビなどをレシピ1のチキンに替えて勝手に計算して与えていたことに関しては、案の定「勝手にやっちゃだめよ」とは言ったものの、終始笑顔で柔らかい雰囲気で会話が進んだので私もほっとした。多分前回の訪問相談で、夫がビシッと言ったことが効いているのだろう。

「どうやって計算したのか知らないけど(この言い方にもトゲがあるよね〜)、多分Googleで検索してやったのよね?それじゃあダメなの、インドの食材はインドの栄養成分で計算しなくちゃいけないんだから。あなたが計算したバサとエビの量をおしえて、私が計算してそれで合っているか確認して連絡するわ」

とシェファリ。まあいろいろツッコミどころ満載(だってバサもエビも輸入ものだし…)なのはぐっとこらえて、自分で計算した量を伝える私。

「他にも変更したいこととか使いたい食材があれば、自分で勝手に調べるのではなくて、私に伝えてちょうだい。私が必要な使い方や量を教えてあげるから。後からでもいいわ、新しい食材を使いたいときは必ずすぐワッツアップで聞いて」というので、

「じゃあ空芯菜とズッキーニとブロッコリーを使いたいから、低炭水化物野菜グループ(A)か高炭水化物グループ(B)かどちらにカテゴライズされるか教えてくれる?あと、前回ケトンと発作の記録用紙を送ってくれるといったのもまだきてないから、送ってね。」

とすかさず伝えた。ブロッコリーもズッキーニも実は勝手に調べて勝手に使ってたんだけどね。一応ね。

「わかったわ。そうそう、記録用紙はごめんなさい、今日必ず送るわ。野菜についても、バサとエビの量と合わせて調べてすぐメールするわね。」

とシェファリ。記録用紙は一ヶ月前も「今日送る」って言ってたんだけどね。シェファリの言葉を信じてコンサルは終了。主治医に少し顔をだして、薬の調整もしたし、ここから2週間は少なくともこのままのケトン比とレシピで様子を見ましょうということになった。


プロフェッショナル?

しかしコンサル終了から1日たっても何の音沙汰もないので、「記録用紙は?あと、エビとバサと野菜のカテゴライズは?」とメッセージを送ると、「エビとバサは、あなたが計算した量で合ってたわ…そのままそのレシピで継続してOKよ。」とだけ送られてきた。

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合ってたんじゃん!まあ合ってると思ってたけど。私一応ちゃんと計算したしね…(上の写真)。記録用紙についても野菜のカテゴライズについてもスルーされてまた数日が経過したため、3日後にもう一度同じことをメッセージで聞く。するとそのメッセージへの返事はなく、それからまた1週間後くらいに「どう?」と私がつつくと、「記録用紙送るからメールアドレス教えて」ときた。私は自分のアドレスをすぐに送ったのだけれど、それからまた5日ほど音沙汰なし。

シェファリ返事ないな…と思っていると5日後くらいに「スマホ失くしちゃってたのよ。メールアドレスもう一回教えてくれる?」ときた。謝罪の言葉は一切ない。ちなみにこの時点ですでに、前回主治医が様子を見てみようといった2週間が経過していた。

もう一度メールアドレスを送ると、その3日後くらいにようやくメールでケトンの記録用紙が送られてきた。なんの説明もないエクセルファイルで。

発作の書き方が結構煩雑で分かりにくかったのと、食事と発作とケトンの記録を同時に比較できないフォーマットになっていたため、記号の使い方や記録の仕方について問い合わせのメールをすぐに送るが、返事はなし。それから10日間ほど返事がないままだったので、「記録用紙について問い合わせの返事を出したの読んだ?あと、野菜のカテゴライズについての返事をずっと待ってるんだけど。」とメッセージを送ってみた。

するとシェファリ、

「ただあのフォーマットに記録すればいいだけよ。野菜のカテゴライズは、そろそろ次のコンサルが必要な時期だから、次会った時に言うわ。」

って。おい。絶対私の問い合わせのメール読んでないよなコレ。しかも野菜のカテゴライズは前回のコンサルで聞いたことだよね。コンサル料800ルピー支払って。それを次のコンサルに持ち越しって流石にひどいだろう。

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「あのね、記録用紙の使い方について不明点があるから問い合わせたの、必ずメール読んで。それから、野菜のカテゴライズについては前回のコンサルの後すぐに返事をもらえると期待していたのだけど。」

