(フランス取材ルポ)RCトゥーロンのTシャツを着てトゥーロンを歩いたらこうなった
(※2015年7月30日の深夜に到着したフランスのトゥーロン駅。以下、写真はすべて筆者撮影)
2015年7月、「スクラム練習のためだけにフランスに行く」というヤマハ発動機ジュビロのとんでもない武者修行に同行した後、どうしても行きたかった南部の港町・トゥーロンに向かった。(※ヤマハ発動機の仏スクラム遠征の詳細はこちら)
その時の手持ちのTシャツのローテーションからいって、どうしてもフランスTOP14「RCトゥーロン」のサポーターTシャツを着なければならなかった。つまりトゥーロンで挑戦的な服装をすることになったのはまったくの偶然で、スキンヘッドの刺青男たちを刺激したいわけではなかったのだ。
深夜のトゥーロン駅に到着したのはいいが、バカンス中のためにホテルがどこも満室。しかたなく35歳なのに野宿で夜を明かし、朝になってトゥーロンの海岸通りに足を運んだ。
そこにはRCトゥーロンのユニフォームを着た刺青の男たちが本当にいた。彼らは自警団としての役割を勝手に担っているようで、つねに周囲に鋭い視線を送っていた。見るからにどんな些細なことも喧嘩の口実する才能に溢れており、そんな彼らを前にしてバリバリのアジア人がRCトゥーロンのTシャツを着ていたらどうなるか、まったく想像もつかなかった。僕は傷害保険に加入しなかったことを後悔したが、かといってコソコソとするのも違う気がする。
それに良い意味で予想を裏切られ、熱烈なハグをされることだってあり得るのだ。ここは国境を越えたラグビーを愛する者同士のシンパシーに賭けてみたい。
(野宿をした謎の空白地。最高に眠れなかった。)
(夜が明けたトゥーロンの街。)
フランス海軍が基地を構える軍港都市・トゥーロンは、地中海に面したリゾート地だ。
しかし南仏のリゾートといっても、ニースのような清廉さはない。明るい柑橘系の表通りがあるかと思えば、角を曲がると失業率10%の現実が横たわっている。ビルの屋上にビル、といった不格好な増築があちこちに見られ、中空で街が雑然としている。ニースを擬人化したら松田聖子になるのかもしれないが、トゥーロンを擬人化したら山本KID徳郁(総合格闘家/故人)かもしれない。好戦的で、エキゾチック。不規則で、かっこいい。血を見るのが大好きで、自らの血にプライドを持っている。
そんな街にあるのがラグビー・クラブ・トゥーロネーズ、略してRCT(Rugby Club Toulonnais)だ。
2008年まで下部リーグにいた同チームをトップチームに育て上げたのは、オーナーのムラッド・ブジェラル。トゥーロンファンだった少年がコミックビジネスで成功してオーナーになった結果、RCトゥーロンはフランス最強の外人部隊になった。
むかしあったラグビーゲーム『グレイトラグビー』(プレステ)で、全パラメータを99にした選手を15人並べて喜んでいるやつがいたが、ムラッドはきっとそのタイプだ。でも金持ちだし、なにかをくれるかもしれないから、友達をやめられない。
トゥーロンを実験場にする試みのスタート地点は、RCTのホーム「スタッド・マイヨール」付近。ここからバカンス中(8月1日)のトゥーロン中心部を巡ることにした。もちろんRCトゥーロンのTシャツを着て。
結論からいえば、ハグされた上に夕食に誘われるようなことはなかったが―、広場のマルシェや「RCTカフェ」などで、無地のTシャツでは起こりえなかったかもしれない状況に遭った。
(トゥーロンの中心部である赤い四角枠内を歩き回ってみた。)
(こちらが着ていたRCトゥーロンのTシャツ。)
8月1日(土)。曇り時々晴れ。
まずはRCトゥーロンの本拠地「スタッド・マイヨール」至近にあるスポーツバーを訪れた。
そのスポーツバーは店先にRCトゥーロンのエンブレムを掲げていて、一見して忠実な兵隊のアジトだと分かった。ここに毎週末、16人目の選手を自認する男たちが集うのだ。しかも全員がジャッジをジャッジするS級審判の資格を持っている。
赤と黒を基調とした店内ではスタンダールとは縁のなさそうな白人店員が、まるでガンマンの顔つきでうろついていた。ヒマをもてあましていたその店員は、店先に現れたバックパックを背負ったアジア人(僕)に気付くと、胸元に視線を移した。僕は相手の表情が曇る前に喋ることにした。
「May I take a photo in the shop?」
虎屋のようかんでもあれば差し出したかった。しかしようかんはなかったので、言葉に添えて無抵抗、無害を差し出したつもりだった。
すると彼をまごつかせるくらい意表を突いたことが功を奏したのか、
「Oui! Oui!」
こっちが驚かされる番だった。30代と見える強面の彼が「もちろん!」といった調子で承諾してくれたのだ。間違いなくTシャツの効果だった。僕は彼の気の変わらぬうちにスマホのシャッターを切った。その時の僕はなぜか「10枚以上撮ると彼はブチギレる」と思い込んでおり、撮影は5枚程度にとどめておいた。
「Merci !」
僕が知る唯一のフランス語によるお礼を述べ、スポーツバーを後にした。
上々の出だしに、僕の気分はジャンピングシューズの軌道をなぞることになった。そのまま足取りも軽くマルシェ(朝市)の開かれている広場へ向かった。
