こちらモノクロ裁判所(仮)
雪が降る街を白いコートを着た執行官は歩く。煉瓦一つ一つに霜が降りており、気を付けなければ滑りそうになる。賑やかな街並みの中に明るいサンタクロースの訪れを告げる曲が響き渡る。行き交う大人の手には綺麗にラッピングされたものが握られ、恋人たちは手を繋ぎ合い想いを伝え合う。
何にも縛られない幸せを噛み締めていることだろう。執行官は適当なところで右折し、路地に入る。人通りの少ない路地を進めば、行灯が設置されている。所々に明かりが点るが已然として路地は暗い。
この路地を通るときには暗黙のルールがある。
まず一つ。通行者は明かりとなる行灯を持つこと。他の代替品の使用は禁止されている。明かりぎ見当たらなければ、待つか引き返すのである。
そして2つ。通行者は知り合いだったとしても目を合わせてはならない。長年連れ添った恋人であったとしても、路地に入った瞬間他人になる。
最後に3つ。路地に入ったものは名前を呼んではならない。自分、相手の名前を口にしてはならない。
破ったものがどうなるか、なんて知ったところでろくなことはない。今まで何度か破った者がいたが、彼らの行方は誰も知らない。生きていると運が良いと言えるだろう。
執行官は自分専用に作られた行灯を手にする。火を灯すと、それを片手に路地を歩く。空は晴れているのに、異様に暗い路地は世界を隔てているようだ。たまにすれ違う人は皆、フードを被り俯いている。表情は窺えないが、恐らく沈んだ顔色をしていることだろう。
ひたすらまっすぐ歩いていくと、建物は消え失せ深々と頭を下げた木々が見え始める。黄昏時が迎えに来た。 執行官は空の色を楽しみながら、まだ歩みを止めない。ひたすらまっすぐ進んでいくと、棒状の影が辺り一面に顔を出す。高さは人それぞれで、形も各々。長方形のものが主流である。それらを横目に執行官は眺め、飽きるとまた進んだ。
そうしてようやくたどり着いたのは一つのモニュメント。決してたいそうなものではない。その辺りにある小石を円形に並べ、その中心に色とりどりの綺麗な石を並べただけの粗末なもの。
執行官はそのモニュメントの前に膝をつく。
「…帰ってきたよ。待たせてごめん」
祈りを捧げるように、手を組んだ。目を閉じ、頭の中に声、温かみ、感触。すべてを思い出させる。「おかえりなさい。遅かったわね」ときっと彼女ならそう言う。そして温かいスープとパンで夕食を彩ってくれる。彼女の全てに包み込まれたような感覚になり、この一瞬だけ私が"私"になる。
彼女はどうしているだろうか。名前のない墓石に怒りはしないだろうか。いや、彼女はそんなことよりも別のことに怒るだろう。私が気にしないことに怒り、そして共に対策を考えようとしてくれたはずだ。優しく墓石を撫でた。
祈りを止め、体を起こす。目下に見える墓が、酷くちんけなものに見えた。中身の無い空虚で、この世でもっとも無関係なものに。
後ろを振り返れば嘆き悲しむものたちが見える。大層な墓の前で、自らの感情をぶつける様子は見ていて滑稽である。そこには恋い焦がれている人は居ないというのに。
感傷に浸っていると、例のごとく鳥がやってくる。 白い体に黒い嘴と尾という変わった見た目の容姿。執行官は彼の見た目は嫌いではなかった。 鳥は執行官の肩に留まると、口を開く。
「一時間後、罪人✕✕✕の裁判を開く」
「畏まりました。そのように」
有難いお告げを聴きながら、執行官は憐れな鳥に微笑みを向けた。流暢な話し方で、言葉を告げる鳥の命はここまでである。人間に関わったばかりに、この鳥は命を落とすことになる。なんと憐れ。
鳥は仕事は終えたと執行官の肩から飛び立つが、空へたどり着く前に、何処からともなく飛んできた針で心臓を刺し貫かれてしまった。ゆっくりと地面に落ちていき、転がる亡骸は口を開けていた。まるで生きているかのように、目を見開き、彼は夢を見ているように見えた。空を優雅に飛ぶ夢は彼を一生生き長らえさせるだろう。