冷静に私は返信を打つ。

「ええと、空芯菜、という野菜を私知らないから、写真送ってくれる?」

とシェファリ。これね、前回のコンサルの時にモーニング・グローリーじゃわからないからローカルの名称を教えてと言われて、ちゃんとカルミサーグという名称をすぐに伝えてあったの。しかもその場でGoogle 検索して写真も確認済みだったはず。1ヶ月たってまだそんなこと言ってるとかありえないでしょ。とは思いつつ、ぐっとこらえて返事を打った私はエライ。

「わかった、今ハルの学校にいるから、あとで家帰ったら写真送るよ。だけど、わからなかったのならわからないとすぐに教えてくれないと、私ずっと待ってたんだけど。ブロッコリーとズッキーニも、ベジAグループなのかベジBグループなのか、勝手に判断しちゃダメってあなたが言ったから、ずっとあなたの返事を待ってるの。」

するとシェファリ、悪びれもせずにこう返信をよこした。

「あれ?言ってなかったっけ?私スマホなくしてたのよ。だから伝えられなかったのよ。そもそもね、色んな野菜を最初から使いすぎると、ケトンをきちんと出す効果が薄まるのよ。ドクターとも話したんだけど、あんまりいろんな野菜を使わないほうがいいわ。」

・・・うん。。はっきり言って言葉もない。スマホなくしたことはもはや問題にはならないだろう。病院に私の電話番号も夫の電話番号も登録してあるはずだし、そもそもシェファリは前回のコンサルの後すぐにこちらに情報を送るべきだったはずだ。色んな野菜を最初から使いすぎるとケトンを出す効果が薄まるというのは、どういう理由からだろうか。科学的に説明してほしい。そして百歩譲ってそれが正しかったとしても、それは最初に伝えるべきだったことだろう。

「うーんと、なんで色んな野菜を使うことが良くないのか、まったくもって私には理解できないんだけど、ドクターと話をしたんだとしたら、すぐにこちらに伝えてくれないと困るよ。だって私は前回のコンサルであなたが野菜のカテゴライズについて伝えると言ってたからずっと待ってたわけ。」

私はこみ上げてくる怒りといろんな言葉をのみこんで、極めて冷静に文章をタイプして送った。すると

「今夜電話してくれる?どう野菜をカテゴライズすればいいか話するから」

というシェファリ。多分、結局の所1ヶ月前に私がリクエストしたことについて調べるのを忘れていたのだろう。だからすぐに答えられないのだろう。けれどそこもぐっとこらえて、「もちろん、じゃあ夜電話で!」と言ってメッセージを一旦閉じた。メールでやりとりを続けるとうまく伝わらないだろうし、たとえつたない英語であろうと、電話口で話をしたほうがまだ言いたいことがきちんと伝わるだろうと思ったのだ。

ところがしばらくするとまたブーブーとスマホがなりだした。どうやら同じスレッドに入っていてやり取りを見た夫が見るに見かねて口を挟んだ様子。

「空芯菜が何かわからないって言うけど、検索すればすぐに写真出てくるよね」

というメッセージが空芯菜の検索画像とともに送られてきていた。するとシェファリ、

「でも私達が必要な計算はgoogleからは出来ないのよ」

と、お決まりの噛み合わない回答。別に栄養計算について調べたわけではなく、空芯菜がわからないと言うから、夫が簡単に検索できるはずだけど、と画像を提供しただけなのだ。

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すると夫「言い訳はもういいから、もっとプロフェッショナルになってくれる?」と直球。おそらく夫は仮にも(日本では)医療の専門家として、余計に彼女の専門家としての対応に疑問と怒りを感じたのだろう。

これが逆鱗に触れた様子のシェファリ、メッセージ上で怒り出す。

「失礼ね!言い訳じゃないわよ!もういい、もう十分。ここではもう話してあげないから!病院にきなさいよ!」

あーあ。なんだかよくわからないけど、多分、シェファリは図星なこと言われて怒っちゃったのだろう。病院でしか話しないって言うから電話もしにくいし、とりあえずしばらく距離を置くことにしよう…