(訪れたスポーツバー。市内には他にもクラブ愛に頭まで浸かった店が沢山ある。「club des mordus」はクラブサポ、ファンといった意味のようだ。)
(次に訪れた中心部のマルシェ。)
その昔、西田ひかるがカレーマルシェという言葉をのんきに撒き散らしていたけれど、実際に売られていたのは日用雑貨や果物だった。マルシェは地元民らしきお婆さんたちと、観光客らしきお婆さんたちで賑わっていた。僕はTシャツの効果を確認しようとカフェに向かった。その途中だった。
向こうからきた年配の白人男性が、僕の胸元に釘付けになっている。自分の顔が大きな目玉になっていることにも気付かないくらい凝視している。注釈を加えておくが僕はFカップアイドルではない。彼の全神経を集めていたのはRCTのTシャツだった。その表情はしだいにほころび、すれ違う頃には微笑と呼べるまでに弛緩していた。
軽装の初老男性のその反応はおそらく純粋な好奇心だった。事実、丸一日滞在したトゥーロンで見かけたアジア人はたった1人(!)で、それほど珍しいアジア人がさらに地元民御用達のTシャツを着ているのだから、首から上が目玉のオヤジになるのも当然かもしれない。
かくしてTシャツを見留めた二人目からも好意的な反応を得ることになった。
(次に訪れたクラブ直営のカフェ「RCTカフェ」)
今回の社会実験で外せなかったのが、クラブ一色に染められたチーム直営のカフェ「RCT Cafe」だ。10時30分オープンのRCT公式グッズショップも併設されており、市内の重要拠点といえる。ぜひとも反応を窺いたいスポットだった。
ショッピングモールの入口脇に店を構えるRCTカフェは、トゥーロンカラーのせいもあってギタウの胸板のような威圧感があった。ここが目的地のはずなのに、なぜか迷子の気分が拭えない。とりあえずデッキのテラス席にあったメニュー表から撮ってみる。
デッキを敷いた清潔なテラスに上がり、店内を覗いた。黒を基調とした重厚なバーカウンターがある。昼はカフェ、夜はおそらく銃器店として営業しているに違いない。壁面にはウィルコの大判写真などサクセスストーリーの断片が並んでいる。
カウンター内で2人の男が談笑している。と、奥からウエイター風の2人組が現れて、出入口でまごついていた僕の面前をすがろうとした。ともに身長が185センチくらいある30~40代の白人男性で、ともに白の開襟シャツに黒のジーンズ。髭がめちゃくちゃ濃いのにモノクロ写真を見るような清潔感がある。
「Can I take a photo?」
本当に訊きたいのは「このTシャツ見てどう?どんな気分?」だったのだが、スマホを掲げてそう口走った。直後、片方の男性が僕のTシャツに目をやり、こう叫んだ。
「Oh!!!」
100点満点の反応だ。彼はTシャツを指差し「トゥーロンのTシャツじゃないか!」とばかりに笑顔を咲かせたのだ。両手が『がきデカ』の死刑!になっていたら200点だった。そして彼は「Sure !」と言って店内へうながす素振りをした。“人類みな兄弟”を地でいく好感触だ。
と、もう片方の男性に視線を投げて、ドキリとした。
僕の頭の上で、もう片方の白人男性が怪訝にしていた。
(なんだこいつ)
リーディングの能力者になったような気がするほど心の声がクリアに聞こえる。彼は明らかに怪しみ、訝しんでいた。「怪訝」で画像検索したらページ最上段に表示されるはずの表情だ。
(なんだこいつ、なんのつもりだ)
明らかにこちらの真意を探っている。僕はきれいなジャイアンの瞳をして彼を見つめ返した。もちろん真の目的を悟られないために。
彼の態度はその後も変わることがなかった。彼よりは対人関係をシンプルに捉えているもう一方の男性の案内で、その後店内を撮らせて頂いた。黒人の男性店員から「ぜひ撮るべきだ」と勧められたのは、額入りのウマガのジャージーだった。
途中、前出の快活な男性の方から「どこから来たんだ」と問われたので、僕は「日本からだ」と胸を張った。クラブオーナーのムラッドがコミックビジネスで成功しているのだから、彼らは日本に足を向けて寝られないはずだ。
(店内に飾られていたタナ・ウマガのジャージー)
1泊2日の滞在中、ほとんどの時間をトゥーロンのTシャツを着て過ごした。明らかな反発を感じたのは前述の一度きりだ。
初日の夜、酔った黒人男性から突然ラップでまくしたてられたことはあったが、身の危険を感じることもなかった。ただ夜中の公園は、音楽を大音量で流す車やら、難民とおぼしき集団やらで混沌としており、およそ観光客が近づける雰囲気ではない。トゥーロンは昼夜で表情が一変する刺激的な街だ。
次回トゥーロンを訪れることがあったら、その時は全身をスタッド・フランセ(パリ)のグッズで固めて歩くことも考えていた。しかし傷害保険のことなども考えると高くつく火遊びになりそうだ。彼らの誇りをもてあそぶようなことはやめて、次回はご近所のエクサン・プロバンス(2部リーグのProD2)のTシャツ辺りで手を打っておこうと思う。
(夜のアルム広場。ここで実験する気にはなれなかった)
(RCトゥーロンの本拠地「スタッド・マイヨール」。1季(16-17年)在籍した元ヤマハ発動機の五郎丸歩もこのスタジアムでプレーした)【了】