執行官は可哀想な鳥のもとまで歩いていく。そして鳥の無念な亡骸を抱き締めると、白いコートが紅く染まっていった。
「なんて可哀想なのでしょうか」
まだ温もりがあり、生きている。仕事を終えただけで死ぬとはなんと憐れ。
「だから、せめて彼が清く、美しい存在になるように努めなければ。生物の一生は美しいものでなければならないのだから」
鳥の見開かれた目を閉ざすと、執行官は大きな口を開き、肉を食らった。
第二審
第二審 開始
俺は生きていたかった。普通の人間のように、産まれて良い存在だと思いたかった。
「お前なんていなければ良かったのに」
覚えている限り、最初に親に言われた言葉だった。暴言の意味も分からず親の助けを求める俺はなんて愚かだったのだろうと思う。
家には金が無かった。母親は体を売って金を稼ぐ娼婦。気付けずに堕胎できなかった末に産まれたのが俺だった。本当に望まれてはいない存在だった。
皆に煙たがられた。金が無いようなヤツらが住む吐き溜に、慈善家みたいなヤツはいない。自分のために一生懸命生きて、明日死ぬような運命を必死に避けようとしていた。皆が皆、一生懸命な町。そんな賞があったなら、きっと受賞していたことだろう。
そんな狭い世界に産まれたのが運のつきだった。不幸中の幸いか、他人が世話をしなければ育たないような赤子に進んで害をなすような存在はいなかった。
「それはなんと不幸なことなのでしょうか」
気が付けば俺の前には変なヤツがいた。身なりは綺麗で、明らかに金持ちの雰囲気が漂う。俺が思う慈善家の具現化。そんなヤツが目の前にいて、何故か俺の話を聞いている。理解不能な状況に陥っていた。
「私は怪しいものではありますが、キミに害を及ぼしたりはしません」
変なヤツは執行人と名乗った。役職名らしいが、名乗るほどの者じゃないと本名は名乗ろうとしない。それは名前を手に入れることにすら苦労をした俺にとって、どれ程皮肉かか考えてもいないのだろう。
「憐れみは要らない。それで、大層な執行官サンは、何もない俺に何のようだ?」
苛立ちを募らせながら、問いかける。執行官はキョトンとした顔で、俺を見ていた。
「私はキミを呼んではいませんよ。どちらかと言えば、キミが私を呼んだのです」
「俺が?」
慈善家のようなヤツが居たらとは思ったことがあるが、執行官のようなヤツはお呼びではない。金をくれる様子はないし、俺を助けてくれる様子もない。見ているだけで憐れんでくる"大層な幸せ者たち"には興味がなかった。
「ここでは、キミが"罪"を自白して、執行官が許しを与える場。つまり、キミが呼ばなければ私は現れない」
心当たりはと聞かれる。答えは有りすぎて分からない。"罪"なんて犯罪行為は山のようにしてきたため、心当たりしかない。傷害事件、窃盗、強盗等々、殺人以外のことは大概した。それしか生きる方法がなかったから。
それを今さら責めようと言うのか。だが、物的証拠ももうない。売れるものは売ってしまったし、証人には嚇しをかけてある。叩いて出てくる埃は、役に立たない。
「それで、執行官サンは俺を何の"罪"でお呼びなのか聞きたいね」
執行官は明らかにため息をついた。俺が裁きを求めるなんてことはあり得ない。だから、俺が執行官を呼んだということにして、自白を待っているのだろう。罠だ。救いなんて甘い言葉には騙されない。
「身なりが良いのが気に食いませんか」
執行官が問いかける。
「ああ、気に食わないね」
俺は素直に答えた。着飾る余裕も誰かと話す余裕も俺にはない。救いをくれるというのなら、その高価そうな服や耳にぶら下がっている宝石のようなピアスをくれたら、"罪"とやらについて考えてやらなくもない。そう告げると、執行官は困ったような表情をした。
