見出し画像

「竹の歌」炎風 篩い過ぎて 清風となる 

却是竹君殊解事
炎风筛过作清风
かえってこれ 竹君(ちくくん) ことにことを解す
炎風(えんぷう) ふるいすぎて 清風となる

楊万里「苦熱登多稼亭」

竹の如き名君は物事をよく理解してくれる。
熱風も竹林を通り過ぎると清風になることと同じだ。

という意味。南宋の楊万里の「苦熱登多稼亭」です。

亜熱帯化した日本の夏、こころに浮かぶ竹林。

私は中島みゆきさんがすきで、「竹の歌」という曲の歌詞もとても印象的です。

ゆく夏来る夏 照りつける熱に
埋もれれながら けして消えはせぬ
青に黄に緑に 移りゆく旗に
移ろいながら けして消えはせぬ

私が覚えて残せるものは
地下に根を張るあの竹の歌

中島みゆき「竹の歌」


実は私は大人になるまで竹は樹木の一種だと思っていました。子供の頃は近くに竹藪あったのにな。いわれてみれば、「竹」はいわゆる「きへん」ではないですね。あれは60~120年周期で一気に枯れるのだよ、地下でつながってるから竹林は100年で一斉に一気に枯れるのだよ、と聞いた時にはなんだか空恐ろしい気がしました。なんか、怖くないですか・・・地震のときは竹藪に逃げろとか、土砂崩れも竹林の下の家は助かるとか、災害時には言われてます。そんだけ屈強でまっすぐな印象の竹が、ですよ。終わりは一気に枯れるというのが不気味なのです。実はあれはイネ科だというのがあらためて驚きなのです。

竹は「竹林の七賢」のように静謐で内省的な人が行きかうところであり、「竹取物語」のような不思議な物語もあり、多くの人が何かを感じる植物なのですね。

まっすぐで丈夫なのに中が空っぽの「無」なのも、私にはとても魅力的です。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?