魔女。。。
我らが父は温厚である。ひたすらにお人好し。今まで生きていたのが奇跡なぐらいには暗殺されかけた。それでも死ななかったのは、父を支える人たちのお陰である。
ファンファーレが鳴り響き、父の後ろに続いて入場する。注がれる視線に射貫かれながら、歩くとヒソヒソ話す声が聞こえる。恐らくまた途方もないことを話しているのだろう。
「ミコト・バ・マハバリクト・アラギ姫」
堅苦しい儀式を終え、舞踏がメインになった。誘い誘われ、貴族は大忙しである。舞踏の中で相手の腹を探り、色々な情報を取っているのだから末恐ろしい。
噂のお陰で、私を誘いに来る人はいなかった。ただ端の方で気配を消していればいいと思っていたのに。少し残念に思いながら、声の主の方へ向く。
「あ、あの…」
年齢は同じぐらい。細い手足は一瞬で折られそうで心配になるほど細い。身長は私よりも少し低く、新緑の色がよく似合っている。
「…何かしら、ごめんなさいね。少し考えごとをしていて気づかなかったわ」
最早無駄のように思える笑顔で愛嬌を振り撒く。淑女は首を横に振り、大丈夫だと告げる。そして耳を貸すように言われ、小さい子供で危険はなさそうだと判断し大人しくしたがった。すると、ヒソヒソと息を含んだ声で淑女はささやく。
「それよりも姫さま…………………………………死んでくれませんか」
何を言われたのか分からなかった。ただ分かったのは、何かが顔にかかったということだけ。悲鳴が上がる。私は顔に着いた何かを拭うと、手が紅く染まっていた。どこまでも深い紅。
「陛下!」
男たちの野太い声が聞こえ、私は後ろから何か重たいものに押された。ゆっくりとであったが、堪えきれず私は押し潰されそうになり何とか重しから逃げる。ドサッとかなりの重さのものが倒れる音がした。
次々と人が寄ってくる。状況が未だ読めず呆ける私は、野太い男たちが他にも騒いでいることにやっと気が付いた。私が囲まれていることも。重しだと思ったのが丨父《国王》であったことも。死んでいることも。
「クソ魔女!肉親の陛下までも毒牙にかけるか!」
どこからか野次が聞こえた。根拠もクソもない。第一、私は淑女と話していて父の方すら向いていなかった。だというのにどうやって殺そうというのか。皆も見ていただろうに、えん罪である。
本当に無実であった。普通なら相手にもされない話。だが混乱状況の上、国王が暗殺…された。犯人は不明。犯人らしき人物はいないが、最も容疑者らしき人物はいた。一斉に視線が私を貫く。
「わ、私はなにもしておりません」
首を横に振り、両手をあげ無実を証明する。しかしさっき拭った血が怪しいとか、魔術で殺したにたがいないとか。根も葉もない話をする。
ついには目撃者まで出た。私が瞬間移動して、陛下を刺し殺しそしてまたもとの場所に戻ったのを見たと。その話を皆が信じ、私は追い詰められる。
「そんなことできるはずがありません。瞬間移動なるものが使えるなら、こんなところに居ずにとっくに逃げているでしょう」
「貴女はこの混沌が見たかった。だから、戻ってきたのでしょう…魔女め」
どれだけ否定しても無駄であった。混乱の最中、冷静な人などいなかった。私は魔女だなんだと恐れられ、私が視線を動かすだけで人が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。視界にすら入りたくないらしい。
私を危険人物のように近衛兵達が取り囲む。私に近すぎず遠すぎず、数歩進まないと触れられないほどの距離で。
「…ご同行をお願いできますか」
誰もが私を見ていた。トントン拍子で私が犯人に仕立て上げられていく。私は何か気にくわないようなことをしたのだろうか。できるだけ穏便に終わらせようと勤めてきたというのに、最後の最後でこの仕打ち。