残念ながら、この服、ピアスはあげられないのだと言う。彼女が選んでくれたものだからと。それが引き金だった。
「大層幸せなんだろうな」
「ええ、幸せ者…だと思います」
微笑ましそうに笑う執行官の表情が気に入らない。
「…幸せなヤツらなんて全員不幸になれば良い」
心の底から言葉だった。皆不幸になれば、俺が惨めだと感じることはなくなる。俺が普通になり、幸せだったヤツらが最底辺になる。俺が幸せになれないなら、幸せなヤツらを不幸にしてしまえば、俺は幸せ者になる。
俺初めての幸せを手に入れることができる、そのはずである。
第二審 回想
俺は産まれて数時間で地面に埋められようとした。何でも俺は泣き虫で煩かったため、母親が黙るように窒息させようとしたらしい。視界が暗闇に染められていくのが怖くて、大泣きしたのを何となく覚えている。出産したばかりで体力がなかったはずの母親がそこまで行動できたのは、俺が憎かったためだと思った。
一時は何度も殺されかけたが、この度に母親は周りに制止されていた。ホームタウンは金の無い町であったが、人情の無い町ではなかった。死にかける度に周りのお節介が俺の命を繋いでいた。
幼い頃から実の母親から色々な"母親"のもとを渡り歩いた。皆が俺を憐れみ、俺のことを助けようとした。俺もそれに応じて踠く。そうして手に入れたのは、挫折だけだった。俺は家を渡り歩くだけで、優しさに触れる程傷付いていった。
周りは俺を実家から遠ざけようとしていた。家に帰りたいと言うと、周りはぎょっとした表情をして憐れみを向ける。だから、次第に分かった。家に帰っても母親は相も変わらず俺を嫌っており、やがて殺されるだけだと。
ある日ついに実家に返されることになり、実家に戻る途中で母親を見かけた。綺麗に着飾り、俺が見たこともない表情をして馬車に乗り込んでいく。声をかけることは許されない別世界の住民のようだった。
家に帰ってももぬけの殻なのは当たり前で。それから家で何時間待っても母親は帰って来ることがなかった。誰かに買われたという話を人伝に聞いたことは記憶に新しい。愚かに俺は待ち続けていた。
何となく察していたことが、現実になった。母親は俺のことが心底嫌いだった。俺が思っているよりも、ずっとずっと。憎くて憎くて仕方なく、俺は本当に産まれた意味がなかったと、事実と共に突きつけられた。
その日から俺は生きるのに手段を躊躇わなくなった。生きるためなら、犯罪だろうがなんだろうが犯すことは怖くない。だが犯罪を成し遂げた後のあの空虚が恐ろしい。天高い太陽が俺を見下ろしている。地面が俺を覗き込む。影が俺に張り付いてくる。何もかもが俺を監視している。
恐怖しながらも、俺はもう止まれなかった。
自分のために、自分に出せるものは出す。
いつの間にか町のガキ大将と呼ばれるまでにヤンチャをしていた。凡ての罪を網羅しているだなんて言われていたが、唯一殺人だけはしたことがなかった。人を殺すだなんて簡単で意気地無しだと罵られても、なんだって構わなかった。それだけは犯してはならない"罪"だった。母親との記憶がまだ忘れられず、俺を苦しめてくる。
母親が出て行って、10回目の誕生日。俺は共に祝う人がいない寂しさから、町から出て気分転換に隣街に来ていた。隣街まで歩いて半日程かかるが、体力には自信があった。
栄養不足だったが、俺の体は大きく成長した。大人よりも頭一つ高い身長は周りから羨まれるほどで、母親譲りの整った顔と評される頭部は俺にとってコンプレックスだった。
誕生日プレゼントは何にしようかと心弾ませながら、街に入っていく。前日に身なりは整えておいた。何も恥ずかしがることはなかったはずだった。
ちょうど祭りがあったようで大にぎわいの街は、俺を興奮させる。皆が楽しそうに笑い、俺もその輪の中にいる。俺は居ても良い存在だと思った。