よりよい専門家とは…

ところでこれは前々から感じていたことだけれど、インドでは専門家が専門家であるということを盾に高圧的で、なおかつその専門性をオープンにしたがらないという傾向があるように感じる。それは非専門家を見下しているがためとも受け取れるし、専門性をオープンにすることで自分の専門家としての立ち位置を奪われること、すなわちそれによる対価の損失を極端に恐れているためとも受け取れる。特に相手が若者や女性(私は今の所若造且つ小娘)だったりすると、「お前なんかに話してもわからないだろ」という見下しオーラをひしひしと感じる。その割にはやっていることの実態はそれほど専門性が高くなく、ちょっと工夫すればできることだったりちょっと考えれば計算できてしまうことだったりするからやっかいだ。(もちろん例外はある)

専門家としての専門性を個人で囲ってしまうから、他と比較検討し、様々な視点と照らし合わせて検証する機会を失うことで、皮肉なことにその専門性はより薄っぺらいものになっていってしまっているような気がする。

素晴らしいアイディアの持ち主というものは、えてして自分の経験や知識のシェアを惜しまないものだというのが、少ない私の人生経験の中で感じていることである。素晴らしい専門家もまた然りだと強く思う今日このごろ。知識というのは、相互作用があってこそ、より厚みを増すと思う。

シェファリは専門家としてのプライドが高く、自分の専門性(栄養計算)を奪われてなるものかという思いが強いあまりに、自分の知識や経験をシェアせず、全てを彼女のやり方でコントロールしようとしていた。そのため、というべきか、その割に、というべきかわからないけれど、こちらのフィードバックやリクエストがきちんと彼女の耳に入っておらず、結果的に自分の仕事に対する責任感や患者に対する思慮が全くと言っていいほど抜け落ち、その肩書に実態が完全に負けてしまっているようだ。

インドの医療に頼る難しさとジレンマ

シェファリとの関係は、今後どうしていくか、現在考え中である。今後、インドの医療に頼っていくのであれば、もちろん関係を修復して、主治医と栄養士と我慢強くコンサルを継続していく方がよいのだろう。もちろん探せばもっと良い人が見つかるのかもしれないけれど、一応シェファリはデリー界隈ではケトン食療法の第一人者のようだったし、他を探すといったって何を頼りにどう探せばいい人に出会えるのか検討がつかない。

はるるんも困り顔。

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実は結局、薬の入手性や調剤の難しさを目の当たりにして、一時帰国の際にできる限りハルの薬を日本から持ってきた。栄養成分表も日本で入手した。薬は調達済みだし、計算は一応自分でできる。困ったら日本の主治医にメールで相談することもできる。やろうと思えば自分たちでなんとかやっていける。

もちろん素人の私のやり方には限界はあるのだろうけれど、こうなると、もはやインドの医療チームに頼る必要性は一体どこにあるのか、という気持ちになってきてしまう。そうであれば、ここからエネルギーを費やしてシェファリとの関係を修復し、また我慢しながらコミュニケーションを続けていくことは、必ずしも必要なことではないのかもしれない。

だけど、それはなんだか、インドに引っ越した当初に思い描いていた「郷に入っては郷に従え」の精神に反するような気がして、後味が悪い。果たしてこれでいいのか?

だって、インドでハルと同じような状況の子たちは、いったいどうやってい生きているの?高圧的な医療者の態度を我慢して、辛抱強く治療を続けているのだろうか。薬もどうにか入手して、本物かどうかわからないながら信じて調剤し、頑張って服用しているのだろうか。

その子達の状況を横目に、インドに住まわせてもらっていながらすべての医療を日本の資源に頼っていくというのは、少々気が引ける。

だけど、ハルが心地よく過ごせることが、私たち家族にとって最も大事なことだから、変な意地を張ってハルにしわ寄せがいくことこそ最も避けたいことであるのは間違いない。

本当は、シェファリともっととことん話し合ったほうがいいのかもしれない。でもそれだけの語彙力も、エネルギーも、勇気も、果たして私に有るのかどうか、そして彼女の方にもそれを受け止める余裕があるのかどうか、正直ちょっと自信がない。

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私に何ができるかはまったくわからないけれど、願わくは、インドの子供たちも、インドに住んでいる外国人のこどもたちも、正しくプロフェッショナルである専門家のもとで、安心してスムーズな医療が受けられるように社会が変化していってくれたらよい。







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