「待ってください!ミコト姫、貴女がこんなことするはずがないですよね。私は信じていますから!ミコト姫
そんなことをしない、と」
どこからともなく被害者ズラしたジュンが飛び出してきた。近衛兵たちに引き剥がされそうになりながらも、必死で私に手を伸ばそうとする。
「ミコト姫はいつも陛下を案じておりました。私は知っております!絶対に貴女はしていないと!必ずや貴女の無実を!」
必死そうに述べるジュンの瞳から涙が溢れる。そして口許は歪んでいた。器用なものだ。笑いながら泣いている演技を。
可哀想に婚約者を信じ続ける純粋な青年ジュンの完成であった。見事に引き剥がされたジュンは尻餅を着き、その間に私は部屋の外に連れていかれる。背後でジュンが慰められる声がしていた。胸糞が悪い。
廊下に出ると、メイドと執事が壁に背中をあてがい一列に並んでいた。一人一人と目が合うが、すぐに反らされる。もしかしたらと希望を込め、メイド長に目を合わす。だが、次の瞬間にはメイド長にさえも目を反らされた。
完全に詰んだ。そう思った。混乱に乗じてここまで強行に及ばれれば、もうあとは結末を適当に流すだけ。それだけで私はただの肉塊になる。
「貴様、可哀想にな。処刑は明日にでも行われるだろう。皆に見送られながら、断頭台で死ぬがいい!」
牢に入れられると、よく分からない偉そうな男にそう言われた。見たことはあるが、そこまで覚えはない。じっくりと男の顔を見ていると何となく思い出した。
この威張っている男は、数年前まで王国の騎士団に所属しており、そこで賄賂と薬に手を出していた。一人で楽しむならまだ刑は軽かろうに、あろうことかこの男はそれを使って当時の騎士団長を殺そうとしていたのだ。酔った男が自白しており、それを聞いた仲間が内部告発。そして男は処刑されるはずだったが、脱獄し行方不明になっていたはずだ。
そんな男がどうしてここにいるのかは不明である。しかし、男が私に恨みを抱きそうな理由なら思い当たる。私は男を内部告発した勇気ある騎士を、身分関係なく城の護衛に任命したのである。彼は平民、スラム育ちで、男が足蹴によく弄んでいたらしい。そんな男が、自分より格下だと思っていた相手が自分よりも良い扱いをされているなんて許せなかったはずである。実力もある青年を仕留めるのは難しいため、抵抗もできなさそうな私にその矛先が向いたのだと考えられる。
「ええ。断頭台から見下ろしてあげるわ。貴方のことを」
不敵な笑顔で告げる。決して負けないように。情けない姿をこんなヤツに見せないように。
男は色々吐き捨てて、牢を出ていく。私は彼の足音が聞こえなくなるまで、演技をし続けていた。
足音が消え、蝋燭の仄かな灯りしかない空間で私は一人縮こまった。ボロボロの壁に背を預けるだけでも、眠りが襲ってくる。先程、私の処刑が明日の明朝だと告げられた。本当にトントン拍子すぎて、信じられない。感じられないところでずっと計画されていたのだろう。一体何時からなのだろうか。
最初は嘆き悲しむと思っていたが、それほど悲しみは押し寄せてこず、アッサリと自らの死を認めていた。あれこれ頑張ってきたが、こんなところで全て無駄になってしまうのか。努力は本当に報われない。半信半疑だった。
いつか父が私を後継者として見てくれたら、国の責任を追う身としての行動も何もかも学んできたのに。
「やっぱり辛い…ですね」
ボソッと呟く。蝋燭の火がユラリと揺れた。もう何もかも全て諦めて、襲いかかってくる眠りに身を任せよう。そして起きたら、準備された舞台で私は人形になるの。魔女として処刑されて、全部私の所為にされて、私は聞こえないフリをするの。
もう希望なんてない。目を閉じた。
「寝ちゃいますの?辛いなら、ストレス発散ですわ!ミコトさん!」