色々な人とダンスをした。ダンスなど覚えたこともなかったが、振り付けはなんでも良い、酔っぱらいの適当な動きさえもダンスと見なされていた。だから、俺の良く分からないステップさえも認められていると感じた。
踊り疲れると、広場の端にある陰で休んだ。目の前を人が行き交い、とびきりの笑顔で過ごしている。人の幸せを嫌った俺だったが、このときは幸せを見ていてもなんとも思わなかった。ただ胸の奥が熱くなるような感情を抱く。
だが、目の前を通りすぎた家族連れ_実の母親そっくりの楽しそうな顔を見ると気分は一転した。静まり返った水が、沸騰していくような勢いで怒りが込み上げてくる。 俺は勢いのまま、立ち上がり女_母親の腕を掴んだ。力強く、力強く。母親は顔を歪めながら、こちらに振り返った。
年老いていたが、昔とそれほど変わらない。母親は訝しそうな顔をしていたが、やがて俺が分かったらしい。楽しそうな表情から青ざめ絶望の表情に変わる様子は見ていて損はなかった。
「どうして…生きているの」
母親が口を開いて出た言葉がそれだった。母親は俺が生きているとは思っていなかったらしい。胸の痛みを訴えるように、手に力を込めると母親が喚いた。
「何かあったのか!」
見知らぬ男が慌てた様子でやってくると、俺の手を引き剥がす。母親の腕は青く跡が残るほどに変色していた。その様子を見て男が俺を睨む。鋭い目付で、俺のことを敵だと見なしているのが分かる。
「なんだお前は」
俺は口を開かなかった。ただ母親_怯えた女の方を見ている。それが気に食わなかったらしく、男は俺を殴った。殴られた勢いに負けて、俺は数歩後ずさり背後からは悲鳴が上がった。人波にざわめきが伝わり、楽しげな雰囲気が霧散していく。騒ぎに気付いた人々が警察に通報すべきが話している声が聞こえた。
「母さん、どうしたの」
煩わしい騒ぎの中から、舌足らずな子供の声がした。顔を上げると母親の隣に子供がいる。母親はその子供を抱き上げ、遠ざけるようにこちらを警戒している。
幼く、綺麗な服を着た子供。大事にされている実の母親の子供。
自分の中で黒いものが渦巻いているのが分かった。認めたくはなかった。かつてきちんと向き合って、納得したはずの何かを俺はまだ受け入れてはいなかったらしい。
「…俺は要らないのか。俺は用済みか!」
気が付けばそんなことを口走っていた。男はあまりの気迫に怯んでしまったらしい。俺は今すぐに母親の首を絞めつけたいと思った。とっくに殺人を犯していたならば、俺は実行していただろう。現実はそうはならなかった。 かけつけた警察に俺は連れていかれ、俺と被害者の母親が血縁だと発覚するとただの喧嘩ということであっさりと纏まった。だが事件を起こしたため即刻街を出ていくように言われ、俺は解放された。
街は明るいが気分は沈んでいた。あれほど楽しいはずだったのに、まったく何も感じない。自分の存在が全世界から否定された。
第二審 終盤
「素敵なお話をありがとうございます」
「皮肉もいい加減にしろ」
執行官の言葉を俺は否定する。あのとき程の気分の高揚は無いものの、身なりの良い者を見ると過敏に反応するようになった。無視しようとしても、体が勝手に動いてしまうのである。どこからともなく潰せと訴えかけてくる声は、欲望にまみれた己の声そのもの。
「それで"罪"らしきモノはあったのか」
俺の経歴は犯罪だらけである。どれがどの"罪"に当たるのかは犯した俺も知らない。執行官は顎に手を当て唸るようにして思考する。
「私共の言う"罪"とは、一般的な犯罪ではありません。謂わば、懺悔と言った方が分かりやすいかもしれませんね。人間が犯した罪は人間の法律で守れば良いと思います」
懺悔は悔い改めること。俺の人生に悔い改めることなど、無数にある。産まれてしまったことから数え始めると、数など計り知れない。
