8.6
普段よりも1時間早く起きて、今日は平和記念式典を見た。
特に何もなければ、毎年この日は8時前に起きて黙祷をするようにしている。他の人に強要するわけではなく、ただ、自分の自己満足のために黙祷をしている。
なんのために黙祷をしてるんだろう、と毎年考えるが、なんのためなんだろう。形式的になってきている、と言われたらその通りなんだけど、形式的でも、一度立ち止まって忘れないようにする。一年周期、一分間のルーティーン。
小学校二年生の時に広島に引っ越した。引っ越す前、私は国語辞典で「広島市」を調べた。17年前の小学校一年生にとっては、国語辞典が一番身近な検索手段だった。
そこに出てきた見慣れない「原子爆弾」という言葉を辞書で引いた。知識5・想像力95で世界を見ている当時の私は、「広島ってまだ毒が広がっている危ない場所なのかな」と勝手に心配し、怖がった。何も知らない子どもは、口に決して出してはいけない妄想をしてしまっていた。
広島に引っ越すと毎年平和について考え、原子爆弾の恐ろしさを学んだ。この日は夏休み中の登校日になる学校も多いようだが、うちの小学校は校長の方針で少し前に登校日が設けられていた。当日は、可能であれば、ご家庭で平和記念式典を見てほしい、という意図だった。
他県からは想像できないくらいの平和教育を受けたんだと思う。今でも、この日だけは空を見上げると、1945年の広島の様子を想像して胸が痛む。どうか世界が平和になりますように。