アンネの声がした。どこまでも明るい令嬢。また遊びに行きたかった。今度はシッカーも含む三人で。普通の女の子ミコトとして、身分関係なく遊びたい。
アンネの幻覚は消えることなく、また明るいあの声で話す。
「あれ…ミコトさんじゃなかった…?そんなはず…シッカーさん!人違いではございませんわよね!」
「ちょっと、アンネさん!静かに!バレたらどうするんですか!打ち首、拷問どころじゃ済みませんよ!」
今度はシッカーまで登場し、私は幸せな夢を見ていふようである。最後の最後に二人に会えるなんて、何て素晴らしい夢。このまま夢を見続けて明日を迎えたい。
瞳を少し開くと、鉄格子の前に誰かいた。さっきの男が戻ってきたのだろうか。目を擦ってみると、さっきよりも鮮明に見えた。
「ちょっと、硬い…ですわ!私程度の力では歯が立ちません。シッカーさん、貴女のバカ力の出番ですわよ!」
「私は少し力が強いだけだから、そんなゴリラみたいな言い方はやめてくれますか!」
そう言って、二人組の一人が鉄格子を引っ張るとアッサリ歪んだ。そこそこしっかりとした作りのはずだが、こうもすんなり突破されると、夢だと改めて思いたくなる。
二人組は牢の中に踏み出してきて、ドレスに着いた汚れを払った。蝋燭に照らされて二人組の正体がよく見える。
「これは…夢?シッカーさん、アンネさん?」
どこからどう見ても二人だった。国王の誕生パーティーに招待されるにはある一定のレベルがある。しかしこの二人はそのレベルに届いておらず、ここに来ることも王城に入ることすらできるはずないのである。
だから、目の前の光景が信じられない。
「ええ。そうですわ!ミコトさん…ではなくて、ミコト姫様!私が助けて差し上げ…助けますわ!」
「急に連絡もいれずごめんなさい。でも、来て良かったです」
二人は私を牢から引っ張りだした。そしてなぜか牢屋の一番奥の壁まで突き進む。この城の牢屋は王城の別館に当たる。王城の地下道を通ると別館にたどり着くことができ、身分が高貴なものほど上の階層に詰められるのである。
「ちょ、ちょっと、なになさるんですか。ここ牢屋の奥ですけど」
アンネはなぜか自信満々にドレスの中を探る。そして小型の板のようなものを取り出した。板には小さな赤い突起がついており、アンネは私たちにそれを突きつける。
「見てください!これ、実は爆弾の起爆装置ですの!このボタンを押すだけで忽ち火の海ですわ!」
「火の海になったら困っちゃうんですけど…まあ、何とかなりますよね」
今日は珍しくシッカーがストッパーの役割を放棄していた。むしろアンネをやれやれと応援しているのである。
ミコトは着いて行けず、ストップをかけるが、案の定アンネは聞く耳を持たない。
「それでは、ファイヤー!」
ボタンを押した途端、王城が揺れ別館は崩壊した。地面が崩れていき、私を含む三人は地面にまっ逆さまである。
「ちょっと聞いてくださる?ミコト姫様!」
生命の危機だというのに、アンネはいつも通り笑っていた。私は顔面蒼白になりながらも、どうぞと話を促す。話が気になって死にきれないかもしれなかった。
「実は、私パラシュートがありますの!」
そう言ってアンネはパラシュートを開いた。咄嗟にシッカーと私は、アンネに飛び付く。風に煽られながらも、パラシュートはゆっくりと地面に向かって降り立っていった。
夜空を眺めながら、アンネは隣にいるミコトの手を繋いだ。
「ミコト姫様!私、この国の輝く宝石である貴女を頂いていいかしら!」
「……もう死ぬそうですし、私は宝石でもありません。でも、こんな私でも側にいてくれますか?
それと、私はもう姫ではありません。またミコトと呼んでください」
アンネとシッカーは返事をする代わりに手をしっかり握った。
数百年前、実際に存在したという盗賊たちは、蘭であるこの世で最も美しいとされる宝を盗み出したとさ。
The end.