「自覚している罪もあれば、"自覚できない罪"もある。さあ、考えてみましょう。自分の皮膚から下、筋肉のさらに深くにある細胞の一つ一つまで。自分の行いを考えさせるのです」
微笑む執行官が目を見開くと見える瞳。ガラス玉のような色の瞳が、酷く胡乱で見えた。その瞳を知っている気がした。後悔と怒りが混じりあった跡の静寂。執行官の中に静かな波が押し寄せ、全てが飲み込まれてしまったのだろう。
その静かな波は俺のもとまで押し寄せる。ゆっくりと包み込むように。
「…赤ん坊を手にかけた」
「ほう」
その瞳を見ているうちに、俺は口にしていた。それは絶対にしてはならないと封印していた記憶をだった。
執行官は相槌を打ち、続きを話すように促した。
「母親の子供…腹の中でまだ育っているという未成熟の子供だった」
まだ意識すらない子供。母親の存在しか認識できないような小さな存在。俺にとって害をなさないもの。
あの祭りの夜。解放された俺の耳に入ってきたのは、母親の浮気の話だった。浮気というのも正直怪しいところである。予想でしかないが、母親はまだ水商売を続けていたのだろう。きっとあの男も商売相手に違いない。隣にいた子供は、男の子供だったのだろうか。
事情は詳しくは分からなかった。だが、浮気と共に腹に子供がいるという話を聞いた。
その子供は捨てられる。そう悟った。俺のように産むだけ産まれて、苦しみながらも終わりのない苦痛を味わってく。
そう思えば思うほど、体が怒りで震えた。
「そこからはアンタでも分かるだろ。母親を見つけ出して腹の子供を目掛けて包丁を刺した」
「子供を救うために…ですか」
執行官は何を考えているか分からない。興味深そうに頷くと、おもむろにガベルと天秤を持った。
「今、キミの懺悔を聞き届けました」
俺は懺悔をしたつもりはない。裁かれても、俺は反省も後悔もできないだろう。有無を言わさず、執行官は話を続けた。
執行官の持つ天秤が左右に揺れる。どちらに何がかかっているか、なんて知ったことではなかった。天秤は揺れに揺れ、その動きを2人で見ていた。天秤は次第に右に傾く。その様子を執行官はじっくりと瞬きをも忘れたように眺めていた。その瞳には熱いものが灯っていたようにも思える。
執行官がガベルを鳴らす。
「キミは戻っても良いことになりました。お疲れ様です」
今までの重々しい雰囲気は消え去り、執行官はのほほんと微笑んでいた。先程まで奇妙に見えていた瞳はもとの静寂な瞳に戻っている。
あれよあれよとしているうちに、俺は出口だという扉のもとまで見送られた。扉を目の前にして、俺の足は竦む。
「…これからでも全うな道を歩めると思うか」
会って数時間もしない相手に問いかける。
執行官は間髪いれずに「はい」と答えた。
「何度も申し上げます通り、私は"罪"を聞き受け入れるものです。面白かろうとなかろうと私は平等に聞き入れるのが勤めです」
答えになっていない答えを聞かされた。
「そうか。なら、そうだと…いいな」
俺が進む道がイバラに遮られていようとも、まっすぐに進めるものであるように。
◯◯市でスラム生まれの最年少市長誕生_
そんな記事が新聞一面を飾ったのは僅か数か月後である。
仕事終わりに…
執行官は素早く新聞記事を読んで、それをゴミ箱に捨てた。彼は一度捨てれば、それ以降一瞥することはない。
今日の仕事は先程ので終わり。残業もなく、仕事は滞りなく進んだ。部屋の電気を消すと辺りは暗闇に包まれる。本当に今日することはこれ以上はない。外に出かける用事は済んだし、わざわざ用もなく外に出かける必要性を感じない。
暗闇の中椅子に背中を預ける。椅子が軋み、体の力が抜けていった。これで消えてしまえたら、なんて素晴らしいことなのだろう。現実では、きっと明日も同じように目が覚めるだろうが。
己の呼吸をする音さえも煩く感じるような静寂は、執行官を沼底へ引きずり込んでいった。
第一審↓